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上々天気  作者: 零
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ちょっと前のこと~本郷 朱音 十四歳~3

「でもさ、今の話を聞く感じだと、朱音は正太郎の行動に対して気持ち悪いとか、距離をおこうとかは思ってないみたいだな」


「直接何かされたわけじゃないから」


 暴言吐かれたり、叩かれたりはたまにあるが。


「何かされたら思うのか」


「何かの内容にもよる」


 「じゃあ、何だったら?」と聞かれたら、それはなんとも想像がつかないが。


「一応聞くけど、さすがにもう、他にはそういうエピソードないよな」


「そうだな。あとはそんなにたいしたことないぞ……雑巾がわりにと思ってばあちゃんにあげた着古したシャツを何故か熊五郎が着ていたとか、ばあちゃんに買ってもらったんだけどサイズがあわなかったから一回だけ着てしまったままになってたパジャマを何故か正太郎が着てたとか、押し入れにしまってあったはずの幼少期のアルバムが何故か正太郎の部屋の机の上にあったとか、しかも何故か写真が何枚かはがされていたとか、夜中に何となく気配を感じて目が覚めたら何故か正太郎がケータイ片手に枕元に座り込んでいたとか、正太郎が足が冷たくて眠れない時に足をさすってやったりとか、腹が痛くて眠れない時に腹をさすってやったりとか、情緒不安定で眠れない時にホットミルクを作って一晩中話に付き合ってやったりとか、抱っこして頭撫でてやったりとか」


「もうやめろ」


 気付くと遊司は手で顔を覆い、うなだれていた。


「どうした?」


「気持ち悪い」


「大丈夫か? 暑さにやられたか?」


「違うからっ! 気持ち悪いのはおまえらだよっ!」


 普段俺に対して声を荒げることのない遊司が大声を出すからびっくりした。


「今の話、気持ち悪かったか?」


「気持ち悪くない部分なんてなかったよ!」


「でも、おまえだって足が冷たくて眠れない時、腹が痛くて眠れない時、何となく不安定で眠れない時、ばあちゃんに同じことしてもらってただろう」


「ばあちゃんが俺にするのと、朱音が正太郎にするのは全然違うから! てかそっちじゃないから! それも気持ち悪いんけど前半もだいぶ問題ありだからっ!」


「そうか?」


「そうだよっ! 正太郎は何なの。あいつ、俺の前では好きな子に対していけない妄想しちゃうのが恥ずかしいとか申し訳ないとか俺おかしいのかなとかウブがってたのに、妄想以上にいけないことしてんじゃん! 盗むわ触るわ忍び込むわ撮影するわやりたいほうだいやってんじゃん! 美味しい思いしてんじゃん! てか軽く犯罪の域に入ってるし! 朱音も朱音だよ! 何でそんな淡々としてんだよ? たいしたことないとか言って、たいしたことありまくりだよ! 何かおかしいとか思えよ! 咎めろよ! おまえがそんなんだから、正太郎がつけあがるんだよっ!」


 胸ぐらつかまん勢いでまくしたてられて、ただ圧倒された。


「遊司は何を怒ってるんだよ」


「おまえが怒らせてるんだよ!」


 こんなに暑いのに、そんなカッカしたら余計に暑いだろうに。


「俺が悪かったなら謝るから、とりあえず落ち着こう……ぬるくなるから、それ飲めば」


 冷やすために買った缶ジュースを指差す。


 遊司と二人で一本を回しのみしながら、またダラダラと歩き出す。


 ジュースを飲み終わった頃、遊司はほーっと長い息をついて、


「……ごめん、動揺して、ひどいこと言っちゃったな」


 しおらしく謝ってきた。


「ひどいことを言われたとは思ってないよ」


 むしろ俺の方こそ年がら年中、お気楽・能天気な遊司を動揺させてしまって申し訳ないと思ってる。


「気持ち悪いのは朱音じゃなくて、正太郎だった」


 その発言もどうかと思う。


「俺は言われなれてるからいいとしても、正太郎に気持ち悪いなんて言ったら傷つくからやめた方がいいぞ」


「正太郎には言わない。朱音なら言っても大丈夫かなって思ったから言っちゃったけど」


 遊司は本当にいい性格してる。


「いやでも、まさか正太郎がそこまで朱音のこと好き好き大好きだとは思わなかった……朱音がそこまで大らかなのにも驚いたけど」


 遊司は横目でチラリと俺を見る。


「で、朱音はこれからどうするんだ?」


「どうすると言うのは?」


「だから、朱音は正太郎の気持ちを知っちゃった……てかずっと前から知ってるようなもんだけどさ、知ったからには何か行動起こすのかと思って」


「別に何もしない。するつもりもない」


「何か言ったりしないのか?」


「何か言う必要があるのか?」


 正太郎の想い人が本当に俺なのだと仮定したら(本当にと仮定を並べるのはおかしいか?)、俺は正太郎の気持ちを知っていることになる。


 しかし、正太郎は俺が知ってることを知らない。


 俺だけ知ってて、正太郎が知らないのは、フェアじゃないかもしれない。


 が、俺だって知りたくて知ったわけではないし、また、それまでずっと知らないで生きてたって何か不便があったわけじゃない。


 ならば、わざわざ口にすることもないだろう。


 俺が何も言わなければ、知らない振りをしていれば、それまでと変わらず幸せな生活――かどうかは判断しかねるが、そこそこ平穏無事な日々を送れるのだから、余計なことはするべきではない。


「そうかもしれないけど」


「けど、なんだ?」


「なんか、こう、申し訳ないなぁとか思ったりしない?」


「熊五郎との愛の時間を目撃したことについては申し訳なく思っている」


「その言い方やめろ。いや、それ以外のとこで」


「他に何か申し訳なく思わなくちゃいけないことがあるのか?」


 目を瞬かせ、遊司は「いや、ないならないでいいけどもさ」とゴニョゴニョ喋る。


「……例えばこの先、正太郎が『好きだ』って面と向かって直接告白してきたら、朱音はなんて答えるんだ?」


 眉を寄せ、すごく真剣な顔をする遊司。


 何故、遊司がそんな顔をする必要があるのかと思いながら、答える。


「それはありがとう」


「うん」


「……。」


「……。」


「……。」


「……もしかして、それだけ?」


「それ以外に何か言った方がいいか?」


 俺は正太郎のこと嫌いじゃないよとか、まぁ人並みには好きだよとか。


「おまえって、何でそーなの!?」


 頭を両手でわしゃわしゃ掻きむしり、遊司はイライラを態度で示す。


「一世一代の愛の告白だよ!? 身体中の勇気を振り絞り、全身全霊かけて思いの丈をぶつけてきた相手に向かって、ただ一言『ありがとう』って! いや、この際それはいいとしよう。でも『嫌いじゃないよ』とか『人並みには好きだよ』って馬鹿にしてんのか!?」


 何故、正太郎のことで遊司がそんなに怒る必要があるのか。というより、何故、俺が遊司に怒られねばならないのか。


「悪いことを言ったなら謝る。でも、俺はふざけてないし、いつでも大真面目だ」


「正太郎にそんなこと言ったら、ぜっっったいに怒鳴られるし、間違いなく一発は殴られるね。覚悟しといた方がいいぞ」


 覚悟も何も、俺は正太郎に告白されたわけじゃないし、告白される予定もない。


「甘いな朱音。さっきだって見ただろ? 長期休暇の前ってのは告白しやすい時期なんだよ。うまくいけば長い夏休み二人で楽しい時間を過ごせるし、駄目だったとしても休みを挟んじゃえばお互い気持ちの整理もつけられるから気まずくなることもないし」


「なるほど」


 さすが遊司。伊達に告白して振られてを繰返してるわけじゃない。


「でも、俺たちには関係ないだろう」


 学校でも家でもずっと一緒なんだから、告白なんてしたって、気まずくなるだけだ。


「だから朱音は甘いんだっての」


 遊司は不敵に笑い、俺を見る。


「正太郎は毎年お盆の頃に実家に帰ることになってるだろ?」


「そうだな」


「正太郎は実家に帰るために下宿を離れるわけだから、その前に朱音に告白する可能性もなきにしもあらずなんだよ。OKだったら戻ってから好きなだけ朱音と遊べるし、ダメならダメで気持ちの整理がつくまで実家に留まってればいいんだから」


「そういうことか」


「そういうことだ」


 「で、戻るけど、」と、遊司は俺の顔を真っ直ぐ見る。


「もし正太郎に告白されたら、朱音はほんとにどうすんの?」


 「もし」の話でそんな真剣な顔をしなくてもいいだろうに。それくらい、遊司は正太郎もしくは俺のことを気にかけているということか。友情というものは素晴らしいな。


「どうしような」


 正太郎のことは嫌いじゃない。特別好きではないが、まあ人並みには好きだ。


 でも、そう言ったら殴られるらしいから、言えない。


「好きとか嫌いとかはこの際いいとして、『付き合ってくれ』って言われたらどうすんだよ?」


 付き合う?


「別にいいんじゃないか」


「いいのかよっ!?」


 そんな目を剥いて驚くことか?


「付き合うようになったからって、何かが変わるわけでもないだろ」


「何言ってんの。変わるに決まってるじゃないか」


「例えば?」


「肩書きが『友達』から『恋人』になる」


 それが変わったからって、別になんてことない。


「この場合、正太郎と朱音、どっちが『彼氏』になるんだ?」


 真剣な面持ちで呟く、遊司。


「同性なんだから、どっちも『彼氏』でいいんじゃないか?」


「えー。それは変だろ? てか、そんなこと今はどうでもいいよ」


 そっちから言い出したんじゃないか。


「他にも色々変わるだろ? たぶん、付き合いだしたら正太郎は朱音に優しくなるよ。優しく、てか、べた甘?」


「それならそれでいいことじゃないか」


 ああ、でも、優しさも過剰に与えられると、人は駄目になるらしいから、適度に厳しくもしてもらいたい。


「そうかもしれないけど、そうじゃないだろ」


「そうなのか? そうじゃないのか?」


「だから、付き合うとか付き合わないとか、そんな簡単なものじゃないだろ?」


 遊司は諭すように、静かに俺に語りかける。


「おまえはいつも簡単に付き合って、簡単に別れてるように見える」


 それにさっきだって、随分と軽々しく正太郎に交際を申し込んでいたじゃないか。


「俺の話はいいんだよ! それに俺とおまえらの場合は根本的に違うじゃん」


「違うか?」


 遊司は大きく頷いて、「異性愛と同性愛」とのたまう。


「そういう区別の仕方もあるな」


 しかし、本当に根っこの、さらにその根っこの部分、「人類愛」という観点で見れば異性愛も同性愛も同じなんだから、わざわざ区別する必要もないと思う。


「それ言ったら、恋愛とか家族愛とか友愛とか、全部意味なくなるじゃん」


「いいじゃないか。人間を愛する、ということに変わりはないのだから」


「おまえが博愛主義者だなんて知らなかったよ」


 「朱音って本当にわけわかんないよな」と顔をしかめ、遊司はぶつぶつ言う。


「とりあえず愛についての議論は置いといて、友達から恋人になったら、今までしなかったことをしなくちゃいけないんだ。朱音はそれをわかってるか?」


「今までしなかったこと?」


 具体的にどんな?


「それは――」


 遊司は口を開きかけ、でもすぐに閉じ、頭を掻く。


「どうした?」


「片仮名は嫌だって朱音が言うから、言い回し考えてんだ」


 くだらないことでも、俺の気持ちを尊重して、ちゃんと協力してくれる。遊司は優しいな。


 しばらく頭を捻っていたが、いい言葉が見つかったのか、遊司は咳払いし、ちょっと決まり悪そうにしながら、


「つまりな、恋人になったら、その、いつかは……体を繋げなきゃいけないだろ?」


 そう言い切った遊司の顔は暑さのせいか、羞恥のせいか、熟れたトマトのように真っ赤になっていた。


「身体を繋げる、か。よくそんな言い回しを思い付いたな。でもそこは普通に性交でよかったんじゃないか?」


「保健体育の授業みたいな空気になるのは嫌だったから……でも、言ってからこっちのが生々しくて嫌な感じだなと思ったよ」


 赤かった遊司の顔は、白を通りすぎて、今は青く見える。


「身体を繋げる……身体を繋げる、か。なるほどな」


「リピートするな」


「たしかに遊司の言う通りかもしれないが、それは恋仲に限ったことではないだろ。たまに聞く片仮名三文字の言葉のように友達同士でも肉体関係を持つことはできるということだし」


「そーゆーこと公道のど真ん中で淡々と言うなよ。それにそれ、ちょっと違う。元々友達だった人たちが肉体関係を持つんじゃなくて、肉体関係を持つことだけを目的に付き合う人たちのことをいうんだよ」


「なるほど。やりたいときにやれる、都合のいい相手ということだな」


「そうだけど! だからそんなこと、妙に感心したように言うなよ! 正太郎がいたら二人まとめて張り倒されてるぞ!」


 今ここに正太郎がいるわけじゃないのだから気にすることはないだろう。


 しかし今の言葉だけで、俺の言いたかった片仮名三文字の言葉が何かわかったのか。幼友達はすごいな。


「でも、兄弟や親子など家族間、すなわち近親相姦をテーマにした作品なども多数存在するし、逆に言えば恋仲だからと言って、必ずしも身体を繋げなければいけないわけでもないんじゃないか?」


「あーそーだねー」


 遊司のなげやりな返事が気になったが、構わず、続ける。


「おまえと二人で話している時の正太郎はそんなこと考えているようには見えなかった。潔癖の正太郎が、そのような行為に関心を持つとは思えないが、もし仮に正太郎が性に興味を持つようになり、そのような行為を迫ってきたとしたら、話し合いの上、なるべく身体に負担がかからない方を選びたい」


 もしかしたら、正太郎もそっちがいいと言うかもしれないが。


「おまえの話にもあったが、もし万が一、激情が抑えられなくなった正太郎が、手段を選ばず、それこそ刃物を持ち出すなり、拘束するなりしたうえで、強引に行為に至ろうとしたときは、無駄とわかっていても、意地でも抵抗するつもりだ」


 そんな身勝手で非人道的行為が許されていいわけがない。


「例えこの身が汚されようとも、心だけは気高く自由でありたい」


「何言っちゃってんの。朱音は正太郎をなんだと思ってるんだよ」


 遊司はげんなりした表情で俺を見る。


「真面目で普段大人しい輩ほど、抱えているものも大きく、一度箍が外れるととんでもない行動に出るからな。世の中に100%、絶対なんてことはない」


「どっちかって言うと、おまえの方が大人しいし、何するかわからない感じがある……ていうか、おまえは本当に何考えてるのかわかんなくて怖い。ある意味、正太郎以上に怖い」


 それは心外だ。


「そういえば遊司は知っているか? 俺も漫画などで読んだだけだから、詳しくはわからないが、男同士で性交をするにはな、」


「あー! あー! そーゆー品のない話は聞きたくなーい!」


 遊司は両手で耳を押さえ、歩みを早めた。


 自分だって散々下品な話をしておいて、今更なんだろう。


 しかし、聞きたくないと言っているのを無理に聞かせることはないから、口をつぐむことにした。


 考えてみたら遊司だって正太郎相手に、上だの下だの喋っていたのだから、わざわざ俺が説明する必要もなかったか。


 さらに考えてみると、もしあの時、正太郎が遊司の申し出を受け入れめでたく二人で交際を始めたとして、今は興味のない正太郎が性に目覚めたら、遊司こそどうするつもりだったのだろう。


 正太郎が下なら頑張ると言っていたが、女の子大好きな遊司が、男相手に本当に頑張ることが出来たんだろうか。


 いや、しかし、遊司は「とりあえず楽しければ何でもいい」というタイプだ。快楽さえ得られれば、相手が誰であろうと構わないのかもしれない。


 あいつはそこまで想定して、正太郎に交際を持ちかけていたんだろうか。


 気になるところだ。



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