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上々天気  作者: 零
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ちょっと前のこと~一条 遊司 十五歳~1

「ごめん。俺、今は誰とも付き合う気がないんだ」


 教室の戸に手を掛けて、そのまま硬直。自分の間の悪さに舌打ちをするべきか、素晴らしいタイミングで教室に来たことを喜ぶべきか。


 とりあえずドアの隙間から中をそっと覗いてみると、申し訳なさそうな顔をしている正太郎と女の子が一人。女の子はこちらに背中を向けているから誰だか判断が難しい。


 今月3回目。正太郎の言葉や表情から察するに例のごとく玉砕のパターンみたいだ。


 真面目で堅物、必要以上に愛想は振りまかず、俺たち以外に友達がいなくていつも1人で勉強ばかりしている正太郎は、その風変わりな性格の割りに顔がいいためやたら女の子にモテる。が、奴は一度も女の子と付き合ったことがない。


 いつだか理由を聞いたことがあるけれど、その時の正太郎は大真面目な顔をして、


「好きな子がいるのに他の子と付き合うわけにはいかないだろ」


 と言っていた。


 だったらさっさとその好きな子とやらに思いの丈をぶつければいいじゃないか、正太郎に「好きだ」と言われて「ごめんなさい」なんて返す女の子はまずいないぞとけしかけても、正太郎は、「自信がない」だって。


 こうゆうのを宝の持ち腐れって言うんだろうな。もし、俺があいつくらいに顔が良かったら今の何倍も簡単に女の子と遊べるのに。本当にもったいない。


「ごめん。気持ちに答えられなくて」


 正太郎は申し訳なさそうにモゴモゴと話す。ありふれた言葉だけど、実際に聞いたのは初めてだ。本当にあんなこと言うやついるんだ。


「謝らないで。謝られると余計に虚しくなってくる」


 声から察するに、正太郎に告白したのは吹奏楽部の舞ちゃんらしい。俺ランキングではクラスで2番目に可愛い女の子。


 舞ちゃん、軽い調子で言うけれど、きっと泣きたいのをこらえてるんだろうな。


 可愛そうな舞ちゃん。好きになった相手が悪かったね。俺だったら喜んで舞ちゃんの気持ちを受け入れるのに。


「私こそごめんね。残ってもらって」


「俺は全然」


「もう、今日のことは忘れて。明日から夏休みだから、今日のことはなかったことにして、夏休みおもいっきり楽しんで。二学期になったらまたクラスメイトとして普通に接してくれると嬉しいな」


 舞ちゃん、健気だなぁ。でもクラスメイトとして普通にって言っても、同じクラスになってそろそろ4ヶ月たつけど、正太郎がクラスの女の子と仲睦まじく話してる姿なんて見たことがないよ?正太郎は女の子相手だと必要最低限しか喋ろうとしないんだもんな。


 そのくらい希薄な関係に舞ちゃんは戻りたいってのか。正太郎に恋をしたのも告白したのも全てなかったことにしたいってことなのか。


「じゃあね、バイバイ」


 きっと舞ちゃんはいまにも泣き出したいのをぐっとこらえて、無理矢理笑顔を作ったんだろう。舞ちゃんは心の強い子だ。人前で涙なんて見せるような弱々しい女の子じゃない。


 そっと戸から離れ、柱の影に隠れる。カラカラと小さな音をたてて戸が開き、それからすぐにバタバタと大きな足音を響かせながら舞ちゃんは走り去っていった。


 明日から楽しい夏休み。なのに、なんだかすごく後味が悪くなっちゃったね。正太郎も舞ちゃんも俺も。


 もう誰もいない教室。正太郎は自分の席について、うなだれていた。おいおい、何で振ったほうが振られたほうより落ち込んでるんだよ。


「正太郎!」


 勢い良く戸を開き、元気良く声をかける。正太郎は俺が予想していた以上に俺の登場に驚いたらしく、振り向き椅子から飛び上がろうとして、そのまま椅子ごと床に倒れてしまった。


「おー。大丈夫かぁ?」


 側に行き、倒れてしまった正太郎に手を貸してやる。正太郎はまだ状況が把握できてなかったのか目を白黒させていた。


「しっかりしろ、正太郎」


 正太郎と椅子を起こしてやる。


「おまえ、いつからいたんだ?」


 眉間に皺を寄せ、怪訝な顔をして正太郎が俺を見る。


「『ごめん、他に好きな子がいるんだ』のあたりから」


「いるなら声掛けろよ」


「かけて良かったのか?」


「二人で教室にいるときの重苦しい空気を考えたら、おまえが乱入してくれた方がマシだ」


 はぁーと長いため息を吐き、正太郎はまた肩を落とす。


「朱音は図書室行った。この後、どうする?」


「どっちでもいい」


 一学期最後の日。まっすぐ家に帰るのももったいないから遊びに行こうって話していたのに、なんだかそんな気分でもなくなってきたな。


「もったいないなあ。舞ちゃんかなり可愛い子なのに」


「あの人、舞ちゃんて言うんだ?」


「クラスメイトの笹原舞ちゃんだよ。知らなかったのか?」


「女子の名前とか興味ないから」


「いやいや、そーゆー問題じゃないだろ? 女子とか男子とか関係なく、普通クラスメイトの名前くらいは覚えてるもんだろ。人としてそれはあたりまえのことだぞ」


わかってるんだかわかってないんだか、正太郎は「そうか?」と首を傾げる。


「俺なんかクラスの女子全員の名前フルネームで言えるし、漢字も書けるぞ。ついでに所属してる部活とか委員会とか趣味とか特技とか好きな芸能人とか食べ物とか……」


「もういいから」


 正太郎は冷ややかな目を俺に向けた。


「お前と俺は違うんだよ」


「そうかあ? 同じ健全な中3男子じゃね? まあ、正太郎は真面目で勤勉な優等生だから、女の子になんて興味ないか」


 正太郎は下を向き、話を聞いてるんだか聞いてないんだか返事をしない。


「正太郎?」


「舞ちゃんて、あの女の子、可愛かったよな」


「可愛いよ。俺ランキングではクラス第2位。ちなみに1位は、」


「別に聞いてないから」


 正太郎は下を向いたままぼそぼそ喋る。


「女の子は可愛いと思う。可愛いし、なんかふわふわしてるし、鼻を近付けたらいい香りしそうだし、触ったら柔らかいんだろうなぁとか思うし」


「そうだよ、まさしくそのとおりだよ」


 そのとおりではあるが、突然何の話だ。


 触ったら柔らかそうだとか……明日から楽しい楽しい夏休みだし、正太郎も健全な男子らしく女の子の話をしたくなったのか。


「遊司は女の子好きだろ?」


「好き。大好き。大好物です」


 嬉々として返事をすると、正太郎が顔を上げてまたちょっと冷ややかな目を向けた。自分から話振ってきたくせになんだよ。


「遊司はあの舞ちゃんみたいな女の子に告白されたら嬉しいとか思うのか」


「嬉しいに決まってんじゃん」


 舞ちゃんは可愛い。可愛いだけじゃなくて、性格もいいし、スタイルもいい。文句なんて付けようがない。そんな舞ちゃんに告白されたら、天にも昇る……まではいかないけど、ラッキーとは思うな。


「まぁ人の好き好きかもしれないけどさ、とりあえず可愛い女の子に告白されて悪い気になるヤツはいないと思うよ」


「そうか」


 正太郎は黙って、また下を向いてしまう。何だか今日の正太郎は変だな。少しだけ心配になって顔を覗き込む。


「遊司は舞ちゃんに触りたいとか思うのか」


 やっとの思いで絞りだしたみたいな声で、正太郎は呟く。


「触りたいって、」


 やっぱりそれはそうゆう意味でってことだよな。


「思うよ。つっても別に24時間舞ちゃんのことを考えて悶々してるわけじゃないし。でもまぁ、ふとした瞬間にあーいいなぁとか思うよね。いつか機会があったら是非舞ちゃんにもお手合わせ願いたいなぁとは思ってるかな?」


 正太郎は顔を上げて、今度はすごく不安そうな表情でぽつりと呟くように言った。


「俺は思わないんだ」


「思わない? 舞ちゃんに触りたいなーと思わない?」


「舞ちゃんだけじゃなくてクラスの女の子に対してそういう感情が沸いてこないんだ」


 「俺、おかしいかな」と正太郎は重々しく言う。


 そうか、正太郎は年ごろの男子にしては女の子に対する興味が希薄な自分に戸惑いを感じてるのか。


「おかしくなんかないよ。興味の対象なんて人それぞれだし、今は全然女の子に興味が沸かなくても、それは今の正太郎に他に夢中になるものがあるってことだから逆にいいんじゃないの?」


 俺としては正太郎を励ますつもりで言ってやったのに、正太郎はますます眉を八の字に下げて困ったような顔をした。


「いや、違うんだよ……なんていうか、女の子に対して興味が沸かないのは事実だ。けどな、俺も一応男だし、まぁその、好きな子のことはつい色んな事を考えちゃうんだよ」


「色んな事をか」


「色んな事をだ」


 少し決まり悪そうに喋る正太郎が気の毒だから、あえて「色んな事ってなに?」とは聞かなかった。成績のこと以外頭にないんだろうなぁと思っていた正太郎がね。


「でも別にいいんじゃないの? 健康な証拠じゃん」


「考えすぎて、夜眠れなくなるくらいなんだ」


「普通だよ。俺だって初めて彼女出来たときとかそうだったし」


 それでも正太郎は不安そうに「いや、でも」と繰り返している。


 正太郎は真面目だから、他の女の子のことはなんとも思わないけど、好きな人のことになると熱い想い、たぎる欲望が押さえ切れず、ついいけない妄想をしてしまう自分が許せないのだろう。


「正太郎、自分勝手な妄想なんて皆することだよ。自分の妄想で相手を汚してしまうことを悪いことみたいに考えてるみたいだけど、そんなの誰だってやってるって。頭の中で何を考えようと正太郎の自由だよ。ほら社会の授業でやったじゃん。思想・良心の自由は何人たりとも侵すことの出来ない、絶対的な権利だって。だからいいんだよ」


 正太郎は俺の目を疑り深そうに見ながらおそるおそる「本当にいいのかな?」と訊ねた。


「いいんだよ」


「本当の本当にいいのかな?」


「本当の本当にいいんだよ」


「遊司は優しいな」


 弱々しく微笑み、正太郎は大きく息を吸うと真面目な顔をした。


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