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冬枯れの国  作者: 葉琉
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 エーヴァは、魔女だった。

 生まれた時からそうで、彼女の母も祖母も曾祖母もその前の女性たちも、皆そうだった。

 例外はない。

 この地が国という形になるよりもずっとずっと昔から、魔女が一番初めに産んだ娘は、必ず魔女となる。他の大陸では違うのかもしれないが、海に囲まれたこの国では、常にそうだった。

 何故なのかは、誰も知らない。

 ただ、魔女が子を成さねば、魔女の家系は途絶えるということはわかっている。

 最初の子供が不幸にも亡くなってしまえば、次の子供が魔女になるわけでも、新たに生まれる娘が魔女になることもないのだ。

 そうやって途絶えていった魔女の家系は多く、今ではその数も少ない。

 魔女は大地を癒す存在だ。歪みを正し、淀んだ土地を正常に戻す力を持つ。

 あるいは、不可思議な力で、物を動かしたり、未来を読んだりする者もいる。こちらの能力は魔女によって様々だから、魔女でありながら、目に見えるような力を持たないものもいた。

 だが、はっきりした力を持たなくとも魔女は魔女だ。

 魔女がいれば、土地は癒される。

 そこにいるだけでよい、というのは大げさだが、少なくとも淀みの多いこの国に必要とされるくらいには、魔女は大切にされている。魔女もそれがわかっているから、国を守るために力を使い、それなりの特権や報酬を手にしているのだ。

 彼女の母も、彼女自身も生まれたときから、自分の役目を果たしてきた。彼女が産む最初の娘も、同じように魔女として生きていくのだろう。

 それが苦痛だと思ったことはない。

 魔女であるからといって、特別扱いされることもなかったし、彼女が魔女だと知っているものは、皆よくしてくれる。他国では、嫌われることも多いというが、ここではそんなこともない。

 昔から魔女が多かったからなのか、大らかな国民性のせいなのか、それとも魔女よりももっと恐ろしいものが存在しているからなのか。

 魔女を人々は恐れない。

 貴族や王族たち同様、必要なものだと認識しているのだ。

 貴族も王族も魔女も、国を守る大切な存在。

 どれかが欠ければ、国として立ち行かない―――そういう特殊な事情を抱えた国なのだから。

 それに、大抵の魔女はすでに貴族の一員だった。

 いつからかはわからないが、魔女を必要とした王族や貴族が、魔女を取り込んでいった結果だ。

 だから、彼女も魔女でありながら、貴族の娘として育った。

 普段は、家族や使用人たちとともに領地の管理などにも関わっている。魔女だと名乗らなければ、どこにでも存在するごく普通の令嬢にしか見えない。

 それでも、彼女は魔女としての誇りを持っている。

 母や祖母ほどではないが、それなりに魔女らしくやっていた。独り立ちしたのも随分前だし、最近では、母に怒られることも少なくなった。

 生まれてから19年。これまで特に大きな失敗をしたことがなかったとエーヴァ自身は思っている。

 それなのに。

 今まさに、魔女としても、貴族の令嬢としても、生まれて初めての厄介事を突きつけられ、戸惑っていた。



『あなたの義妹殿を、兄上の花嫁候補の一人として迎えたい』

 ロルフにそう告げられた時、彼女は驚きのあまり、固まってしまった。

 ありえないと思う反面、何故という疑問も湧いてくる。だが、答えはひとつだ。

「無理です」

 何度か繰り返した言葉にうんざりしながらも、彼女は辛抱強くそう言った。いい加減解ってと怒鳴りつけたいところだったが、相手が相手だ。彼がそんなに理不尽なことを強いるとは思えないが、弱みは見せたくない。

「それに、一目惚れしたなんて、嘘でしょう」

 この男は、はっきりと、たった一度会っただけで恋に落ちたのだと言った。だが、彼が『恋に落ちた』と言った相手と一目惚れしたとされる女性―――魔女にとって従妹にあたり最近妹となった女性にはそもそも会う機会などない。

「ああ、失礼。恋に落ちる“予定”でしたか」

「それだと、意味がまるで違うでしょう」

 予定だなどとぬけぬけと言い切る男を睨み付ける。

「兄上が、義妹殿を見かけたのは事実ですよ。この国に戻って来たとき、一度王宮を訪れましたよね。その時、魔女に連れられた見慣れない女性に、珍しく興味を持ったようです。彼女の髪は、この地には珍しい金色でしょう?」

 確かに、長い間行方不明になっていた叔父の忘れ形見を屋敷に引き取った時、顔合わせも兼ねて王宮に母とともに義妹が訪れたことは知っていた。彼女は魔女ではないが、僅かでも魔女の血を引いているのだ。これからのことも考えてということらしいが、そこで何があったのかまでは、行動を共にしなかった彼女にはわかるはずもない。

 それに、新たに家族となった義妹には、この国で暮らすにはいろいろと問題もあった。

 男が言うように、義妹を花嫁候補として認めさせるなどというのは無謀でしかない。

「考えてもみてください。身分違いというだけならなんとかなりますが、あの子は―――」

 その次の言葉を言いよどんだのは、本来そのことを口にするのが、義妹にとって失礼な発言であることを、誰よりも知っていたからだ。

「他所で生まれた人間ですからね」

 しかし、男の方には思い悩む理由などない。あっさりと彼女が言いたくなかった言葉を口にして、笑う。

「この国の理も知らないし、王族や貴族がなんなのかも知らない。そんな女性を王族の一員になど、迎え入れるはずもない。そうおっしゃりたいのでしょう?」

「それならば、何故?」

 問い返せば、男は意味ありげに肩を竦めた。

「兄上は、それを理由に、王位継承権を放棄したいようです」

「そんなふざけた理由で、私にあなたたちの片棒を担げと?」

「ええ、そんな理由で」

 悪びれない笑顔を浮かべて、彼は言う。

 彼女の口から、溜息が漏れた。

 ロルフには、たくさんの兄弟たちがいるが、その中でも、話題の人物は際だって異質だ。

 年は、目の前の男よりも、3つ程上だったか。

 第三王子という肩書きを持つ彼は、数多い王の子供たちの中で、正妃の血を引く六人のうちの一人だ。母親似の美しい顔は、他の兄弟たちの中で群を抜いている。

 だが、王族であるにも関わらず体は細く、華奢な手で無理をして剣を振るう姿は、気の毒なくらいだった。恐らく、そこらにいくらでもいる弱い魔物相手でさえも苦戦するだろう。

 それをわかっているのか、第三王子は、一日の大半を宮殿内で過ごしている。

 外に出るのは、安全に守られた宮殿内の庭か、公式行事の時のみだ。そのせいで、肌も青白く、それが本来の美貌に、より一層磨きをかけているというもっぱらの噂だ。

 魔女であるエーヴァも、何度か王子に会ったことはあるので、噂と本人に差はないということは知っている。もっとも、見た目の儚げな美貌とは違い、皮肉屋で博識で芸術方面に才能があるということを知っているのは、一部の人間だけだ。

 だが、本当に王位継承権だけが理由なのだろうか?

 確かに彼は継承権を持ってはいるが、その資質から、まわりには一番王位に遠いと言われている。仮に彼に王位がまわってきたとしても、なんらかの理由をつけて、その地位を得ることはないだろう。

 わざわざそんなことをしなくても、彼一人でそれをなすことも、簡単ではないが可能だろう。

 まだ何か裏があるおかもしれない。今のロルフの表情や言葉からでは、それを読み取ることはできないが。

 それに、他にもひっかかることがある。

「王族としての、あるべき力がない場合、それなりの家柄で力の強い娘を娶るのが、これまでの慣習でしょう?」

 エーヴァの記憶違いでなければ、第三王子の相手には、幾人かの令嬢が候補に上がっていたはずだ。そのどれも、家柄も実力も申し分のない娘たちだ。第三王子よりも、剣の腕は上だろうから、彼を守ることも可能だろう。

「兄上は、ああいう性格ですからね。なかなか相手を選ぶのも難しいのです」

 言われて、魔女は第三王子が、王族に相応しくない自分自身のことを皮肉混じりに話していたことを思い出した。結婚や恋愛に対しても否定的で、出来ればしたくないとよく言っていた。それが許されないことであるのは理解しているが、認めたくないということらしい。

「困った兄上ですが、どうにも憎めないのですよ。それに小さな頃は、あの人ももう少し素直でわかりやすかった」

 珍しく苦笑する男の目は、いつもより優しい。

 年が近いせいなのか、母親を同じくしているせいなのか、二人は昔から仲がよかった。性格が正反対なのも、お互いが王位に対して執着心がないのも同じだからなのかもしれない。第三王子は、弟であるこの男を可愛がっていたし、この男も幼い頃は、いつも兄の後ろをついて歩いていた。

「そういえば、レンナルト殿下は、まだ絵を描かれているのですか?」

 幼い頃、第三王子がよく目の前の男や自分の絵を描いては見せてくれたことを思い出す。画家になりたいなどと言っていたけれども、それが許されるはずもなく、いつのまにか彼が絵筆を取る姿を王宮内で見ることはなくなった。それに気付いた時には、王子はもう今のように世の中を斜めに見るようになっていた気がする。

「母上も厳しい方ですから。兄弟の中で唯一、一人では魔物を倒せない兄に随分きつくあたっていたのです」

 正妃として相応しく、彼女は強い。剣の腕も、夫である王と遜色もないほどだったように思う。年を取って現役時代よりは体力も腕力も落ちているが、それでも魔物相手に怯むような人ではない。

 だからといって、剣の才能のない彼に無理強いをする理由にはならないのだろうが、彼女にも果たさなければならない義務がある。魔物と戦えない息子がたった一人いるだけで、つまらないことを影で囁くものもいるのだ。

「兄上も、せめて正妃以外のどなたかの子供であれば、風当たりも強くはなかったのでしょうが……」

 高貴な血を受け継げば、それだけ義務も増えてくる。

 彼がやりたいと思うことも、自由には出来ないだろう。それを割り切るには、あまりにも彼は弱すぎた。

「舞踏会は、三ヶ月後。正式な発表は来月で、貴族の娘には皆招待状が送られます。それまでに、あの娘を見られるようにしてください。誰よりも美しく、誰よりも優雅に―――そして、誰よりも神秘的に。それが条件です。要は、魔女の身内として相応しい様を見せたなら、陛下もしぶしぶながら花嫁候補として認めてくださるでしょう。その後、彼女が兄を選ぶかどうかは、気持ち次第ですね」

「断るという選択肢は?」

 男はただ微笑んだ。つまり、拒否は出来ないということだろう。

「魔女殿。これは私と兄上からの、正式な依頼です」

 だめ押しのようにそう言われ、彼女は頷くしかなかった。

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