SA-005 黒いマントに赤い覆面
「現状での問題点は、烽火台からの監視情報を、このアジトと襲撃準備地点である崖の上の岩場で直ぐに知るすべがない事。それと俺達の攻撃が直ぐに騎士だと分かってしまう事です」
ゆっくりとお茶を飲みながら、頭の中で次の話をまとめる。皆、俺の言葉を深く考えているようだ。
「この2つを何とかしない内は、荷車の列を襲撃することはできません。先ず、皆さんは普段どうやって他の部隊と連絡を取り合うんですか?」
「連絡は伝令だ。人を走らせるか、馬を使う事になる」
俺の質問にザイラスさんが即答してくれた。
やはり、通信機は無いんだな。簡単な光通信を考えてみるか。
「連絡内容を限っておけば、簡単な方法があります。ですが、それは互いに相手が見える位置でなければなりません。その辺りは何とかなりますか?」
「見通しの邪魔をしているのは森や林の木々です。邪魔な木を伐採すればそれ程難しい話ではありません」
答えてくれたのはバルツさんだ。バルツさんの答えに他の騎士も頷いている。
「なら、こんな形の仕掛けを作ってください。目的の方向にのみ光を見ることができます」
箱に穴を開けて、その穴に細長い筒を付ける。筒の方向でのみ光を見ることができる。
その光を、板で遮断して簡単な点滅信号にすることができる。点滅の組み合わせで相手に情報を送るのだ。
「ほほう、おもしろいしかけじゃな。確かにそれなら、他の方向から光を見る事は出来ぬ。灯りは、ランプが使えるだろう。小型の物が2つある。ザイラスも持っておろう?」
「はっ、4つ持っております。それに油を1缶。これは明日にでも作らせましょう」
ザイラスさんの言葉に王女様が頷いたから、これは決定事項って事かな。
「次に、武器を換えて頂きたい。長剣を手放すのは騎士にとってつらい事でしょう。持っている分には構いません。できれば背中に背負って相手から見えないようにお願いします。使う武器は、槍、手斧、弓矢辺りにしてほしいです。
当然、鎖帷子を着るのはもってのほか。革の上下が一番です。無ければ丈夫な綿の衣服を着ることになります」
少しだぶつくぐらいが丁度良い。体に布を巻いておけば恰幅も良くなるから、強そうにも見える。
鎧や鎖帷子の一部を革の上着に縫い付ける位は問題ない。きちんとした鎧を着てはいけないって事だ。
「最後は、顔です。相手に顔を見せない工夫が必要です。たとえば、この布ですけど、四角を三角に折って、中に頭を入れてこちらとこちらを頭の後ろで結べば、目だけを出すことができます。最初はこれでも良いでしょう」
風呂敷みたいな大きなテーブルクロスを使って覆面を作ったら、王女様までまねをしているぞ。
テーブルの全員が覆面姿になると、何となく雰囲気が出る。でも、誰が誰だか分からなくなってしまった。
「それらしくなってきたのう。これは楽しみじゃ。ザイラス、先ほどの武器だが何とかならぬか?」
「1分隊を引き返させて、途中で倒した敵兵の武具を集めさせます。槍は木の柄に短剣を結べば何とかなるでしょうし、投げても使えそうです。弓矢と斧は難しいかも知れません。もう1分隊をこの村に派遣しようと思います。食料と斧位は手に入るかも知れません」
地図を取り出して、ザイラスさんが指さしたのは峠を作る尾根の東側にある村のようだ。距離は結構離れているから、往復で5日は掛かるんじゃないかな?
「もし、布が買えるなら買ってきてくれませんか? やはり覆面位はお揃いにしたいです」
「そうじゃな。それもおもしろそうだ」
王女様が賛成してくれる。
山賊としての統一性と言うのも大事だと思うな。
翌日早く、2つの分隊合計13人が西と南に旅立った。5日で帰って来れるだろうとザイラスさんが言っていたけど無事に帰って来て欲しいものだ。
残った騎士達で森の立木を切り倒す。
あまり音を立てたくないから、ノコギリでの作業なんだが倒すときにはヒヤヒヤものだ。どうしても音が出てしまう。風の強くなった時を見計らって行うのだが、念のために烽火台に2人を配置して街道を見張らせておく。
4日掛けて烽火台からアジトまでの見通しを確保した。次は街道の岩までの作業だが、これも3日は掛かるんじゃないかな?
その夜、西に向かった分隊が帰って来た。山裾の村まで様子を見に行ったらしい。
「……我らが追撃兵と戦った次の日に、村の家々を全て探索したそうです。敵軍は予想通り、西の王国への街道封鎖を行って、各村や町の改めを行っているようです。敵の武具と食料それにランプの油は購入できました。と言っても食料は4日分程度です」
「ご苦労。ゆっくり休んで明日は短剣や片手剣で槍を作ってくれ」
ザイラスさんが労いの言葉を掛ける。
これで、少しは食い繋げる。後はもう一つの分隊の帰りを待つだけだ。
南に向かった分隊が帰って来たのは翌日の昼過ぎだった。
背中に大きな袋を背負って帰ってきた。敵の王国の辺境の村だから、戦の影響は噂にも無かったようだ。
「やはり電撃戦です。街道近郊の村にも食料調達を行った様子はありません。武器屋によって使えそうなものを買いこんで来ました。赤い布を2巻、黒を3巻。食料は2日分です」
「ご苦労だった。先ずはゆっくり休むが良い」
報告を終えた分隊長が帰ると、今度は俺達の相談が始まる。
大きくは2つ。いつ始めるか。どんな襲撃を行うかだ。
「2つの分隊が買い込んだ食料は5日分。すでに食料は半減以下ですから、5日後前後にはいよいよ我らも仕事を始めなければなりません」
「山賊としては死にたくないものだな。何としても王国の再興を見てから死にたいものだ」
山賊として亡くなったらご先祖様に申し訳が立たないって事だろうな。それなら死に物狂いで頑張って貰う事になるぞ。
「残り3日で準備を終えたいと思います。ランプを使った信号の練習。街道の封鎖用具、ハシゴの製作に襲撃衣装合わせ。更には、偽の野営所……。色々とやることがありますよ」
「封鎖用具とは? それに偽の野営所も初めて聞くが?」
ザイラスさんの問いに、地図を広げて丁寧に話すことになった。
封鎖用具は三角形に丸太を組み合わせて、その頂点同士を丸太で繋いだものだ。
1辺を50cm程に作れば、トラックでも阻止できるはずだ。
「両手を広げて荷馬車の前に立っても、相手が強行突破を図れば、防ぎようがありません。こんな形に丸太を組み合わせれば簡単に荷馬車を停められます。この封鎖用具の中に荷馬車を入れればこっちのものです」
偽の野営所は俺達アジトを敵に発見させないための用心策だ。
尾根伝いに南に下がったところに野営の跡を作るだけで良い。見付けた連中が勝手に判断してくれる筈だ。
「ならこの辺りですね。ちょっとした広場と岩場がありました。岩場に寝床の跡と、焚き火の跡を何カ所か作れば良いんでしょう?」
「それで十分です。ついでに封鎖用具を隠して置ける場所を探してください。南側ですよ。北はあまり物を置きたくありませんからね」
「なるほど、発見できるものは全て南側。その先には簡単な拠点まであるとなっては、山賊を探すのは街道の南という事になるわけだな」
黙ってザイラスさんに頷いた。
「ならば、3分隊毎に役目を分担して、明日から取り掛かろう。封鎖用具の製作は今日から始めても良さそうだな」
「山賊の覆面はマリアン達に頼もう。とりあえず30枚あれば十分であろう」
マリアンさんが反物を持って奥に下がっていく。早速作るつもりのようだ。
槍や簡単な斧は作ってあるから、後は襲撃時のマントだが、あの黒い布を使えば良いか。適当にマントの長さにして身にまとえば良いだろう。
「それでは、合図の信号を考えましょう。光の間隔を短くしたものと長くしたものを組み合わせればいくつかの合図ができます」
先ずは何を知らせるかという事を皆で考える。
次に、その知らせはどこからどこに送るものかを議論する。
最後に、その知らせは、有る、無いという択一が取れるか、それとも数字を伴うかをテーブルの連中で考える。
「単に知らせるだけでも、色々と異なるのだな」
「このアジトにいても、街道の様子がこれほど分かる事になるのか……」
「これで、知らせを受けて崖に向かっても十分間に合いますな。なるほど、ランプの光だけでこれだけの情報を送れるとは……、ザイラス今まで気が付きませんでした」
「気にするな。これも我らの武器となり得るであろう。良い男がたまたまやってきたものだ。これも運命と言うものであろうよ」
「ですが、これは少し複雑です。この表を書き写して、3か所で信号を受け渡しする者達に覚えて貰わねばなりません」
「それ位は十分余裕があるだろう。各分隊から若い者を1人ずつ出すのだ。そいつらに覚えて貰おう」
若者達が気の毒になってきた。できれば少年達にモールス信号を覚えさせればいいのだが、俺だって興味本位で覚えたものだから半分位しか覚えてないぞ。適当に覚えさせるか。
そんな人材は、夜逃げの一団か、はたまた奴隷商人の馬車がやって来るのを待つしか無さそうだ。
そんな仕事で3日が過ぎた。
俺も、敵兵の片手剣を杖の先に付けて貰ったけど、それを眺めてザイラスさんが笑いだした。
「それは槍なのか? そんなもので相手ができるのか?」
「それはザイラスさんに任せます。俺は足手まといですから、これを持って後ろにいますよ。それに、前に付き出せば早々斬り込んで来られないと思います」
そんな俺の答えに笑いながらも頷いてくれた。
やはり使えない奴だとは思っていたんだろうが、人数を多く見せるには都合が良いだろうし、俺のこの武器の使い方にも一理あると思ってくれたに違いない。
いよいよ始める段になって、武器を持ち覆面を付ける。黒い布は半分程斬り込みを入れてマントのように背中になびかせ、前はベルトに縛っている。鎖帷子を外して、敵兵の防具を適当に革の服に縫い付けてあるし、革の服を持たない者は、破いたシャツを泥を付けて着込んでいる。長剣は革のベルトで背中に背負っているから、誰も騎士だとは思わないだろう。
王女様は黒い布で筒を作ってワンピースのように革服の上から着込んでいる。綺麗なブロンドも全て赤い覆面の中だ。