SA-002 狩場はどこに?
敵兵の死体から剥いだブーツとマントだが、幅広のベルトに短剣が下げられると何となくそれらしく見えるな。靴下が無いから、敵兵の服を切り裂いて包帯を作り、それを足に巻いて靴下代わりに使う。
支度ができて、ベンチの一角に座った俺の前に皆と同じような素焼きのカップが出て来た。中に入っていたのはワインだったが、一口飲んだだけでおしまいにする。元々酒は強くないし、まだ20歳前だ。
「先ずは、名前と出身地を教えてくれないか?」
「名前は、矢倉斗・伴太。姓がヤグートで名がバンダイだ。出は日本と言う国だけど、遥か遠くの国だと思う」
「ヤグート、バンター? 日本と言う国は、聞いたことも無い」
「姓を持つという事は貴族階級って事だな? どこの国にも下級貴族の下っ端は、一緒のようだ。だが、貴族なら剣ぐらいは使えるはずだが?」
「生憎と学生だったもので……。お前は剣よりも知識で世の中を渡れと……」
「だからと言って転移魔法の実験に志願するなど持っての外だ」
「おかげで、中々良い人材を手に入れることができたと喜ぶべきかな? それで、バンター、どうやって山賊を始めるのだ?」
確か王女様だったな。命令口調だけど、意思疎通が図れるんだから良しとしよう。そんな事で、山賊になるための説明を始める。
それにしても転移魔法まであるのか。その実験の失敗で俺が現れたと思ってくれるならそれでも良いかな。バンターも仲間内での俺の愛称だ。意外と気に入った愛称だから問題ない。
「先ずは、山賊らしい恰好が大事ですね。誰が見ても山賊でなければ見破られます……」
日本人は形から入ると先生が言ってたぞ。
毛皮のベストに斧が一番だが、少し小太りが望ましい。
剣はベルトに下げるのではなく、背中に背負う。
なるべく脅かして荷物を奪い、兵が来たら急いで退散する。
「言葉使いもなるべく田舎言葉で、出来ればぶっきらぼうにします。仲間との話は大声で凄んでください」
外れに座った若者が俺の言葉をメモに残している。
「山賊ならばアジトと縄張りが必要になります。これは城と領土と言う考え方で良いでしょう。縄張りを荒らすものは容赦ない反撃が必要ですし、アジトには最低限水場と抜け道が無ければなりません」
「ほう、城と領土か。案外、山賊と王国は似たところがあるかも知れんな」
「ですが、山賊は非合法。捕えられればその場で打ち首ですぞ」
「今の我らも大して変わらん。捕まれば拷問の上火炙りが待っている。山賊の方がマシに思えるぞ」
今より悪くはならないって事か。
それなら、十分に山賊になれるんじゃないか。
「問題は、俺達が襲う相手は『誰でも良いという事では無い』、という事を肝に刻んでください。俺達は山賊になりますが、そのままで終わることは無いのだという事です」
「民衆から恐れられる存在にはなるまい。たとえ王国を起こしても、他国から侵略軍を民衆が喜んで迎えることになろう」
「侵略軍が略奪した物品を奪うのが俺達の仕事です。それが一段落したら、王国間を移動する荷を狙います」
「おもしろい。一か月もせぬうちに奴隷の輸送も始まる。早めに開放してやらねばな」
「それで、我らの兵力ですが……」
「24人。2個分隊と少しだ。1個小隊であったのだが……」
「我らは乳母を含めて8人。全員が魔導士の資格を持つ」
約30人って事だな。立派な山賊になれそうだ。
そうなると、名前が欲しくなる。聞くだけで震えが来るような名前が良いんだけどね。
「山賊を開業するのは、隣国との国境付近となるかのう?」
「九十九折の山道です。確かに良さそうですな」
「どこでも良いという事ではありませんよ。先ずは……」
逃げ道が確保されている事。拠点となるアジトに近い事が大事だ。特にアジトは兵力の展開が困難であることが望ましい。でないと、王国軍に包囲殲滅される可能性が出て来る。
「なるほどのう。山賊と言うのも簡単ではないという事か」
「軍略に通じるところもあるようですな。ところで今の話からですが……」
ザイラスさんが懐からグルグルと巻かれた紙を取り出した。紙にしてはしなやかだな。羊皮紙と言うのだろうか?
テーブルの上に広げると大きな地図になる。
その地図の上をザイラスさんの指が滑るように動いて、曲がりくねった道の真ん中付近で止まった。
「200年程昔に、隣国と戦争寸前までに国交が破綻した時があります。当時の烽火台の跡がこの付近にある筈です。烽火台はどうでも良い事ですが、駐屯する部隊の屯所があればそれを利用できるでしょう」
「ふむ、少人数の見張り台なら、背後に逃走用の道も用意されておるな。普段は街道から屯所に向かうはずじゃから、街道から分けなく入れるという事になるのう」
中々理想的な場所があるようだ。水場が近ければ言うことは無い。
「水場は湧き水があったと聞いたことがあります。それに……」
再び指先が地図上を動く。
「かつての村が逃げ道の先にあります。今は誰も住んでおりません。狼の大群に襲われたらしく、助かった村人もふもとに下りています」
「王国から逃れた者に、暮らしを立てさせることも出来るという事か。十分じゃ。我らは山賊として生きていこうぞ!」
「一応、山賊という事にしますけど、実態は義賊ですからね。その辺りは、履き違える事が無いようにお願いします」
「そうじゃな。王国再興を図る義賊という事を忘れてはなるまい。その大義がある限り、我等は山賊を名乗るも、無頼の衆では無いという事になる。それで、何時出掛けるのじゃ?」
「今夜はゆっくりとお休みください。少し遠くの村へ食料調達に数人を向かわせました。彼らが帰ったなら、しばらくは食料に困らぬはずです。我らは小屋の外で見張りますゆえ」
そう言って席を立つと、周囲の男達も席を立った。俺も従った方が良さそうだな。外を見てみたい気もするし。
彼らの後に付いて外に出ると、どうやら山麓にある小屋らしい。それ程大きな小屋では無かったから、猟師達の避難小屋なのかも知れないな。
北にそびえる山々は白く雪を頂いている。周囲の木々の若葉がまだ薄い色だから、春の終わりごろになるんだろうか?
「バンター、こっちだ!」
先ほどの男が俺を呼んだ。
声の先を確かめると数人の男達が焚き火を囲んでいる。
男の隣に俺を座らせると、周囲の男達に俺を簡単に紹介してくれた。どうやら、俺も仲間として認めてくれたみたいだ。
「すると、この若者が我らの相談役になると?」
「そうなるな。王女様の命もある。我らが山賊になるにはこの若者、バンターの知識が必要だ」
「山賊ですか?」
何で俺達が? という表情が良く出ている。
「そう、くさるな。俺も初めて聞いた時には驚いた。だが、バンターの話を聞く内に、俺達の今後の選択として最適に思えるようになったのだ。それは追々話すとしてだ、タダの山賊ではないぞ。凶悪な山賊になる。だが、それはあくまで表の顔だ。俺達は義族。住民を苦しめるマデニアム王国を懲らしめる集団となる」
男の話に、焚き火を囲んだ若者達の表情が輝きだした。
隣同士で肩を叩き合ってる者までいるぞ。
「それなら、我等騎士の理念の通りではありませんか! どこまで山に逃げ込めば良いか皆で相談していたのですが、山賊ですか……」
「まあ、表面上は山賊だ。だが騎士であることは忘れてはならんぞ。それがある限り俺達は義賊として民衆にふるまえるのだからな」
焚き火の傍にやっていた時には沈んだ表情だったのだが、今は元気に仲間同士で話を始めた。希望があるのと無いのでは、これほど表情が変わるんだろうか? これは是非とも成功させなければなるまい。
「アジトへの出発は明日の早朝だ。ゆっくりと体を休めるが良い。それと、バンターが欲しがるものは、なるべく揃えてやれ」
そう言って男が腰を上げる。少し離れた場所に別の焚き火があるから、そちらにもこれからの事を説明に出掛けたんだろう。上に立つ者は色々と大変だな。
「ところで、バンターだったな。この辺りでは見慣れない格好だが、騎士なのか?」
「遠い国からやってきました。騎士では無く、学生でした」
「それで、相談役か。……戦で、逃げ出してきたんだろうが、俺達にとっては助かる話だ。先ほどのザイラス殿の話は、バンターの具申だったんだろう?」
「深い山に落ち延びようとしてましたから、それでは王国の再興が出来ないと……」
そんな俺の話をおもしろそうに聞いている。
長剣を取ればそれなりに戦える男達なんだろうけど、普段は俺とあまり変わりないようだ。
騎士の全員の名前が覚えられないと言うと、分隊長とザイラスの名を覚えれば十分だろうと言ってくれた。その内、全員の名を覚えられるんだろうけど、しばらくは掛かりそうだからな。
「相談役なら、ザイラス殿と身分は同等になるだろう。俺達は「殿」を付けるがバンターならば「さん」を付ければ十分だ。他国の貴族なら見下す者もいるだろうがな」
「基本的に「さん」を付けるようにします。礼儀は大切ですからね。それと俺の事はバンターで良いですよ」
騎士達が頷いている。親しき仲にも礼儀は大事なんだろうけど、同年配同士なら、俺の愛称だったバンターで十分だ。
ぼんやりと焚き火を眺めていると、少し山裾の方が騒がしい。周囲の男達が一斉に立ち上がり剣に手をやる。
「第2分隊が帰って来たぞ。どうやら食料を手に入れてくれたようだ」
誰かが嬉しそうな声を上げた。
俺の周りの男達がホッとした表情で再び焚き火を囲む。嬉しそうな表情に変わったところを見ると今日はまだ食事をしていなかったんじゃないか?
直ぐに目の前の焚き火に大鍋が乗せられ、料理が始まった。
何味かは分からないけど、煮物でお腹を壊すことは無いだろう。シチューなのかな?
ちょっと夕食が楽しみになってきたぞ。
大きな真鍮の皿に真鍮のスプーン。これがこの世界の食器になるようだ。山盛りに皿に盛られたシチューは塩味が効いている。
真鍮のカップに半分程入ったワインは水で薄めているが、食事には丁度良い感じだ。それに酔う事も無いだろう。
食事が終わったところで横になる。
マントは裏地があるから包まると暖かい。まだ春のようだけど、焚き火の傍にいれば寒さで震えることも無さそうだ。