SA-164 桑を探してほしい
2日程続いた会議が終わると、早々に王都から港の見える別荘に馬車を急がせた。せっかくの静養が激務になりかねん。
今回の最大の挑戦ともいうべき事は、これから頼む事にあるのだ。
別荘に着くと執事のレイノルさんに、近々に出掛ける交易船に乗る代表戸の面会をお願いする。
10日後に出港する船団があるようで、いつものように快く引き受けてくれた。
サディ達は、別荘の庭にターフを張って、港の様子を絵にするようだが……。ちゃんと描けるんだろうか?
3日もすれば飽きるんじゃないかな? 楽しみに見ていよう。
同じ場所を描いているはずの、サディとミューちゃんの絵の色が全く違っている。そんな2人をクリスを連れたマリアンさん達が微笑んで見ているんだが……。何を描いているのか気になるな。
リビングの窓からサディ達を眺めていると、レイノルさんが客の到来を告げてくれる。
こちらから出向いても良かったのだが、向こうも色々と忙しいようだ。
テーブルに着いて待っていると、レイノルさんが2人の男を連れて来た。筋肉質の30台の男と、堂々としたメタボ体形の初老の男だ。
「バンター殿がお会い下さるとなれば我等喜んで参じます。私は次の交易船団の長を務めるミントスと言います。こちらの男が私どもの交易船の筆頭船長であるハイレムと言います」
「バンターです。どうぞお掛けください」
俺達が椅子に腰を下ろしたのを見計らって、レイノルさんがコーヒーを持ってきてくれた。マグカップに薄めのコーヒーは彼等にどう映るかな?
「ほう……。濃いコーヒーも良いですが、これも中々ですな」
「本来なら濃い味なんでしょうが、俺にはこれぐらいが丁度良いですね」
パイプに火を点けながらコーヒーを飲む。至福の時間だな……。
そんな俺を見ていた2人も、同じようにパイプを取り出して火を点ける。
「たぶん東方への交易と見込んで、とある植物を手に入れられればと思い、会見を申し込みました」
「植物ですか? 新たな穀物、野菜の類ですかな?」
用意した簡単なスケッチを2人に見せる。特徴は手の平位の大きさの3つに分かれた葉だ。周囲はギザギザだったな。
スイっと伸びた小指位の枝に互い違いに葉が着いてるはずだ。
「初夏に実ができます。山イチゴのようなつぶつぶがたくさん付いた実は丁度親指の先ぐらいあります。熟すと濃い紫、ほとんど黒に近い色になりますよ。酸っぱいですが食べられます。食べると口が紫になりますから染料の材料にも使えそうです」
「それを見付けて来いと?」
「枝を切って、水に付けてくれば戻ってくるまで枯れることはありません。ついでに実も箱詰めで集めてくれればありがたいです。実は乾燥させても使えますが、果たしてうまく染まるかどうかはやってみないと分かりません」
「特徴がありますから、見付けられるでしょう。実を結ぶ時期なら都合が良い」
「これで、足りますか?」
テーブルに新しいシルバニア王国の金貨5枚を並べる。
「荷車5台分も集める事も無いでしょう。シルバニア王国の新しい産業を考えておられるのは商業ギルドを通して私共にも伝わっております。枝を20本、実を1箱ならば、金貨1枚でも十分です」
そう言って、1枚を懐に入れると、残りの4枚を俺の方に押しやって来た。
「かなり東に向かわねば手に入らないかも知れません。その時は無かった知らせてくだされば結構です」
「草木で染めるのは難しいですぞ。でもやってみなければわからぬのがそめものらしいですな」
俺が染物の原料を入手しようとしていると思っているのだろうか?
それならそれで都合が良い話ではあるのだが……。
「1つお伺いしてもよろしいですかな? 3つの王国が新たな交易路開発しようとしております。さらに、トルニア王国もその内に加わることは間違いありますまい。我の先祖が開拓した交易路にバンター殿は御不満があるのでしょうか?」
既得権益を守ろうというんだな。
確かに、この人達の先祖が命がけで開拓した航路に違いない。それは十分に既得権益となり得る話だから、俺に侵す事が出来るとも思えない。
「不満はありますよ。でも、それを簡単に解決できるとも思えません。既存の交易路は貴方達の先祖が命と引き換えに作り上げた筈です。ですから、新たな交易路は既存の遥か彼方を目指すことにしています」
「それで、あの船を作ったということか……。風上に進めると聞いて驚いたものだ」
ジッと俺達の話を聞いていた船長が呟いた。確かハイレムだったな。
「既存の船団と行動を共にできるかを確認中だと聞いています。たぶん、不満いっぱいにして帰って来るでしょう」
「まだ、航海には使えぬと?」
「いいえ、既存の船と一緒では豪快な帆走が出来ないと言う事です。速度がかなり違うはずです」
将来的には同型船で船団を組むことになるだろう。船乗りの訓練を兼ねて3年は船団作りをあきらめるしか無さそうだ。
「我等はその船を手に入れることが出来るでしょうか?」
「将来は可能でしょう。ですが、現在はクレーブル国王の監督下で試験航海をしながら改造を行っている筈です。商業ギルドに設計図が提供されるにはかなりの年月が掛かりそうですね」
レーデル川屈曲部で採掘した粒金を全て使っているはずだ。交易で得た利益がそれを上回らない限り、他の建造を許さないんじゃないか。
残念そうな表情の2人組だが、それ位は発案者である俺達にメリットが無ければね。
「新たな交易で得られた品は我等も取扱いができるのでしょうか?」
「アブリートさんに全体計画を任せている。同じ王国内の人物だから一度話し合われては?」
独占するのは簡単だが、それによって富の不均衡が起こるのも問題だろう。アブリートさんの手腕が試されそうだな。
「将来は加工貿易を考えています。銀山はいずれは枯渇します。その時の代替品を早めに見付けるのも俺達の仕事ですからね」
「なるほど……。品物を直接売買するのではなく、付加価値を着けると言う事ですな。その時は是非ともお声をお掛けください。それでは、依頼の品は我らで探してまいります」
俺の依頼品を見付けることで、将来の布石としたいようだ。
使える商人ならシルバニア御用達としても良いかも知れない。その辺りは国に帰ってからの調整事項になりそうだな。
リビングのドアまで2人を見送って、テーブルに着く。
温くなったコーヒーを飲みながら、彼らの航海の無事と依頼品の発見を祈ることにした。
別荘での滞在は、普段食べることが出来ない海鮮料理が出てくるので嬉しくなってしまう。
お刺身が食べれないのが残念だが、港の市場を巡っておもしろいものを見付けた。
交易品なのだろうが、ソバの実を見付けたのだ!
そうなると、醤油を見付けたくなってあちこち市場やお店を巡ることになる。
どうにか見つけたのは魚醤と呼ばれる調味料だ。
これで作ってみるか……。小麦粉も手に入れてニコニコしながら別荘に戻った。
「その三角の実は食べものなのか?」
「ええ、見た目は悪いですけどね。荒地でも育ちますから、北の村とミントス村に分けてあげます」
「そのままで煮て食べるのですか?」
マリアンさんがサディが袋からつまみだした実を見て聞いてくる。
「粉にすると小麦のように色々と作れますよ。帰ったら一度作ってみますから試食してください」
待てよ……。この港町ではこれをどうやって食べてるんだろう?
かなり、袋が積み重ねてあったから、それなりに需要があるんだと思うけど……。
その夜、メリクルさんが教えてくれたソバの実の料理法は、ラザニアのような料理になるらしい。
「パンや米を買えぬ者達の間では、先ほどの実を使った料理が一般的と聞いております。私も小さな時には良く頂いておりました」
「これを粉に出来ないかな?」
「粉にですか……。たぶん、石臼を購入して自ら粉ひきをせねばならないと思います」
そうなると、クレープや麺にして食べることはしないんだろうな。
滞在日数はまだ十分にあるから、綿を作ってみようか? 出来ればネギとワサビが欲しいところだが、唐辛子位は市場に行けば手に入るだろう。
数日後、メリクルさんに手伝って貰って、ソバの麺をどうにか作る事が出来た。ソバの粉だけではまとまらず、小麦粉と半々位になってしまったが、ゆで上がったソバの色は懐かしい田舎ソバの色をしている。
魚醤で作った汁はダシが効いているような風味があった。飾りつけにゆでた葉物と何故か魚の唐揚げが乗っている。
底の深い皿に入れてテーブルに運ぶと、ソバと俺を皆が交互に見ているぞ。
メリクルさん達も別な部屋で頂くと言っていたから、ここには俺達4人だけなんだが、俺の皿にはフォークではなく細い棒が2本置いてあるのをジッと見ている。
「俺の故郷の料理だ。これを掛けると美味しいけど、あまり入れると辛くて食べられなくなるよ」
そう言って、唐辛子の粉をちょっと振りかける。
サディ達も恐る恐る掛けているようだ。
サディが苦労しながらフォークでソバをからめて食べている。
俺がお箸を使って食べるのを、不思議そうな顔をしてみてるんだよな。
「そんなもので掴めるのか? バンターは器用じゃな」
ミューちゃんが口元からソバを垂らして頷いているぞ。直ぐにつるつると口の中にソバが消えて行った。
「美味しいにゃ。村の皆にも食べさせてあげたいにゃ」
「変わった食べ物ですね。冬の鍋料理にも使えそうです」
マリアンさんも気に入ったようだな。
とは言っても、貧しい人達に広めるのが先になるだろうな。
その辺りはメリクルさんに頼んでみようか。




