SA-157 騎士の正体
「となれば、シルバニアの存在は我等の城壁ともなり得るか……」
「それなりに備えてはいます。問題はウォーラム王国が南侵した時でしょう。対策を間違えると周辺王国を交えた大戦に発展する恐れがあります」
俺の顔をおもしろそうに眺めている。取って置きの情報をあたえたんだけどなぁ……。
「そこまで恐れるのは?」
「ヨーレムの技術力……。それを手にしたウォーラム王国を相手にするとなると、俺達も無事では済まないでしょう。俺達を併合した時にウォーラムが向かう相手は……」
「我等トルニア王国となると言う事か。国王が気いるわけだな。それで、勝算はあるのか?」
「策はありますが、その前に兵力を増やさねばなりません。とは言え、精鋭を揃えるには時間も掛かります」
ガルトネンさんがテーブルのワインを取ると、手酌でカップに注いで、俺のカップにも注いでくれた。
「確かに、直ぐには出来ぬ。やはり、騎馬部隊となるのか?」
「荒地の戦では、そうなりますね……」
たっぷりと注がれたカップはちょっと手を出しにくいな。それでも、ちびちびと飲み始めたが、ガルトネンさんの隣の従者は優雅に少しずつ飲んで俺達の会話を楽しんでいるみたいだ。
「我等の大使交換を断ったと聞いたが?」
「この砦を見て状況を察して頂きたい。私達はここで暮らすことに決めました。王都の王宮はマデニアム戦で焼失しています。新たに王宮を作るよりは、民の暮らしを優先させたいですから」
「確かに、そうなるだろうな。大使となれば随行する者も多くなる。そんな場所は王宮とその関連施設となるんだろうが……。だが、シルバニア王国の書状はありがたく使わせて貰ったぞ。ニーレズムの石橋を使った交易は大使交換と同時に10倍以上に膨れ上がったそうだ」
クレーブル王国は商業が盛んだからな。海外貿易で得た商品の売買は望むところだったに違いない。
「大使とまでは行かんだろうが、商人の出入りの許可は何とかなるまいか?」
「そうですね……。旧王都で良いでしょうか? 貴族が粛清されましたから、貴族の館がだいぶ残っているようです。倉庫代わりに使っている物であれば、複数の商人が共同で使えると思います」
「旧王都の責任者は?」
「聖堂騎士団の団長であるザイラスさんになります」
「清貧の騎士であると聞いておる。ザイラス殿が責任者であれば商人達も公平な商売ができそうです」
作物の流通が行われればそれだけ食生活が豊かになる。互いの領民も喜ぶ話だろう。
「さて、表向きの話は以上で終わる。後で、王都に出向く商人達の身分を保証する書状を作って送れば良いだろう。ここからは、ワシとバンター殿の話としたい」
「俺の持つウォーラム王国の情報ですか?」
苦い顔をしてワインを飲んでいる。図星ということか?
「少なくとも、ウォーラム国王の周囲に国王を諌める、もしくは相談する相手はいないようです。部隊は多かったのですが、退くことをしないのも問題ですね」
「1代で終わると見ているな」
ワンマン国王が倒れたら、次の国王はそれ反省するだろう。じっと殻に閉じこもるような国政なら周辺は安心できるんだけどね。
「たぶんウォーラム王国の王宮で指揮を執っていたと思います。それなりに士気は高い部隊でしたが、動きが極めて鈍い……」
「それに相対したバンター殿は、素早く動くことができたと言う事になるが……。バンター殿の手勢は精々1個大隊にも満たぬはず?」
「クレーブルとトーレスティからの援軍を得たんですよ。騎馬隊と軽装歩兵で1個大隊を越えれば2個大隊を手玉に取るのは難しくはありません」
おもしろそうな表情で俺を見ている。
腰のバッグから新たに小さな酒ビンを取り出して、ワインのカップに注ぐと俺のカップにも入れてくれたんだが……。
ちょっと飲んでみると、ウイスキーじゃないか!
ワインと割って飲んだりしたらかなり悪酔いしそうな気がする。
「そこまで固く結束できるのか……。羨ましい限りだな。我がトルニア王国とも同じように友好を深めたいものだが、何度か小競り合いをしておる。直ぐにとは行かぬだろう。バンター殿が兵力を持ちたがらぬのを理解出来る者は少ないだろう。過大な兵力を持てば、それを使いたがるのも道理ではあるな」
「兵は凶事であると教えられました」
「良い師に恵まれたな。外にもあれば教えてほしいものだ」
「勝つ戦をせよとも教えられました。どうすれば勝てるかと聞きましたら、敵を良く知ることだと……」
俺の言葉に一々頷いている。
軍略の話はおもしろいんだけど、ガルトネンさんは理解できるんだろうか? この世界の軍略とはかなり異質だと思うんだけどな。
「バンター殿は遥か東の国より来られたようですな。その話に近い物を昔、キャラバンを護衛していた傭兵に聞いたことがあります」
「商品は絹ですか?」
俺の質問に頷く事で答えてくれた。やはり、この辺りは俺の知る西洋世界になるようだ。となれば遥か東には大国である中国のような王国が存在するんだろうな。
新たな交易路を探すことに弾みがつきそうな気がするぞ。
そんな話をしていた部屋に3人が帰って来た。
ガルトネンさんの奥さんはニコニコ顔だけど、何か良いことがあったんだろうか?
「ハイデルン様は無事でしたわ。トルニアには帰らずに大聖堂で我が王国の発展をお祈りして頂けるそうです」
「何だと! では無事に脱出できたと言う事か……。御后がお喜びになるだろう」
「脱出については、事前にバンター殿の手の者が手引きしてくれたと話してくれました。シルバニアには大きな借りが出来てしまいました」
「う~む……。大きな借りだな。帰国したら早速報告せねばなるまい。それで、どうであった?」
「まさしく、大聖堂がありました。あれほどの規模の聖堂を作る事は我等火知の手ではできませぬ。新たな教団の聖地に相応しき建造物です」
タダの祈りの場に過ぎないんだけどな……。
見る人が見ると、大聖堂になるんだろうか? となると俺の信仰心は最低って事になりそうだ。
通信兵が部屋に入って来ると、麓の砦で歓迎の晩餐会の準備ができたことを教えてくれた。
すでに、ザイラスさん達も来ているようだ。3人を連れて俺達も移動することにした。
ガルトネンさん達は大型の馬車でやってきたから、俺達も同乗させてもらう。
やはり女王陛下がカルネルに乗って移動するのは問題があるようだ。
口をポカンと開けて驚いてたからな。その後で慌てて俺達を馬車に乗せてくれたんだけど……。
「バンター殿。王族たるもの威厳は必要ですぞ」
「はあ、あまり期待されても……」
そんな会話を奥さんが微笑んでみている。
ん? なぜ、この馬車に従兵である騎士が乗っているのだ。騎士たる者騎乗するのが当たり前とはザイラスさんの言葉だ。
やはり、奥さんの隣で俺を見ている騎士が俺達を見たかった、と言うのが来訪の目的なんだろう。
麓の砦にはトーレルさん夫妻がいてくれるから助かることも確かだ。
2人とも元貴族だから、歓迎の晩餐会料理、進行を全て任せられる。マリアンさんに任せても良いのだけど、やはり魔導士部隊総出でやる事になりそうだ。そうなると、軍隊内の式典の色が強くなりそうな気もする。
トーレルさんにクレーブル貴族が嫁いでくれたのはありがたい話だ。貴族という点ではジルさんも同じなんだけど、ザイラスさん達に任せたら野外でバーベキューでも始めそうな感じだからな。
安心して出てくる料理に手を付け、酒を酌み交わす。
宴が終わり、砦の客室にガルトネンさん達が引き上げようとした時、広間を出て通路を歩く3人に近付いて、従者を装った騎士に声を掛けた。
「楽しんでいただけましたか? 王子殿」
騎士が驚いて立ち止り、ガルトネンさんに顔を向ける。
「やはり、見抜かれていたか……」
「トルニア王国第1王子、ミューゼス殿下でございます」
奥さんが俺に頭を下げて騎士の素性を明かしてくれた。
「今回は、シルバニアの王女を紹介できませんでしたね。次は是非ともご紹介いたします」
俺の言葉に、3人の顔が喜色に変わる。
「是非ともお伺いしたい。我等の王宮も歓迎いたしますぞ」
さて、どれだけの情報がトルニアに渡ったのかな?
少し考えねばなるまい。王族自らが国交のあまりない王国の視察に訪れる位だ。俺達との友好を望んでいるのは本物と考えて良いのかもしれない。
翌日、麓の砦を出ていく馬車を見送ると、砦のリビングに集まった。
お茶を飲んで、隣国のVIPを無事送り出せたことに、ホッと肩の荷を下ろす。
「結局、ガルトネン殿の目的は何だったんだ?」
「従者を装った騎士がいたでしょう。彼に俺達を見せるのが目的だったようです。とは言え、通商条約的な打ち合わせも出来ました。王都の旧貴族の館を1つ提供してくれませんか? トルニア王国の商人が店を開きたいそうです」
「それ位なら何とでもなる。適当に見つけておけば良いな。それで、あの騎士はどんな奴なんだ?」
「トルニア王国の次期国王です。東は大国であっても侮れませんよ。尾根の拠点を充実させて将来に備える必要があります」
何も言わずに従者のように控えていた騎士の正体を知って、トーレルさん達は声も出ないようだ。
尾根の備えは万が一を考えれば良い。少なくとも先ほどの王子が治政を行っている間は侵攻されることは無いだろう。だが、その後は分からない。
内政を充実させて軍備を整えられたら、10個大隊近くの軍を常備できるだけの国力を持てるのだ。
俺達の治政が上手く行ったとしても、精々3個大隊を常備できれば大したものだと思う。それは王国の総人口の違いによるものだから、いかんともしがたいのだが、それを補うためにも兵器と設備が重要になるんだよな。




