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05話

 朗元さんがいなくなってから蒼兄と両親がショップにやってきた。

「蒼兄、私朗元さんに会っちゃった」

「えっ!?」

 蒼兄も朗元さんのファンなのでびっくりしているようだ。

「今、ショップを出ていった和服姿の髭を生やしたおじいさんなのだけど、すれ違わなかった?」

「いや、見てない……。もしかしたら、俺たち反対方向から歩いてきたのかも」

「残念だったね」

「惜しいことした」

「とてもすてきな方だったよ。カフェインレスのコーヒーごちそうになっちゃった」

「わー……父さんたちに自力でここまで来てもらうんだった」

 落胆した蒼兄の後ろからひょっこりとお母さんが顔を出す。

「翠葉! 誕生日プレゼントにお洋服買いに行くわよっ!」

「蒼樹、おまえもスーツな!」

 お父さんが蒼兄の肩を叩いた。その瞬間に私と蒼兄の顔が引きつる。

 お父さんとお母さんが私たちの洋服を買うとなると、あれこれ買いすぎるのだ。最低でも三着は固いだろう。

 買い物のたびに、私と蒼兄はレジで合計金額を目にして驚く。それがいつものこと。

 男は男同士、女は女同士――そんなわけでお父さんと蒼兄とは一度その場で別れた。


 お母さんの行きつけのショップはシンプルなデザインを数多く取り揃えている。

 お母さんにしては地味かな、と感じるけれども、素材が上質であったり身体のラインがきれいに出るデザインが多く、とても綿密に作り上げられた洋服、という印象。

 お母さん曰く、シンプルなものこそ小物が生きるという。つまり、ベルトやアクセサリーでその服のイメージを作り上げるのだ。

 弓道の試合の日に着たワンピースもこのショップのものだった。


 ショップに入るなり、馴染みの店員さんが迎えてくれた。

「城井様、いらっしゃいませ。お嬢様も大きくなられましたね」

「明日、この子の誕生日なの。だから、今日は翠葉に似合うものを見せてもらえるかしら?」

「それでしたら、このあたりはいかがですか?」

 すぐに数点ピックアップして持ってきてくれる。

「そうねぇ……。この濃紺のワンピースはきれいなんじゃないかしら?」

 手に取ると、それを胸に押し当てられた。即ち、フィッティングルームで着てらっしゃい、という無言の指示。

 始まった……と思いつつ、素直にそれに従う。

 フィッティングルームで着替えて鏡に映る自分を見る。濃紺のワンピースはいつもみたいにふわふわした感じのものではなく、すっきりとしたIライン。なんの飾りもないワンピースだけれど、ウエストのあたりがきれいにシェイプされていて少し大人びた印象を受ける。形はとてもきれいだと思うけど、それが自分に似合っているのかは自信がない。

「翠葉、着た?」

 外からお母さんの声が聞こえて、フィッティングルームのドアを開ける。

「そのサンダルでいいからちょっと出ていらっしゃい」

 言われて店内に出ると、

「あら、いいじゃない!」

「少し大人っぽく見えますね。お嬢様はお肌が白くてらっしゃるから、ネイビーを着るとより白さが引き立ちます」

「……本当に似合ってる? ……背伸びしすぎてない?」

 不安に思って訊くと、

「似合ってるわよ」

 満面の笑みで答えてもらっても、自信は生まれない。けれども、お母さんはこういうところで一切妥協をしないし、思っていないことを口にする人でもない。

 そのお母さんが言うならば似合っているのだろう、とかろうじて納得する。

「はい、次はこれね!」

 手渡されたのはエメラルドグリーンのフレアスカートに白いタンクトップ。それと、カッチリとした白いシャツ。

 この場での拒否権はあってないようなものなので、それらを着るためにまたフィッティングルームへ戻る。

 スカートは膝丈。たっぷりと生地を使ったフレアスカートの割りに、生地の落ち感がいい。裾は私の好きなアシンメトリー。

 上にタンクトップを着てシャツを羽織ると、今の私が着てもおかしくない雰囲気だった。それを着て外に出ると、

「うん、バッチリ! このシャツ、前で結ぶとリゾートっぽくも着れるのよ」

 と、シャツの裾を結んでみせてくれる。

「あ、本当……。これに少し長めのネックレスとかしたら似合いそう」

「でしょう?」

 お母さんは始終嬉しそうに笑っていた。

「はい、最後はこれ!」

 手渡された洋服に少し戸惑う。

 見た感じはワンピースに見えなくもない。けれども丈が短い。桃華さんが着たら似合いそう。飛鳥ちゃんが着たらチュニックになる長さ。私が着たら……きっと膝上十五センチ。

 シャツタイプのスタンドカラーでノースリーブ。センターフルジップ、というとてもシンプルでカジュアルなワンピース。

「とにかく着てみなさい」

 私は再びフィッティングルームに押し込まれる。

 ものすごい抵抗を感じつつそのワンピースを着ると、予想を裏切ることなく丈が短かった。フィッティングルームから顔だけを出すと、

「何してるの? 早く出ていらっしゃい」

 容赦ない一言を見舞われた。仕方なくフィッティングルームから出ると、

「翠葉、きれいな脚してるんだからたまには出さないと」

「でも……」

 しどろもどろになっていると、店員さんがすかさずほかの商品を手に持ってくる。

「お嬢様、こちらのワンピースはワンピースとしても着られますが、オーバージャケットとしても着られるんですよ。例えばこちらのバンツを履いた上にワンピースを羽織る形で着ることもできますし、中に色物レギンスを持ってくることもできます」

 色々と提案をしてくれたけれど、

「でもっ! やっぱり高校生だし生脚よっ!」

 お母さんに一蹴され、それまでに着た洋服はすべてお買い上げに決まった。

 総額十万近い金額に目を剥く。

「お母さん、高すぎるっ」

 あわよくば、あの黒いワンピースを却下したかった。けれども、カードを手にしているお母さんは考えを改めるつもりはないようだ。

「シンプルで上質な洋服は、体型さえ変わらなければ十年は着られるのよ。だからいいの!」

 そのうえ、

「こんなに働いてて稼いでいるのに使う暇がないのよっ」

 と、どこかやり場の違うストレス発散法であることがうかがえた。

 きっと今頃、蒼兄も同じような目に遭っているのだろう。携帯に目をやると、ちょうどよく携帯が鳴り出す。

『翠葉、終わったか……?』

「ん……今終わったところ」

『体調は?』

「大丈夫」

『今日は何着?』

「ワンピース二着とスカート一着にトップス二枚」

『俺はスーツ二着で済んだ。お互いお疲れさん。じゃ、このあとはデパートの入り口で待ち合わせな』

 そんな話をして切る。

 デパートの入り口で無事に蒼兄たちと合流する。けれど、蒼兄たちは手ぶらだった。

「蒼兄、スーツは?」

「仕立て上がりが二週間後だって」

 その返事に納得した。


 ホテルに入ると澤村さんに声をかけられた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 そのまま四十階のレストランフロアまで案内され、これまでに二度入ったことのある個室に通される。

 全員が席に着くと、ノック音がして静さんが顔を見せた。

「蒼樹くんと翠葉ちゃんの誕生祝いということで、今日は私からのおもてなしだ。美味しい料理を存分に楽しんでいってほしい」

「「ありがとうございます」」

 静さんが蒼兄と私の顔を見比べて笑みを深めると、

「いい子たちだな」

「当たり前でしょう? 私たちの子どもだもの」

 お母さんの言葉にさらに笑みを深め、

「じゃ、ごゆっくり」

 と、静さんは個室を出ていった。

「翠葉は相当静に気に入られたのね?」

「え……?」

 不思議に思って訊き返すと、お父さんが実にのんびりした調子で口を開いた。

「今日のディナー、ひとりあたり二万のコースなんだけど、支払い要らないって」

「「はっ!?」」

 思わず蒼兄と声が揃う。

「ひとりあたり二万ってお金かけすぎでしょうっ!?」

 私が言うと、

「スーツにいくらかかったと思ってるんだよっ!?」

 蒼兄も同じようなことを口にする。

「でも、どうしたことかプライスレスなんだなぁ~」

 まるで動じないお父さんに、

「静が、これからも翠葉をウィステリアホテルの専属で使いたいからって、今日のディナーはプレゼントだって言ってたわ」

 お母さんがにこりと微笑んだ。

 どうしよう……。どんどん深みにはまっていっている気がするのは気のせいじゃない気がする。

 その後、私が食べられる薄味の料理が次から次へと運ばれてきた。

 品数は多い。でも、分量を調節してくれているからか、最後まで無理することなく食べることができた。

 いつかシェフに会うことができたらお礼を言いたい。そのくらいに美味しい料理だった。

 久しぶりに揃った家族四人の団らんは会話も弾み、楽しい時間を過ごすことができた。

 最後に運ばれてきたケーキはアンダンテのケーキ。

 普段はお店に並ばない小さなホールサイズで、ショートケーキ風のタルトだった。

 大好きな苺タルトとはまた違った美味しさに舌鼓を打つ。

 二時間かけてコースを楽しむと、私たち家族は駐車場で二手に分かれた。

 お母さんたちは現場近くのホテルへ、私と蒼兄はおうちへ……。

「次に会えるのはいつかしらね」

 なんて、とても家族とは思えない会話を最後に別れた。

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