表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/62

08~11 Side Akito 03話

 ピルケースから薬を取り出す彼女に、

「このあと何かしたいことある?」

 訊いてみると、彼女は部屋の時計を確認したあと手元に視線を落とした。そして思い立ったかのように、

「……写真。……秋斗さんのアルバムが見たいです」

「アルバムかぁ……。こっちに持ってきてたかな?」

 席を立って思う。

 翠葉ちゃん、君、今自分からトラップにはまったよ?

 唯一リビングダイニングから入れる部屋のドアを開ける。その部屋は主寝室。

 あえて彼女の気を引くためにドアを開けたままにしておく。

 彼女の場所からだと入り口のあたりしか見えないだろう。でも、インテリアが気になる彼女ならきっと席を立つ。

 本棚からアルバムをいくつか取り出し、ちら、とドアの方を見る。と、彼女はドアのところまでやってきていた。

 俺はおいでおいでとこちらに誘い込む。彼女は何を疑うことなく俺の隣に座った。

「さすがに幼少期の写真はないけど」

 普通を装いひとつのアルバムを開き、

「これは中学のとき。……翠葉ちゃん、フローリングの上だと冷えるからベッドへ上がっていいよ」

 彼女は何を疑うことなくベッドに上がった。

 この部屋にラグを敷いていなかった自分を心の中で褒め称える。

 翠葉ちゃん、君、本当に何も考えてないでしょう? でも、それってさ、ものすごく危険なことだと思うんだよね。

 いつもは上から見下ろすばかりだけれど、下から見上げる彼女もなかなか――。

 顎のラインや髪の毛を耳にかける仕草が艶っぽく見える。

 新鮮だな……。

「秋斗さん、これ何サイズですか?」

 彼女は四方を見て、ベッドの大きさに首を傾げる。

「キングサイズ。安心してゆっくり寝たいからね」

 別にシングルだってかまわなかった。でも、もし大切な人が現れたなら、ベッドは広いに越したことはない。スペースを考えずに色んなことが堪能できるというもの……。

 俺がそんなことを考えているなんて露ほども知らない彼女は、アルバムを一枚一枚めくっていく。すると、先ほどと同じ着信音が鳴った。

 嫌な予感がする。これ、たぶん栞ちゃんだろ……?



件名 :牽制メールだから

本文 :そろそろランチは終わった頃かしら?

    変なことをしようものなら

    静兄様と湊に言いつけるわよ?

    それとも会長がいいかしら?



「はぁ……」

 ため息をついて携帯を凝視する。

 栞ちゃんならやりかねない。でも、頼むから俺の至福の時間を邪魔しないでくださいっ。

 そんな俺を見て、

「お仕事ですか? でしたら私帰ります」

「違うから気にしないでね」

 今、自然な笑顔を作れた気がしない……。

 けれども、彼女は何を疑うでもなくアルバムに視線を戻した。

 もういいや、携帯の電源落としちゃおう……。

 電源を切ると、そのままベッドの枕元に放り投げる。

 彼女に視線を戻すと、またしても首が傾き始める。そして、何かを探すようにペラペラと速度を上げてアルバムをめくった。

「どうかした?」

「え?」

「首傾げてる」

「あ……えと、私服姿の写真はないなぁ、と思ったのと――いえ、それだけです」

「今の、絶対にその先があったよね?」

 今は俺のほうが下にいるから、彼女が下を向いても表情を見ることができる。

 それを察したのか、

「ないですよ。全然ないです」

「挙動不審だよ」

 嘘が下手な彼女がかわいくて、俺は片膝を抱えて笑う。

「まぁ、なんとなく予想はできるんだけど……。翠葉ちゃん、意外と観察力あるほうだし……。彼女らしき人と写ってる写真がない、とかその手のことでしょ?」

「……正解です」

 俺はフローリングから立ち上がり、ベッドに腰をかけ彼女の顔を覗き込む。

「それは、俺が付き合ってきた過去の女たちに嫉妬してくれた、ってことでいいのかな?」

 そんなことまで考えてくれるなんて、俺はますます期待するよ?

「……嫉妬? ……それは違うかな? ただ、参考までに知りたかったというか……」

「なんだ、つまらない。『Yes』だったら嬉しかったのに……。俺、学内の人間とは付き合ったことないんだ」

「え……?」

 学内なんて面倒な人間とは無理。身元が割れている人間は端から対象外。

「因みに、家に女の子を上げたのは湊ちゃんと栞ちゃん、母親意外だと翠葉ちゃんが初めてだよ」

 真正面から言うと、「そうなんですか?」とびっくりした顔をされる。

「そう。そのくらい、俺にとって翠葉ちゃんは特別なんだけど?」

 彼女は俺の投げかけには答えられないようで、手元のアルバムに視線を落とした。

 そのまま十秒ほどすると、また顔を上げる。

 チャンス到来――。

 キスをしようとした瞬間に家の固定電話が鳴り出した。

 どうせ栞ちゃんなんだろうけど、もう湊ちゃんや静さん、じーさんに言われてもいいから今日は俺を放っておいてほしい……。

 寝室をあとにしてリビングで電話に出る。と、

『ちょっとっ、何携帯の電源落としてるのよ』

 普段は聞けないような低い声が聞こえてきた。

「ははは……」

『ははは、じゃないっ! 私の大切な翠葉ちゃんは無事なんでしょうねっ!?』

「そもそも、ことに及んでたらこんな電話鳴ってても出ないし……」

『それもそうね……。ところで翠葉ちゃんは?』

「アルバムが見たいって言うからアルバム見せてる」

『あら、そう。ならいいわ』

 と、案外あっさり切ってくれた。

 受話器を置いたとき、自然とケーブルを目が追う。

 抜いておくか……。

 そうすれば携帯も電話も鳴らないし、邪魔するものは何もなくなる。

 そう思えばあとは行動するのみで、電話線を引き抜いた。


 栞ちゃんのせいでしそびれたキスをしに戻ると、寝室では横になった彼女がいた。

 倒れているのかと少しひやっとしたけれど、彼女から聞こえてくるのは規則正しい寝息。

 顔を覗き込めば事実に寝ているわけで……。

「嘘だろ……?」

 色んなことに「嘘だろ?」と言いたい。

 まず、好きな男の寝室で無防備に寝てしまうこと。次に、ついさっきまで甘いキスをしようとしていたのに、たった数分で熟睡していること。

「くっ……」

 あり得ない……。

「あーぁ、また据え膳か」

 彼女の頬を軽くツンツンしてみるものの、起きる気配はない。

 パレスでの森林浴を思い出した。

 あのときも、俺の隣でこんなふうに無防備に寝てたっけ……。でも、あのときは俺を好きだと思っていなかったからできたことだと思っていた。

 今は……? それだけ、俺に気を許してくれてる取ってもいいのだろうか。

 ……なら、手を出すなんてマネはできない。彼女の意思に反することなどできるわけがない。

 起きないように彼女を抱え、枕に頭を乗せてあげる。

 相変らず軽いな……。

 横になれば重力に逆らうことなく洋服も体の線に沿う。脇から腰にかけてのライン、腰からヒップにかけてのライン。それぞれがきれいな曲線を描く。

 本当はすぐにでも抱きたいよ。何も纏っていない君を見たいと思うし、触れたいと思う。

 どこが感じるのか、どんな声を出すのか……。

 きっと、それはとてつもなく甘美な声に聞こえるだろう。

 そんなことを想像しながら彼女の隣に横になると、自然と睡魔が訪れた。


 ピンポーンっ、ピンピンピンポーンっ――。

 心地よい眠りを邪魔するのはインターホン。

 まだはっきりしない頭でサイドテーブルの時計を見ると五時半を指していた。

 げっ……これって栞ちゃんだったりするっ!?

 慌てて頭に手櫛を通し、玄関へ向かう。

 ドアを開けると角を生やした栞ちゃんが立っていた。

「秋斗くん、何ちゃっかりと固定電話の線抜いてるのかしら?」

 寸分の隙もない笑顔で詰め寄られる。

「とにかく上がらせてもらうわっ」

 有無を言わさず上がりこみ、真っ直ぐ寝室へと向かう。ベッドの上に翠葉ちゃんの姿を確認すると、

「ちょっとっ! 何してるのよっ」

 小声で怒鳴られた。

 彼女に聞かすまい、起こすまい、という行動の現われだろう。

「いやぁ、何もかも……栞ちゃんの電話を切って戻ってみたら寝てた。ほら、あそこにアルバム置いてあるでしょ?」

 と、ベッドの端に置いてあるそれらを指す。

「寝室で見せることないでしょっ!?」

「あはははは……」

「指一本触れてないでしょうねっ!?」

「指十本と腕二本で触れさせていただきました」

「秋斗くんっ!?」

 怖……。しょうさん、よく栞ちゃんと結婚したよな……。

 ふと海外に行っている栞ちゃんの旦那さんを思い出す。

「アルバムの上に寝てたから、今の位置に直しただけ。本当にそれだけ」

 両手を上げて降参ポーズまでとってみる。と、

「秋斗くん、信じてるわよ?」

 にこりと笑い、彼女に歩み寄る。俺はドア口で待機。

「翠葉ちゃん」

 ぐっすり眠っている彼女に優しく声をかける。俺に向けられた声音とは雲泥の差。

「ん……」

 と、少し鼻にかかる声すらが甘く聞こえる。

「ね? 寝てるでしょ?」

 栞ちゃんは確かに、といった顔をした。

 彼女が起きたのか、

「おはよう。夕方になっても帰ってこないから心配で迎えにきちゃったわ」

 抑揚ある話し方が恐ろしい。

「え? 夕方? ……今、何時でしょう?」

「五時半」

「私、寝てましたっ!?」

 ガバリ、と起き上がった彼女が突如傾ぐ。それを栞ちゃんが受け止めた。

「ベッドの上で良かったわ……」

 同感……。

「ごめんなさい……」

「翠葉ちゃん、危険な狼さんの寝室なんて、一番危ないお部屋に無防備に入り込んじゃだめよ?」

 諭されている彼女は意味がわからないようだ。

「襲われたらどうするの?」

 いや、確かにそれはそのとおりだし、俺もいつか忠告しようと思ってはいたけど、それは自分がものにしてから……と決めていたのに――。

「あのっ、でもっ、そういうことしないって言ってくれたし――」

 言いながら視線が宙を彷徨う。

 あぁ、確かにそんな約束をした。約束を破るつもりはないけど、自分を抑えられる自信もない。

 どうしたものかな……。

「そんなの口だけかもしれないでしょ? 口先だけの男なんてごまんといるのよ」

「栞ちゃんひどいなぁ……。まるで俺がその中に入るみたいな言い方。現に手ぇ出してないでしょ?」

「当たり前よっ」

 と、一喝された。栞ちゃんは彼女に向き直り、

「さ、帰りましょ? うちで誕生会の準備もしてあるし、海斗くんや司くん、湊や蒼くんも揃ってるわ。……なんなら秋斗くんも来る?」

 いや、今日は遠慮しておく。だって、そこには蒼樹がいるわけで、詰め寄られるの確実だし……。

 俺の側まで来た彼女が、

「秋斗さん、ごめんなさい」

「気にしなくていいよ。俺も隣で休んでたし」

「ちょっと翠葉ちゃん聞いてよ。秋斗くんったら携帯の電源は落とすし、固定電話の元線を引き抜くは……。本当にどうしようもない人なんだからっ」

 彼女は栞ちゃんに背中を押されるようにして部屋を出ていった。玄関に向かう彼女をリビングから見送っていると、ダイニングの椅子に彼女の持ってきたバッグが置いてあった。

 それを手に取ると、彼女が玄関から引き返してくるところだった。

「ありがとうございます。あと、寝てしまってごめんなさい……」

 すごく申し訳なさそうに謝られた。

「本当に気にしないで? 俺は少し嬉しかったから」

「え……?」

「眠れちゃうって、それくらい気を許してくれている証拠でしょ?」

 俺が望む返事はなかなか返ってこない。でも、否定はされたくなかったから、

「ほらほら、また栞ちゃんに一喝されちゃうから」

 と、彼女の背を押した。

 自分の側で寝てくれるだけで、こんなにも幸せな気持ちになれるとは思わなかった。

 正直、寝顔を見るだけじゃ満足なんてできないし、抱きしめてキスするだけという状況にいつまで耐えられるかもわからない。

 でも、君を好きだと思う気持ちも、大切にしたいと思う気持ちにも、嘘はないんだ。

 だから、いつかは「気」だけじゃなくて、すべてを許してほしい――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ