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22話

「それ、もちろん司も知ってるのよね?」

「はい……」

「少し話を聞いてくるわ」

 湊先生が立ち上がると、急に焦りを覚える。

「でもっ、司先輩は助けてくれて叱ってくれただけだからっ」

「大丈夫。話を聞きに行くだけ」

 先生は私を安心させるように少し笑ってくれた。

「翠葉はもう少し蒼樹と一緒にいなさい」

「……はい」

 どうして……? ただ、声をかけられただけし、すごく怖いことだと先輩に教えられただけ。そのほかには何もなかった。なのにどうして――。

「どうして震えちゃったんだろう……」

 自分がわからなくて涙が出てくる。

「翠葉、それっていうのはただ声をかけられるだけのナンパだったのか?」

「司先輩はそう言ってた。……ただ、ひどいときは力ずくで連れて行かれてレイプされることもあるから気をつけろって」

「そうか、秋斗先輩とは……?」

「……時々、ぎゅって抱きしめてくれるの。さっきもそうだった。いつもと違うことなんて何もなかったのに……。どうして震えちゃったんだろう――」

「……大丈夫だよ。あの人は大人だから」

 蒼兄は、労わるように私を抱きしめてくれた。

「とりあえず、俺は大丈夫みたいだな……」

「蒼兄は大丈夫。ほかの誰がだめでも蒼兄だけは絶対に大丈夫って自信がある……」

 そんな話をしているとドアがノックされた。

「翠葉、これから客間に司たちを入れる。無理なら我慢しなくていい、蒼樹にくっついてなさい」

 正直、少し怖い。身体はすでに硬直を始めている。

 ドアが開くと、司先輩、海斗くん、秋斗さんの順で入ってくる。そして、最後に湊先生。

「我慢はしなくていいし無理なら無理でいい。ひとりずつ握手できるか試してみよう」

 握手……?

 私がコクリと頷くと、ベッドサイド一メートルのところまで司先輩が歩みを進め、右手を差し出した。その手に、少しずつ自分の右手を乗せる。

「握れる?」

 湊先生の声を合図に手に力を入れてみる。

「大丈夫です……」

「司、そのまま隣に座ってみて」

 その指示で司先輩がさっき湊先生が座っていた左隣に座る。

「平気ね?」

「はい……なんともないです」

 大丈夫であることにほっとした。

「次、海斗。司と同じようにして」

 差し出された右手に右手を重ね、隣に座られても何が起こるでもなかった。

 大丈夫だ……。

「じゃ、最後に秋斗」

 すぐそこに秋斗さんが来る。そしていつもと同じように手を差し出された。でも、自分の手を重ねることはできなかった。

「そこまで。あんたたちは一度出ててもらえる?」

 海斗くんたちは何も言わずに部屋を出ていった。最後に部屋を出ようとした秋斗さんに、

「あのっ、秋斗さん、あのねっ、違うのっ――嫌いとかそういうのじゃなくて……」

 誤解されたくなくて必死で言葉を口にする。でも、自分がどういう状態なのかわかっていないだけに、片言の言葉しか口にできなかった。

「翠葉ちゃん、今は湊ちゃんの診察を受けて?」

 少し憂いを帯びた視線を向けると、秋斗さんは部屋を出ていった。

 違う、あんな顔をさせたいわけじゃなくて、あんな目で見られたいわけじゃなくて、違うのに――。


「翠葉、あんた今少し神経過敏になってる状態。トラウマっていうところまではいかない。ただ、自分が異性と認識している人に対しては過敏になるのかもしれない。感受性が豊かな子には稀にあることよ」

 異性――。

「どうして……? 蒼兄も司先輩も海斗くんも異性です……」

「秋斗は好きな人でしょ。好きな人って必要以上に『異性』を感じるものよ。だから、今一番過敏になる相手。でも、これは一過性のものだと思うから気にしなくていい。ただ、無理をすると長引くかもしれない。だから、心のままに行動しなさい。怖いと思ったら近寄らなければいい。大丈夫そうなら近寄ってみる。そのくらいの心構えで。いいわね?」

「……はい」

 もう一度私の左側に座ると、

「たぶん、クラスメイトは問題ないと思うわ。一応海斗に牽制するようには言ってあるけど、さっきみたいなことにはならないから安心なさい」

「それから」と、先生が話を継ぎ足す。

「翠葉の警護、今朝で解除になったからもう大丈夫。だから、無理して秋斗のところへ行かなくてもいい。蒼樹を待つ場所に困るのなら保健室かうちにいていいから」

「……はい、ありがとうございます」

「今日はゆっくり休むこと、OK?」

 それにコクリと頷くと、湊先生は部屋から出ていった。


「俺、明日から学会でいないけど……大丈夫か? もしだめなようなら一緒に連れて行くこともできる」

「ううん……そこまでしてくれなくて大丈夫。ほら、湊先生も一過性のものだって言っていたし。……大丈夫だよ」

「無理だけはしないでくれ」

「うん。しないから、大丈夫だよ」

 寝付くまで側にいる、という蒼兄の申し出は断った。

 明日の午後前には出かけるというのなら、準備だってあるだろうし、期日間際のレポートもあるかもしれない。それを思えば今は甘えていいときじゃないことくらいは判断できる。

「痛みも出ていないし平気」

 笑顔を添えて見上げると、髪の毛をくしゃくしゃとされた。

「じゃ、帰るけど……。何かあったり話したいことがあれば電話くれていいから」

「うん」

 玄関まで見送りに出たいのに、どうしてか身体が思うように動かなかった。

「そのまま横になっちゃいな。見送りはいいから」

 蒼兄は私を横にすると、静かに部屋から出ていった。

 自分に起きたわけのわからない現象が怖かった。びっくりする以上に怖かった。

 リビングにはまだみんな残っているのだろうか……。

 気になるのは秋斗さん。あんな対応をされて傷つかない人はいない――。

 そのとき、ふと携帯が目に入った。メールなら……メールなら大丈夫。

 すぐにメール作成画面を起動させる。



件名 :さっきはごめんなさい

本文 :本当に嫌いとかではないんです。

    でも、傷つけてしまったと思うから……。

    だから、ごめんなさい。


    明日、お昼ご飯を作りに仕事部屋へ

    うかがってもいいですか?

    もし、お邪魔でなければ、一緒にいたいです。




 気を遣って書いた文章ではない。ただ、思ったことをそのまま文字にしただけ。

 六日までは一緒にいたい。その気持ちに嘘はない。

 メールを送って三分ほど立つと携帯が鳴り始めた。

 美女と野獣――秋斗さんからのメールだ。



件名 :無理、してない?

本文 :警護は解除されたから、

    無理に来なくても大丈夫だよ。

    無理でなければ来てほしいけど、

    無理だけはしてもらいたくない。



 無理なんてしていないのに……。身体と心が切り離されてしまったみたいだ。

 さっきの感覚はとても怖い。でも、それでもあと二日しかないから――。



件名 :気持ち上では無理じゃないんです

本文 :一緒にいたいです……。

    でも、身体が拒否反応を起こす……。

    それでも、やっぱり側にいたいです。

    だから、明日はお邪魔させてください。



 今度はすぐに返信がきた。



件名 :了解

本文 :材料はどうする?

    言ってくれれば揃えておくよ。



 何を作ろうか少し悩み、先日栞さんが作ってくれた和風シーフードチャーハンに決めた。それにワカメと玉ねぎのコンソメスープ。

 秋斗さんが材料の調達をしているところが想像できなかったけれど、材料を書いたメールを送ると、最後の返事が届いた。



件名 :用意しておく

本文 :料理、楽しみにしてるね。

    それと、明日明後日は俺からは

    翠葉ちゃんに触れないし近寄らない。

    翠葉ちゃんが大丈夫だと思うなら

    翠葉ちゃんから寄ってきてほしい。


    どんな君でも好きだよ。

    今日はゆっくり休んでね。



 メールが嬉しかった。「どんな君でも好きだよ」の一言がひどく嬉しかった。

 蒼兄、やっぱり秋斗さんは大人なのね……。

 でも、このままずっとは一緒にいられない――。


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