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15話

 夜は秋斗さんも静さんも楓先生も揃った夕飯となった。もちろん湊先生と蒼兄、海斗くん、司先輩も一緒。

 どうやら会食は栞さんの家に集ることが恒例らしく、四人掛けのダイニングテーブルは八人掛けテーブルへと変化した。

 九人で囲む食卓は、とても賑やかで少し心が浮き足立つ。

「楓先生、お久しぶりです」

 先生が麻酔科に落ち着いてからはあまり会うことはなかった。

「本当だね。少し見ないうちにきれいになったんじゃない?」

 たとえば、これを秋斗さんに言われると困ってしまうのだけれど、楓先生に言われると、「本当ですか?」と訊きたくなる。この差はいったいなんなのか。

「翠葉ちゃんにとってはあまり嬉しい情報じゃないんだけど……」

「……なんでしょう?」

「翠葉ちゃんが麻酔科にかかるとき、自分が麻酔科の担当医になった」

 麻酔科、イコール緩和ケア――できるならば通りたくはない道。

 少し引きつる顔を押さえつつ頭を下げた。

「そのときはよろしくお願いします」

 そのすぐあと、秋斗さんに話しかけられる。

「これ、うちに忘れていったでしょう? 確信犯?」

 尋ねられて、「何を?」と思う。

 秋斗さんの手にはかわいい陶器の小物入れがあった。それは秋斗さんにいただいた第二の誕生日プレゼント。

「すみません。……でも、確信犯というわけではなくて――」

「嘘だよ。せっかくプレゼントしたんだから持ってて?」

「はい」

 その会話に静さんが加わる。

「私もプレゼントを用意してあるんだ。今度ホテルに来たときに見せよう」

「え? でも、静さんにはディナーをご馳走になったので……」

「あれはあれ。これはこれ」

 藤宮の人たちの概念には、プレゼントは複数以上、という決まりでもあるのだろうか。

 そんなことを考えていると、

「園田にドレスを十着用意させた」

 さらりと信じられないようなことを言われて絶句する。

「――静さん、あまり優遇しすぎないでください。というか……過剰サービスされると辞めますよ?」

「おや? おかしいな。私の予定では喜んでもらえるはずだったんだが……。秋斗、私は何を失敗したんだろうか」

「いや、俺も失敗したみたいなので、俺の意見はあまり参考にならないかと……」

 そこに湊先生が割って入った。

「翠葉、くれるって言ってるんだから『ありがとう』ってにっこり笑ってもらっておけばいいのよ」

 先生はソファに座り長い脚を投げ出す。

「それじゃ、自分が悪女のようです……」

「くっ……あんた、悪女って柄じゃないから大丈夫よ」

 すると、部屋の隅でひっそりと本を読んでいた司先輩が、

「いや、翠は立派な悪女だと思う」

「……静さん、秋斗さん、やっぱりプレゼントは受け取れません……」

 陶器の入れ物をテーブルに乗せ固辞すると、

「「司、余計なことは言うな」」

 静さんと秋斗さんが司先輩を振り返り声を揃えた。

「物がどうこう以前に、その鈍さがすでに罪だと思う」

「それは言えてる」

 司先輩の言葉に同意したのは海斗くんだった。

 蒼兄は少し離れた場所で静観を決め込んでいる。

 私は蒼兄を頼って会話の中心から逃れた。

 そんな私を蒼兄の隣にいた楓先生がクスクスと笑う。

 栞さんはキッチンで夕飯の準備中。

 ふと時計に目をやると六時を回っていた。

「薬飲まなくちゃ……」

 立ち上がり、ピルケースを持ってキッチンへ行く。

 薬を飲み終えると、湊先生がキッチンの入り口まで来ていた。

「翠葉、時間で薬を飲んでいるの?」

 コクリと頷く。

「でもっ、ちゃんと六時間置きだし、一日の服用量は守っています」

「……あと一日ね。よくがんばってるわ」

 先生、本当は六日まで待ってほしいの……。

 言いたいのに、口にできない。

 湊先生がキッチンを去ってからはしばらくフローリングを見ていた。すると、誰かに見られているような気がして顔を上げる。

 私を見ていたのは楓先生だった。

 私が首を傾げると、楓先生は「なんでもないよ」と言うかのように、首をゆるく左右に振った。


 みんなで楽しく夕飯を済ませると、いつものように八時くらいで解散。

 静さんは仕事に戻るそうで、楓先生は仕事じゃないけれども病院へ行くと言っていた。ふたりとも、きちんと睡眠時間は確保できているのだろうか、と少し心配になる。

 湊先生が帰るとき、

「翠葉、明日はホームルームが終わったらそのまま保健室にいらっしゃい」

「はい」

「保健室までは海斗が送ってくれるから」

「……あの、保健室までならひとりでも行けます」

「あんた、まだ警護対象者なのよ」

 言われて納得する。未だに私には理解できない警護体制。でも、それもあと数日のこと。

 きっと、何も起きない。ただの取り越し苦労で終わる。

 そんな気がしていた。


 客間でお風呂に入る準備をしていると、蒼兄がやってきた。

「今日、ショッピングに行ったんだって?」

「そうなの! 初めてショッピングモール内をひとりで歩いて少し緊張した。でもね、春物のセールをやっていて、リネンのワンピースとチュニックが半額だったんだよ!」

「あぁ、あのショップのルームウェアか。翠葉、好きだもんな。良かったな」

「あとね、久遠さんの新しい写真集もゲット!」

「今度、俺にも見せて」

「うん」

「じゃ、そろそろ俺は帰るから」

 蒼兄を見送ってからお風呂に入り、お風呂上りに栞さんとハーブティーを飲みながら少し話しをして十一時過ぎにはお薬を飲んで休んだ。




 ぐっすりと眠って起きる朝は気持ちがいい。

 結構早くに起きたものの、早朝散歩に行けるわけもなく、仕方がないので少しだけ課題テストの勉強をした。

 そうこうしていると時間は過ぎ、朝食を摂ったら湊先生と一緒に登校。

 この日は海斗くんも司先輩も一緒だった。秋斗さんも一緒にエレベーターに乗ったけれど、車通勤のためひとり二階で降りる。

「今日の病院は行きも帰りも秋斗が送迎してくれるわ」

 そうは言われても、何かが起こる気はしなかった。

 学校に行けばクラスメイトと挨拶を交わし、ノートに目を通す。

 今日が終われば、期末考査までのしばらくの間はこのピリピリとした教室の空気はなりを潜めるだろう。

 期末考査までにあるイベントと言えば、生徒会就任式と生徒総会くらいなもの。けれども、私はその間学校へは通えない。

 最初からわかっていたこと。わかっていて決断したこと。

 私は自分が決めた道をきちんと歩いている――。

 どこか自分に言い聞かせながら、いつものメンバーと言葉を交わしていた。

 すべてのテストを終え、ホームルームが終わると海斗くんに付き添われて保健室へ向かう。

 保健室では湊先生が電話中。海斗くんは、「じゃぁな」とすぐに廊下を駆けていった。

「行きはかまわないけど帰りが問題ね。私、すぐには帰れないのよ。――あ、そう? じゃ連絡頼むわ。はい、じゃーね」

 一度通話を終えたものの、先生はまたどこかへ電話をかける。

「急で申し訳ないのだけど、病院まで送ってもらえる?」

 問いかけに返事があったのか、それだけで通話を切った。

「秋斗、緊急の仕事が入って送迎できなくなったみたい。行きは私付きの警護班に送ってもらうことになる。帰りは司か海斗が迎えにくる予定」

「……なんかお手数をおかけして申し訳ないです」

「気にすることないわ。面倒ごとは珍しくないし、根源は一族の人間だし」

 私に根源があるわけではない。確かにそうだけれど、どうしても申し訳なさは払拭することができなかった。

 しばらくすると湊先生の携帯が鳴り、

「迎えが来たから行きましょう」

 私は悶々とした気持ちを抱えて保健室をあとにした。


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