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11話

「翠葉ちゃん」

 ……ん、栞さんの声……。

「ね? 寝てるでしょ?」

 今度は男の人の声が聞こえた。

 蒼兄じゃないし誰だろう……。

 頭の中で声に一致する人を探す。

 え……? ……秋斗、さん?

 目を開くと栞さんのどアップがあった。

「おはよう。夕方になっても帰ってこないから心配で迎えにきちゃったわ」

「え? 夕方? ……今、何時でしょう?」

「五時半」

 にこりと微笑まれてさーっと血の気が引く思いだった。

 ランチを食べ終わったのが一時半くらいで、三時くらいまでならお邪魔していても大丈夫かな、と思っていた。それがどうして五時半なのだろう。

「私、寝てましたっ!?」

 びっくりして起き上がる。そして眩暈……。

 支えてくれたのは栞さんだった。

「ベッドの上で良かったわ……」

「ごめんなさい……」

 ドア口に寄りかかっている秋斗さんに視線を向けると、にこり、と笑みを向けられた。

 どうにもこうにもいたたまれない心境だ。

 ご飯を食べてすぐ横になんてなるんじゃなかった。

 自分の愚かさを嘆いたところで時間が戻るはずもなく、ひたすら反省……。

「翠葉ちゃん、危険な狼さんの寝室なんて、一番危ないお部屋に無防備に入り込んじゃだめよ?」

 危険な狼さん? 一番危ないお部屋……?

 どういう意味だろう、と栞さんの顔を見てみると、「めっ!」とまるで小さな子を叱るような顔をしている。

「襲われたらどうするの?」

 そこまで言われて意味を理解した。

「あのっ、でもっ、そういうことしないって言ってくれたし――」

 視線が宙を彷徨う。

「そんなの口だけかもしれないでしょ?」

 栞さんはドア口の秋斗さんに視線を移し、

「口先だけの男なんてごまんといるのよ」

「栞ちゃんひどいなぁ……。まるで俺がその中に入るみたいな言い方。現に手ぇ出してないでしょ?」

「当たり前よっ」

 栞さんは私に向き直り、

「さ、帰りましょ? うちで誕生会の準備もしてあるし、海斗くんや司くん、湊や蒼くんも揃ってるわ。……なんなら秋斗くんも来る?」

 最後の一言はおまけみたいな響きをしていた。

 私がこんなところで寝てしまったばっかりに、秋斗さんがひどい扱いを受けている気がする。

「秋斗さん、ごめんなさい」

「気にしなくていいよ。俺も隣で休んでたし」

「ちょっと翠葉ちゃん聞いてよ。秋斗くんったら携帯の電源は落とすし、固定電話の元線を引き抜くは……。本当にどうしようもない人なんだからっ」

 ……もしかして、携帯にメールを送ってきたのも固定電話に電話をかけてきたのも栞さんだったのだろうか。

 背中を押されて促されるように玄関へ向かう。

「あ、バッグ忘れちゃいました。取ってきますね」

 栞さんに断りリビングまで戻ると、先に気づいた秋斗さんがバッグを手にしていた。

「ありがとうございます。あと、寝てしまってごめんなさい……」

「本当に気にしないで? 俺は少し嬉しかったから」

「え……?」

「眠れちゃうって、それくらい気を許してくれている証拠でしょ?」

 秋斗さんは嬉しそうに笑った。

 確かにそうだとは思うけれど、半分くらいは生理現象でもあって……。

「ほらほら、また栞ちゃんに一喝されちゃうから」

 と、玄関へ促された。


 栞さんの家に帰ると蒼兄が玄関で待機していた。

「翠葉、無傷かっ!?」

 こんな出迎え方は初めて。

「傷、はないと思う。怪我するような場所にも行ってないし……」

 蒼兄の顔が一瞬引きつったけれど、「良かった」とぎゅっと抱きしめられた。

 リビングに行くと湊先生がにんまりと笑う。

「あの男、手ぇ早いんだから気をつけなさいよ?」

 その言葉に面食らっていると、

「無防備すぎるのは罪だと思う」

 窓際にいた司先輩がわけのわからないことを口にした。

 海斗くんは「無事生還おめでとう!」と、テンション高めのお出迎え。

 ……そんなに危ないことだったのかな?

 少し疑問に思いながら、「ご心配おかけしました」と方々に頭を下げた。


 ダイニングテーブルにはすでにご馳走が並んでいる。

 どれも一口で食べられるようなものばかり。私はとても嬉しいけれど、ほかの人のお腹がいっぱいになるのかが気になってしまう。

 逡巡していると、

「このほかにビーフシチューとパンがあるの」

 キッチンから出てきた栞さんの言葉にほっとした。

 席に着こうとしたら、司先輩からルーズリーフを手渡される。

「古典と英語。押さえておいたほうがいいところ」

「え?」

 見ると、端正な字――神経質そうな性格がひしひしと伝わってくる文字が書き連ねてあった。

「ありがとうございます……」

 秋斗さんの字とは全然違うけれど、それでも立派にきれいな字と言えるもの。

 ……藤宮の人は嫌みだ。必ず何か秀でた分野を持っている気がする。

「さっき海斗から聞いた。中間考査、古典以外は全部満点だったって」

「あ、そうなんです。でも、学内テストだから……という話で、全国模試は不安だらけです」

「うちの学内テストでそれだけ点を取れるなら模試でそこまでひどいことにはならないと思う。それさえ覚えられれば九十点は固い」

 と、ルーズリーフを指して言われた。

「翠葉、あんた見かけによらず頭いいのね? 中間考査中に受けた未履修分野のテストも全部パスしたんでしょ?」

 湊先生に言われて苦笑い。

「でも、一位ではないし、司先輩みたいに全科目満点でもないです。蒼兄が目標だから、いつかは一位を取りたいです」

「あら、意外と貪欲ね?」

 貪欲というか、ただ追いかけたい対象が目の前にいるだけ。

 こういうところは、もしかしたら佐野くんと同じなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、誕生会と称される会食が始まった。


「俺からのプレゼントは後日。クラスのみんなと一緒に渡す」

 海斗くんに言われて首を傾げる。

「プレゼント……?」

「そりゃ、誕生日って言ったらプレゼントでしょ?」

 確かに、家族間ではそれが当たり前だけれど、それが友達にも適用されるとは初めて知った。

「俺も試験後になる」

 そう口にした司先輩に驚く。

 司先輩が選んでくれる誕生日プレゼントとはどんなだろう……?

 急遽、頭がクエスチョンマークに占拠される。

「私と湊からは、これ!」

 栞さんがダイニングテーブルの下から大きな紙袋を取り出した。

 手渡され中を覗いてみるも、厳重に梱包されていてものが何かはわからない。わかることと言えば、大きさの割りに軽いということ。

「包みを開けるのは男どもがいなくなってからになさい」

 湊先生の言葉に首を傾げる。

「何にしようか迷ったんだけど、女同士のプレゼントってところに重点を置いて、翠葉たちの年頃じゃやらないものにしたの」

 これはヒントなのだろうか。

「なんだよ、もったいぶって。ものが何かくらい教えてくれたっていいじゃん」

 海斗くんがせがむと、

「ランジェリーよ」

 栞さんがかわいらしく答えた。

「でも、私のサイズなんて――」

「園田陽子――ホテルで会ったでしょう?」

 湊先生に訊かれてコクリと頷く。

「彼女、人体スキャンって特殊技能持ってるの。見るだけでその人の身長体重スリーサイズまでわかるのよ」

 それはすごい……。

「今回は陽子のデータをもとに選んできたの。あとで試着してみましょうね」

 言いながら、栞さんがにこにこと笑っている。

 初めてもらうプレゼントに戸惑っていると、

「いいお姉さんがふたりもできたな」

 蒼兄に頭を撫でられた。その斜め前で、

「その特殊技能俺も欲しいっ!」

 海斗くんが悶絶する。

 そんな特殊技能を身に付けてどうするのだろう? 活用法なんてそうそうないと思うのだけれど……。

 海斗くんて服飾に興味ある人だったっけ……? ううん、経営学を学びたいって言っていた気がする。

 明日は全国模試だというのに、今までの誕生日とは全く違う誕生日に、ドキドキしながら一日を過ごした。

 そろそろお開き、というところで司先輩に声をかけられる。

「不安な科目があるなら見るけど?」

「え……? いいんですか? でも、自分の勉強は?」

「粗方済んでる」

 余裕そうな表情に愕然。

 確か、全国模試の上位常連者、と蒼兄が言っていた気がするのだけれど、そういう人は前日に詰め込むような勉強をする必要はないのだろうか……。

「いらなければ帰る」

 素っ気無く言われて背を向けられた。

「待ってくださいっ」

 先輩のシャツの端っこを掴み、

「あの……できれば英語と古典、ご教授ください」

 司先輩は「了解」と短く口にし、客間のドアを開けた。

「翠葉、おまえと俺は同士だな」

 海斗くんに軽く肩を叩かれ不思議に思う。

「なんの同士……?」

「司に教わってしまったという同士。やつの教えを受けると三位以下脱落は認められなくなる。まぁ、がんばれっ!」

 海斗くんはカラカラと笑いながら玄関を出ていった。

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