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八話 マルディナ

「――――ルディ」


 遠い、遠い記憶が蘇る。


 芯の篭った低い、重厚な響きを多分に含んだ声が耳朶に触れる。


 その言葉に、私は視線を眼下の書物から眼前の存在へと向ける。


 そこには豪奢な装飾に彩られた椅子に腰掛ける男が一人。


 体格は決して恵まれているとは言いがたく、むしろ貧弱と形容されても何ら可笑しくはないだろう。


 しかし、弱さはまるで感じられず、むしろ受ける印象は真逆のもの。威風が身体から滲み出ていた。


 の者に腕力など不要、必要なものは知と魔力。


 その鋭い双眸が見通すはあらゆる術式と策謀。


 対峙しただけで誰もが肌で感じるだろう、その存在感。積み重ねた歳月が、歴史が、その者に否応なく背負わせる。


 担ぐは幾千の記録、幾万の命、人を押し潰すには過ぎる重荷だ。


 だが、眼前の存在は平然とそれを担ぐ。まるで取りに足りないものとばかりに。


 その者は稀代の魔術師であり、偉大なる皇であり――


「なんでしょうか、父様」


 私の父であった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「少しは外に出たらどうだ?」


 そう言って父が窓辺へと歩を進めていく。その歩みは悠然たるものであり、皇の風格を漂わすものだった。


 その姿に釣られ視線をずらすと、窓から燦々と太陽の光が降り注いでいる事に今更気付く。


 空は雲一つない青天であり、季節は陽春、外出にはうってつけだろう。


 しかし、当時の私には何の関係もないことだった。


「結構です、用件は以上ですか? なければ読書に戻りたいのですが」


 この頃の私は、本当に可愛げがなかったと思う。


 父の気遣いを一言で切り捨てると、私は再び視線と眼下に広げられた本へと向け、文字の世界へと意識を沈めていった。


 そんな私を父は苦笑を浮かべながら見守るのが常だった。


「『多重魔術陣の並列起動の可能性と危険性について』……また随分なものに手を出したな」


「……」


「早々理解できる代物ではない筈だが……」


「……」


 いくら話しかけても一向に反応を示さない娘に、皇は溜息を軽く漏らすと、指を宙に滑らす。その指先には淡い魔素マナの光が静かに灯る。


 次の瞬間、目の前に白い閃光が弾け、私は突然の出来事に悲鳴を上げる間も無く"空中"から転げ落ちた。


「……父様」


 床に突っ伏した私は顔を上げ眉を僅かに釣り上げて不快感を滲ませると、父は一瞬目の色を変えた。その瞳の奥に秘められた感情に気圧されビクつく私に、父は溜息を吐きながら毎度お馴染みの言葉を口にする。


「ふぅ・・・・・・読書や"鍛錬"に励むのは決して悪いことではないが、何事も限度というものがあるぞ、ルディ」


 精神力の強化訓練として、自身に掛けた浮遊魔術を維持しつつ読書に勤しむという思考の並列展開と術式制御に励んでいたマルディナだが、その負荷は当然、時間経過と共に増加する。


「……申し訳ありません」


「ふむ……その言葉は数時間前に耳にしたような気がするのだが、果たして私の気のせいか」


「……」


 駆け出しの者ならば以て数十秒、一流の術者ですら一刻が限界でしょう。けれど私はそれを黙々と数時間、下手をすれば丸一日読書に暮れるということも当時はザラだった。


 父様が私の身を案じるのは無理からぬこと、普通なら魔力を枯渇し、過度の精神負荷による体調悪化は必至。


 上に立つ者は容易に身を崩してはならない。そんな常識すら、当時の私は知らなかった。


 いえ、知ろうとはしなかった。


 皇は深い溜息を吐きつつ再度指先に魔力を込め虚空をなぞる。すると、私の身体がふわりと浮かび上がり、術者の下へと引き寄せられる。


 程なくして少女の身は皇に拘束された。


「父様、お放し下さい。本が読めません」


 少女は上目遣いで訴える。その瑠璃ラピスラズリの髪の間から覗かせる風貌は幼子ながら将来相当な美女になることが容易に想像できるものであり、その視線に陥落しない者は極一部だろう。


 しかし、皇たる者、その程度の魅惑に屈する訳がない。


 膝元で抱える愛娘の懇願を、皇は容赦なく切り捨てる。


「ならん、少しは外の風にでも当たってきなさい。このままではいずれ苔が生えるやもしれんぞ?」


「私は一向に構いませんが」


「私が構うのだ」


 冗談を真顔で返され、皇は再度溜息を漏らす。そんな父親の姿をマルディナはジッと見つめていた。


 そう、この時私は外の世界にまるで興味を持てなかった。


「ルディよ」


 皇は回していた腕を解き、娘の頭に手を乗せる。不思議そうに己を見つめる我が子に、父は語りかける。


「確かに書物は人に無限の叡智を与えてくれよう。だがその目で、耳で、肌で感じてこそ手に入る知識というものも確かに存在するのだ」


「……本当ですか?」


「私がお前に嘘を教えたことがあるか?」


「…………いいえ」


「その妙な間は気になるが………まぁいい」


「あっ」


 思わず声が零れる。手元にあった筈の本が空へと舞い上がり反射的に手を上げるが、まるで子守の相手は御免だと言わんばかりに、するりと逃げられる。


 魔素マナの光を微かに帯びた本を手に納めた皇は再度深い溜息を零すと、指を軽く振るう。


 すると、突如窓が大きく開かれる。その原理は二人にとって説明するまでもない。


 魔術だ、何も難しいことはない。行使されたのは風の初級魔術、魔術師にとって初歩の初歩とも言える魔術だ。しかし、見る者が見れば、思わず身震いを起こしたかもしれない。


 最小の魔力による、最速最大の効力。緻密な魔術式によって行われたそれは芸術とすら呼べる。


 その繊細にして洗練された術式に少女は感嘆の息を洩らす。


 吹き込まれる春風が瑠璃色の髪を優しく撫で、恍惚により火照った少女の頬を冷ます。そこには先の魔術のときに感じたちちの波動は感じない。


 故に、その風を心地良いとは思わない。


 ただの事象に、当時の私が心の琴線に触れるわけがなかった。


 人として余りに歪、それが昔の私だ。


 当時、魔道に完全に憑かれていた私を矯正するため、度々行われた荒療治が存在する。それは――


「ルディ、今日の読書はそこまで。少しは世界そとを見てきなさい」


「くっ!」


 一瞬浮かび上がる魔術陣、それを察知して慌ててこちらも対術式を練るが、片や稀代の魔術師、片や才気豊かであれ未だ幼児。結果は火を見るより明らかだ。


 突如、吹き荒れる風は少女のみを包み込む。室内の調和は一切乱さないその完璧に制御された突風は、一瞬にして窓の外へと流れ出る。


 もちろん、少女を連れて。


 マルディナが居た階層は地上よりおよそ二十メトル。その高さからの自由落下に絶えられるほど人間の身体は丈夫には出来てない。


 しかし、幸か不幸か、少女もまた普通ではなかった。


 外へと問答無用に投げ出された少女は即座に術式を展開。落下による恐怖によって乱れてもなんら可笑しくない術式構築を難なくこなすと、慌てることなく術を起動させる。


 大地との熱烈なる接吻までコンマ三秒。


 その時間が、永遠となる。


 風の魔術により発生した浮力が小柄な少女の身体を支える。宙に静止するその姿はその麗しい姿も相俟って、まるで風精霊シルフの化身のようだ。


 重力の縛りから一時的に開放された少女は上を見上げると、皇が微笑みながら己を見つめていることに気付く。


「…………はぁ」


 マルディナは小さく溜息を吐く。


 父の魔術の行使に辟易しているわけではない。あの程度の対処、当時の少女にとって如何様にも出来るのだから。


 彼女が落胆しているのは単に、今日はもう読書が出来なくなってしまったという一点に尽きる。


 ちちの目を盗んで……などという行為は無駄でしかない。


 恐らく既に複数の使い魔が傍に控えているだろう。彼らの目は全て父と繋がっている。それら全てを出し抜くことは稀代の魔術師にして非凡と評される少女でも不可能であった。


「……仕方ない」


 先の言葉通り、少なくとも表面上は城下の視察に行かなければ、父は決して魔術書に触れさせないだろうことは今までの経験上、分かっていた。


 ならば、選択の余地はない。


 こうして私は渋々父の命に従い、外の世界へと足を踏み出すことになる。


 そう、いつもと大して変わらぬ日常―――その筈だった。


 彼に出会う前までは。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ――何故、あの日の光景が……


 酷く重い頭に手を当てながら、マルディナはよろよろと緩慢な動きで起き上がる。


 頭だけではない、身体に、意思に不可視な重荷が圧し掛かり、気分は最悪の一言に尽きた。


 原因は分かっていた。


 交渉の決裂、いや、あれは交渉の余地すらなかった。


 甘みを引き出すために、敢えて塩を一摘み入れるように、一摘みの希望はより深い絶望を呼び起こす。


 今まで蜃気楼のように無形で、不確かな存在に手を伸ばしていた少女の目の前に突如転がり込んできた希望という名の果実。


 それに手を伸ばした瞬間、果実は霞み消えてしまった。


 茫然自失となった彼女にトドメを差したは少年のあの瞳。


 今日こんにちまで向けられたことのない、自身に一切の関心を示さないジーンの褪めた視線は、マルディナの心に深く突き刺さる。


 その一撃は肉体的、精神的疲労を限界まで堪えていた堰を破るには充分過ぎた。


 踏ん張る気力すら怒涛の如く荒れ狂う疲労の波に容易に呑み込まれ、少女の意識は闇の中へと溺れていった。


 戻ってくるまでどれだけの時間が経過したのか、マルディナには当然知る術は無い。だが、未だ現在の自身の状態から、暫しの時間が経過したのはまず間違いなかった。


「……くっ」


 苦痛に顔を顰め、胸に手を当てる。少女の肉体には一切の傷を負っていない。しかし、心は未だ血を流したままだ。


 だが、例え傷が癒えていなくても、立たなければならない。進まなければならない。


 少女が、少女であるがために。


「……………ふぅ」


 息を深く吸い込み、マルディナは息と共に不安をゆっくりと吐き出す。


 ――さて、どうするのマルディナ?


 魔術師としてのマルディナが冷静に自身に呼びかける。


 物事を理解するには客観的分析が不可欠。その上で、魔術師の精神パーソナリティーは正にうってつけと言える。


 ――交渉は決裂、いえ、そもそもジーンは交渉という考えすらなかった。


 ならば再度の交渉を、脳裏に浮かぶその呟きを即座に別のマルディナが口をつく。


 ――何の対策もなしにそれは下策。ジーンの精神構造の分析が最優先でしょう。


 その考えに異論の余地はなく、当然反論が上がる筈もない。


 議題は決まった。それに伴い彼女の頭脳を構成する歯車の一つが音を立てて回る、回る、回る。歯車が隣接する歯車を回し、それがまた別の歯車を回す。やがて全ての歯車が噛み合い動き出すことにより、脳という演算機が活動を開始する。


 まず、分析するはジーンを構成する環境だ。自我を構築するに当たり、周囲の環境による影響は計り知れないものがある。


 ――彼は言っていた、『爺さん以外の人間って数えるくらいしか会ったことがない』と。


 爺さん、今までのやり取りからジーンの育ての親、ないしはそれに準じる立場だとマルディナは推測する。出会ってまだ一日と経っていないが、相手の表情の機微からある程度は判断できる。


 しかもジーンの場合、自身の感情をまるで隠そうともしないため、相手の精神を読み取るのは政界の狸達とは比較にならないほど容易い。


 あの顔が演技なら大したものだが、その可能性はゼロと言い切っていいだろう。


 そうなると彼の言が重要な意味を持つ。


 育ての親以外の人間に出会った回数が数える程、それがどれだけ異常な環境なのか。俗世に疎かった過去の自分以上であることはまず、間違いない。


 ――しかも、ジーンが生まれ育ったのはまず間違いなく、ココ。


 禁断の地、マ・ヒュージの森。世界でも五指に入る魔境であるこの地に住んでいるとは正気の沙汰とは到底思えない。


 瘴気に満ちたこの環境で生存しているだけでも十分に異常なのだ。精神の一つが逝かれていても何ら不思議ではない。


 しかし、彼の返答は至って正常であり、だからこそ余計にその異常さが浮き彫りになる。


 この大地の影響なのか、はたまた育ての親が原因なのかそれは分からないが、彼の精神構成は皇国の同世代と比較対照すると大きく異なる。


 まずは敵対反応。これはマルディナにとって最も注意を払わなければ点だ。


 彼の戦闘能力は個が保有するには余りに強大であり、例え我が精鋭の師団でも果たして抑えきれるか判断に迷うほどだ。


 魔術師もよく、対軍兵器と言われるがジーンの戦闘力はそれすら凌駕している可能性が極めて高い。


 何せ、今回引き連れた選りすぐりの精鋭小隊が危うく全滅しかけた敵を一瞬にして屠って見せた、それも酷く容易くだ。


 その実力は未知数、そんな圧倒的武力を保有するジーンに躊躇という情念は存在しないように見える。


 元来、人はどれだけ力を得ようと、その力を振るうときに大小在れど戸惑いを覚えるものだ。これは自身に巣食う破壊衝動を恐れるが故。


 だが、ジーンにはそれがない。それは鞘のない抜き身の刃と同義である。そしてその刃を振るうことに、彼は何ら抵抗を持たない。


 彼の匙加減一つで、自分達の生死はそこで決定する。


 ジーンの機嫌を損ねることは、それほどまでの危険を孕んでいるのだ。


 ――それを私は……。


 思い出すだけで顔から血の気が引いていく。天幕を出るときの彼の目が、マルディナの脳裏に焼きついて離れない。


 アレほどまでに純粋な好意を向けていた筈の顔から、一切合財の興味をなくした無機質な瞳が己を見つめていたのを思い出す。


 魔術師の目とは似て非なるモノ。マルディナの背に冷たい汗が流れる。


 明らかなマイナスの印象をジーンに与えてしまった。今や僅かな悪印象を与えただけ、天秤は容易く傾くだろう。


 その受け皿に乗る重りの名は害悪。


 今すぐにでも現状を打破したいが焦りは禁物、それでは先の二の舞となる。故にマルディナは更に思案に暮れる。


 まずは原因の追究、即ち何故彼が急に自身に興味を失ったかという点だ。


 そもそも何故、自身に興味を持ったのか。その解はジーン自身が言っていた。


 『美女がいたら絶対に助けろって言われてたから』


 そう、彼は育ての親にそう言われたが故に自分達を助けたに過ぎないのだ。


 美女、その言葉に青褪めた顔色に僅かに血の色が戻る。言われて嬉しくない女はいない。何せ、その言葉に打算や思惑がまるで含まれていないのだ。純然な好意に触れることが余りに限定的な少女に、その言葉は酷く甘美な響きに聞こえた。


 だが、それこそが問題なのだ。


 ジーンの美的概念、これがジーン対策の鍵になる。マルディナの魔術師としての、皇女としての直感がそう囁く。


鏡よルィン


 下位魔術語と僅かな魔力の消費を対価に、突如少女の眼前に己の姿が映し出される。


 風の魔術で光を屈折させ、空中に擬似の鏡を創造すると、マルディナは瞳を上下させる。


 全身を一瞥するが彼と出会ってから自身の容姿に変化は一切ない。もし、言葉の通り、彼が自身を美女と認識しているのなら、それも変化はない筈だ。


 しかし、現実は違う。


 ――彼が言う"美"女とは外見を指しているのでは、恐らくない。とすると……。


 そうなると、考えられるのは一つしか思い浮かばない。


 脳裏に過ぎるのは世界樹テフェカキルケの実の交渉場面だ。


 思えば、ジーンは交渉を重ねる毎にその瞳から熱を失っていなかったか? その時、自分は何を言っていたのか?


 マルディナの明晰な頭脳は即座に該当する情報を弾き出す。


『望むだけの富を、名声を、権力を』


 そう、世界樹の実を得るために、私はあらゆる条件を提示した、それこそ破格といって程の。その実にはそれほどの価値があるのだから。


 だが、しかしだ。提示した条件、その価値に果たしてどれだけのものがあったのだろうか。


 あの、ジーンには。


 失念していたとしか言いようがない。ジーンと私の価値観の差異を、あのとき計算に入れていなかった。


 少しでも考えれば分かることだ。彼の環境が皇国のそれと、いや世間一般と懸け離れていることを。当然、その価値観が違っても何ら不自然ではない。


 隣国とでさえ、一つの事象に対して見解の相違が多々あるのだ、ここまで隔絶したズレのある地に自身の常識を持ち込んだマルディナの失策。


 普段ならば、その程度の穴を見抜けぬ彼女ではない。


 しかし、彼女を背後に取り巻く状況下が、マルディナの正常な判断能力を微かに、だが確実に削いでいた。


『所望するだけの女性を見繕うと申しているのです!』


 確かに、ジーンが興味を抱いていた美女をも条件に提示した。


 だが、マルディナが認識する"美女"とジーンが認識する"美女"は恐らく合致しない。ジーンが興味を抱く"美女"を提示しなかった時点で既にあの場での交渉は終わっていたのだ。


 そして、あの提案を出した時点で、ジーンの認識が自身を"美女"からただの"女"へと変えたのだろう。


「私は――何をやっているのでしょうね」


 鏡に映る己に問い掛ける。しかし、鏡は何も答えはしない。ただ、鏡はその姿を映し出すだけ。


 ――本当に、可愛げがないわね。


 苦笑いを浮かべる自身の顔は確かに美女からは程遠い。そんな当たり前のことにすら気付かなかった自分が酷く恥ずかしい。


 舞い上がっていたのだと、マルディナは正しく認識する。


 持っている杖を軽く振ると、鏡は霞となって消えていく。少女の虚像もまた、消えていく。


 彼女は気付かない、その瞳に、この地に踏み込んだ時の強い意志の光が再び生まれたことを。


「何を弱気になっているの、マルディナ」


 杖を握り締め、自身に向かって告げる。


 私は何のために、このマ・ヒュージの森に足を踏み入れたのか。世界樹テフェカキルケの実を譲って貰うため?


 ――違うでしょう?


 魔術師わたしが囁く。冷ややかに、しかし優しげに。


「えぇ、違うわ」


 そう、私は世界樹テフェカキルケの実を"手に入れるため"にこの死の樹海に来たのだ。


 交渉に失敗した? 世界樹の実が実際にこの世に存在し、この森に生息しているという事実が確認できただけで大きな進展ではないか。


 何を悲観することがある。確実に、前に進んでいるのだ。


 ――では、何時まで立ち止まっているのかしら?


「休憩はここまでよ」


 気づけば少女の口元に小さな笑みが零れる。活力が全身を静かに駆け巡り、まるで今にも折れそうだった姿はもはや何処にもない。


 何時しか、マルディナからあるものが滲み出していた。


 それは上に立つ者が保有する特有の気質――即ち覇気カリスマ


 魔装外套を羽織り、杖を握り締める彼女の双眸に弱さはなく、確固とした意志の光を宿す。


 ただ強く在ろうとするその姿は正に"美女"の一言に尽きる。


「往くわよ」


 ――えぇ、往きましょう。


 マルディナはその美麗な瑠璃色ラピスラズリの髪を靡かせながら、優美にして威厳ある歩みで静かに天幕を後にする。


 その先に何が待ち受けているのか、少女はまだ知らない。

まだだ、まだ終わらんよ!(序章すら)

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