七話 決闘遊戯
決闘――古来より伝わる、二人の人間によって行われる同一条件下における、生命を賭した闘い。
名誉の為、誇りの為。決闘者は、各々が抱く想いを胸に舞台に立つ。
今宵もまた、一人の男が決闘の幕を上げる。
その内へと秘めた想いは当人を置いて知る術はない。
演じる役は主役か道化か。
開幕の鈴が鳴る――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「決闘?」
「そうだ」
剥き出しの闘気を叩きつけてくるディーマにジーンは眉間に皺を寄せる。
つい先刻よく分からない商談を持ち掛けられたと思ったら、続いてこの始末。彼らが何を考えて行動しているのか、"世界"を知らない少年に理解できる筈がない。
――人間って訳が分からん。
ジーンは理解できない未知の生物を注意深く観察する。
己が身に着けている衣装とは明らかに異なる戦闘の為の衣服、甲冑を全身に固めたその姿は、それだけで周囲に威圧感を与える。
その甲冑は幾多の闘争の痕跡が色濃く残されていた。
外部からの強い衝撃により変形した篭手、鋭い爪撃によって生じたであろう胸部に奔る傷跡、終いにはそれを色鮮やかに彩る血痕。その全てが男を歴戦の戦士であることを証明していた。
そんな、自身より遥かに巨体な歴戦の勇士が戦意に満ちた瞳でこちらを見下ろしている。常人ならばその威圧感に耐え切れず、視線すらまともに合わせようとはしないだろう。
だが、ジーンにとってディーマが放つ威圧感など微風に等しいものであり、忌避することは有り得ない。
むしろ好奇心を絶えず突付かれ、淡い興味が少年の顔から僅かに覗かせていた。
彼が心惹かれたのはその黄金の髪でもなければ、鋭利な眼差しでもなく、ディーマが放つ闘気。
日常的に殺気を受けることに慣れ親しんでいるジーンにとって、彼が放つ殺意のない純粋な闘争色の気配は中々興味深いものがあった。
だが、何もこれが初めてというわけではない。
思い出される過去の情景。これと同質の氣を叩きつけられたのは何時以来だろうか。
『おいジーン、組み手やるぞ組み手。負けたヤツが飯調達な』
あの理不尽の権化たる男の不敵な笑みが脳裏に色鮮やかに蘇る。ジーンにとって忘れられる筈のない顔だ。
何時しかジーンは唇で弧を描いていた、額に青筋を浮かべて。
連鎖的に掘り起こされる忌々しい過去の記憶。本人は鍛錬と称していたが断じて否と言わざるを得ない。
あれは虐待だ、それも極めて悪質な。
指間接一つ満足に動かすことが出来ず、自身が吐いた血の海に沈むことが日常茶飯事なアレを鍛錬と呼んでいい訳がない。オマケに、怪しげな調合薬を飲まされ強制回復させられた後に、更なる拷問が課せられ以後無限ループ。
よく心身ともに自己崩壊しなかったものだったと、ジーンは改めて自身を褒め讃える。
目の前に立つ青年が幼き頃の自分と重なる。決して折れないと、負けるものかと歯を食い縛って反抗する己の姿と。
そう認識するや、少年の胸中に急速にある欲望が膨れ上がる。
「受けてくれるか?」
不屈の輝きを宿したディーマの瞳に、口角が釣り上がる。
「……いいけど」
「っ!?」
ジーンは弱者をいたぶる趣味を持ち合わせていない。それは残念ながら、人が持つ道徳から来るものではない。
弱き者は皆折れ易い。それは体であり、心であり、全てに当て嵌まる。
力を振るい簡単に折れてしまっては"面白くない"。
容易く壊れてしまう玩具など誰も決して欲したりしないだろう。
つまるところジーンが弱者を相手にしないのは、自身が満たされないからに他ならない。
どこまでも自分本位な、強者の傲慢。それは間違いなく、この禁忌の地と呼ばれるマ・ヒュージの森で育まれた思考だ。
湧き上がる衝動が、体の外へと溢れ出す。
樹が、風が、大地が騒めく。まるで、ジーンに怯えるように。
それは人も例外では有り得ない。
明らかに人にあるまじき巨大な氣に誰もが声を無くし、呑み込まれる。
久しくなかった力の解放に陶酔しながら、ジーンは相対する男の瞳を静かに見つめる。
自身の力の波動を察せられないほど、目の前の男は愚鈍ではないだろう。
力の上限は早々見切れている。
己と相手との力量の差、隔絶した立つ世界の差異、それを感じられるだけの実力は備えているだろう。
ならばこそ問う。
「どうなっても知らないけど、いい?」
それが決して、ただの脅し文句ではないことは理解できるだろう。
ジーンより下された挑発とも取れる強者の言葉に、萎縮していた従者達から敵意の気配が上るがディーマが手で制する。
少年の言葉に眉一つ動かさず、ディーマは頷き応える。
「望むところだ」
その言葉に、瞳に、ジーンの笑みが自然と深まる。
ディーマはまるで動揺する素振りを見せず、自身の言葉を証明するかのように、闘気の波動が力強さを増す。
どうやら強がりではなさそうだ。久方ぶりに現れた気骨あるモノに、血が騒めく。
――少しは、愉しめそうだな。
ジーンは気付いていなかった。その笑みが誰かが浮かべていたものと酷似していたことに。
「りょ~かい。じゃあ、やろうか?」
獰猛な笑みが、牙を向く。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「本当にいいんだな?」
「いいからいいから」
「……分かった」
自身の言葉に気軽に答えるジーンの顔に緊張の面影はまるで無く、一見何処までも隙だらけのように見える。
しかし、侮るなどという発想は有り得ない。
今の少年を前に、そのような余裕を持てる武人は皇国に、いや大陸に果たして何人存在するか。
余りにも苛烈で凶悪なまでの破壊衝動に満ちた闘氣。このような氣と相対したことは未だかつて経験したことが無いものだ。
殺気が微塵も込められていないのに全身が粟立ち、気を僅かでも抜けば歯が乾いた音を盛大に鳴らすことだろう。
幼さが未だ残るその顔が、まるで大鬼の如き形相に見える。
隙だらけなのは慢心しているのではなく、それだけの余裕が彼にはあるということだ。
現に、決闘の為の武具を提供しようとしたが、あっさり断られてしまった。
本来、決闘とは同一の条件下で行われなければならないのだが、ジーンにとっては自身の相手にそのようなものは不要のようだ。
侮辱ではないのだろう。
しかし当の本人がそう思わずとも武人として、何より男として、明らかに格下に見られ面白い筈が無い。
ディーマのそのつまらない小さな矜持が僅かに後ずさろうとする心身を押し止め、奮い立たす。
「それでは始めるとしよう……デヴィック」
「おう」
鷹揚と答える戦友に、ディーマは一瞬目尻を僅かに下げると、即座に表情を引き締める。
「……頼むぞ」
「任せろ」
刹那に交わる視線に幾重の想いを乗せる。
決闘はその闘いの結末を見届ける証人として、決闘者の他に第三者が必要となる。
部隊の隊長であるディーマの決闘責任者として、彼の唯一の上司であるマルディナがこの場にいないため、その役が部隊のナンバー2へと引き継がれるのは至極当然の成り行きと言える。
「ジーンも良いか?」
「いつでも」
愉悦に満ちた微笑を浮かべるジーンに、デヴィックは何も語らず頷き応える。
「これよりディーマ・プロディフスとジーンによる決闘を行う。両者、悔いのない戦いをするように。んじゃ、お前らとっととやってくれぃ」
気の抜けた開幕の言葉とは裏腹に、場の空気が張り詰める。
周囲に満ちた緊張感に触発されたディーマの五感は鋭敏化し、それに相反し体感時間が引き延ばされる。
騎士の視界から周りを囲む従者達の姿も、デヴィックの姿も霞んでいく。余計な情報が、感情が削ぎ落とされ、ディーマの思考が目の前の少年のみへと注がれていく。
――我は皇国を守護する一振りの剣なり。
ディーマの瞳から感情が消える。剣に情など不要。必要なのは障害を切り裂く力のみ。
先に仕掛けたのはディーマであった。
脚部に溜め込んでいた力を爆発させ、ジーンとの相対距離を瞬時に詰めると、躊躇うことなく剣を振るう。
刃を防ぐには余りに心許ない衣装に身を包んだ少年に向かう鋭い斬撃。その一撃は一寸の抵抗もなく肉を、骨を裂く。常人ならば、斬られたと認識するより先に地に伏していることだろう。
だが、ディーマが相対するは凡人とは真逆の存在。故に、その剣先が空を切るは必然だった。
至って涼しい顔で避けるジーンに、感情を揺さぶられること無くディーマは切先を返し、剣を振るう。
死角より掬うように跳ね上げられた剣撃は、まるで少年には見えているかのように、必要最小限の動きで悠々と回避される。
ディーマが今回の部隊の隊長に抜擢されたのは貴族の威光によるものではなく、純然たる実力によるものだ。
つまり、彼が放つ一撃は部隊最強の担い手によるもの。易々と見切られるその光景は隊員たちにとって悪夢に等しい。
ジーンの口元に緩やかな描かれた曲線は彼らには悪魔の微笑に見えた。
しかし、ディーマにはそうは見えない。感情を殺した彼の瞳にはただ少年が笑みを浮かべているようにしか見えない。
――斬撃では捉えられない……ならば!
ディーマの動きが突如、変化する。動から静へ、線から点へ。
縦横無尽に閃めいていた剣筋が単調な、しかし速度を遥かに増したものへと変わる。
先の必殺の一撃に比べれば脆弱の一言に尽きるが、強硬な鎧ならいざ知らず、麻で作られた衣服を貫くには充分過ぎる力だ。
肩を軸に放たれる怒涛の突きが少年に殺到する、その連撃はさながら雷雨の如し。雷の疾さを伴い、大気を引き裂く。
刺突は斬撃と比較して格段に回避し難い。人間の瞳は線を捉えることに長けるが、点を掴むのは逆に不得意だ。
しかも、ディーマの突きの鋭さは並ではない。速度に特化したその突きを初見で見破れる者は皇国で果たして何人存在するだろうか。
「へぇ~結構速いじゃん」
どうやら少なくとも皆無ではないらしい。
無数に降り注ぐ剣の雨を楽しそうに笑いながら躱すその姿の余りの異様さに、決闘を見守る者たちは声も出ない。
人は降りしきる雨を避けることなど果たして可能なのだろうか。その答えが彼らの眼前にあった。
「くっ!?」
突如、ディーマの攻撃が止む。それだけではない、無様に大地に身体を転がす。
その不可解な行動に最初はまるで理解できない観衆だが、ジーンの体勢に部隊長の行動の意味を悟る。
「これは躱せるか、なるほどなるほど」
いつの間にか無造作に突き出された掌底。あの猛威の剣雨の中、ジーンはあろうことか反撃を仕掛けていたのだ。それを咄嗟に回避したのが、あの奇怪な行動の理由だ。
無様に甲冑に泥を纏わせながら、ディーマは油断無く剣を構える。纏う闘氣に陰りはなく、その眼光は未だ一片の曇りも無い。
その皇国騎士の姿に、少年は笑みを深める。
自身の威圧を前に、先の戦闘と殆ど変わらぬ、いや要所要所でそれ以上の冴えを見せるディーマに喜悦が止まらない。
思わず手に力が篭り、空を弄ぶ指が酷く好戦的な音を掻き鳴らす。
「いいね……いいよ、アンタ」
獰猛な笑みがジーンの顔に張り付いて離れない。だが、それを拭い取ろうとは露程も思わない。
彼の感情の昂りが大地を震撼させ、遠くで魔物たちが遠吠えを上げる。
それはこれから起こる事態の結末を暗示させるような、恐怖に塗れた叫びであった。
しかしどれだけ声を嗄らしたところで、少年には届かない。
視線と視線が交錯する。
ジーンの笑みが深まると同時に、彼の姿が瞬時に掻き消える。決闘を見守る隊員達はもちろんデヴィックも、相対するディーマですら彼の姿を一瞬にして見失う。
――ッ!?
その刹那、ディーマの体が凍り付く。背筋に奔る悪寒と脳内にけたたましく鳴り響く警戒音の嵐に、思考するより先に肉体が即座に最善の行動を取る。
背後から感じる濃密な死の気配に、騎士は振り返るより先に剣を振るうと、凄まじい衝撃が柄より全身へと駆け巡る。
――重いっ!!
押し退けようと腕に更なる力を籠めるが、逆に圧力に対抗できず剣が弾かれてしまう。
無様に胴を晒したディーマは眼前の光景に戦慄を覚える。彼は確かに見た、鋼の刃をあろう事か手刀で弾く少年の姿を。
通常、物理的に有り得ないその光景に、騎士の思考は瞬時にそれを可能とする存在を弾き出す。
「拳闘士か!」
魔素を用いて肉体を鋼の如く変容させ、徒手のみであらゆる敵を粉砕する者達を人は拳闘士と呼ぶ。
彼らの肉体は盾にして矛、ジーンが得物を必要としない理由を騎士は悟る。
ジーンの圧力に逆らわず、地を転がった後、辛うじて体勢を立て直したディーマに黒髪の少年は不敵な笑みを浮かべながら突撃してくる。
視界の死角から死角へと高速移動するジーンの姿をディーマは全神経を研ぎ澄まし、迎撃に当たる。
既に視界だけではあの少年を捉えることが不可能であることを否応なく理解させられた。
故に他の五感、聴覚や触覚などを最大限に活用し、敵影を捕捉する以外に方法がない。
そして、戦場で培った最も頼りなる感覚、第六感たる直感を持ってして見えない相手に辛うじて対処する。
「ぐっ!?」
「遅い」
振るわれた拳に対し両手持ちでの渾身の振り下ろしをジーンは恐るべき事に片手で迎え撃つ。
切っ先から火花が幾重も漆黒の夜に舞い散る中、騎士は足元から伸びる影に咄嗟に柄から片手を離すと顔面を塞ぐ。と同時に、腕に強烈な痺れが瞬時に全身へと駆け巡る。
鋼の篭手など、まるで紙で出来た防具としか思えぬほどジーンの強烈な蹴りに、咄嗟に庇った腕から先の神経が麻痺し指が意思とは相反しまるで動かない。
木偶の棒と化した腕が使い物にならない限り、ディーマに万が一の勝機もない。堪らず距離を取ると、彼の予想とは裏腹にジーンはその場から動こうとしない。
不審に思いながらも追撃に迎える余力はない。ディーマはジーンと間合いを取って十分に警戒しつつ、徐々に感覚が戻りつつある片手を柄へと沿え、反撃の計画を練る。
この時、ディーマは全身を鋭敏化させ、ジーンの些細な動きでも対応できるよう気を張っていた。しかし、僅かとはいえ眼前の存在から思考を逸らすべきではなかった。
少年の上半身に動きがあったと脳が認識した瞬間、ディーマの体は不可視の衝撃に撃ち付けられる。
「隊長!!」
隊員達の悲痛な叫びは、ディーマの耳には届かない。樹齢百年は下らないだろう木々を幾重も薙ぎ払いながら、騎士の体はさながら鋼鉄の弾丸の如く、一直線に魔境を蹂躙していく。
ようやく、一際大きな大樹にめり込むことでディーマの肉体は運動エネルギーを零とする。その場所は先の立ち位置からおよそ三十メトル弱、人間一人を吹き飛ばすのにどれ程の威力を有するかなど、考えるだけで末恐ろしい。
「油断大敵、だろ?」
ゆっくりと、ジーンは騎士に向かって突き出した拳を引く。それはまるで、矢を射た狩人の残心のよう。
少年の真紅の瞳は、手傷を負った獲物を無感情に見つめる。
「今、のは……うっ」
込み上げる嘔吐感を払えず、咳き込むディーマの口から鉄を多分に含んだ赤き水が大地を潤す。周囲から彼の身を案じる悲痛な声が響くが、当の本人にはそれを受け取る余裕は皆無であり、彼のあらゆる思考、感覚が今起きた現象の処理に追われていた。
先の衝撃により、脳を激しく揺さぶられ、朦朧とする思考を持ち前の強靭な意志の力で強制的に再構成すると、極自然と自身が受けた一撃の正体を看破する。
――今のはまさか拳衝撃か。確かに拳闘士ならば何の不思議でもないが、あの錬技はそもそも近接戦技の筈……。
拳衝撃、拳を超高速で撃ち出すことによって生じる衝撃波を拳と共に叩き込む拳闘士の錬技であり、ディーマは過去にその技を受けたことがある。
しかし、どれも近接戦闘時に撃たれたものであり、間違っても十メトル以上離れた間合いから受けたことなど、これまで一度足りとて無い。
そもそもまかり間違っても、障害物を薙ぎ払い対象者を三十メトルも殴り飛ばすような凶悪な技では断じてなかった筈だ。
マルディナより賜ったこの鎧に対物理の魔術付加がなければ、今頃この肉体は無惨に四散していたことだろう。
「まさに、化物……だな」
人の理を逸脱した者は人にあらず。目の前の少年は人の皮を被った何かだ。
未だダメージの抜けぬ膝を叱咤し、ディーマは無理やり立ち上がると再び剣を構える。決闘を申し出ておきながら、一太刀も入れられぬとは騎士の恥以外の何物でもない。
ディーマとて少なからず矜持がある。部下の手前でみっともなく地に臥すには些か早過ぎるというものだ。
心に新たな闘志を燃やし足を踏み締めようとした瞬間、真下から突如視線を感じる。
「その言葉、聞き捨てならないな」
その声に騎士の心音が一際高鳴る。その正体は、気付かない訳がない。ディーマの背に冷たい汗が伝わる。
――今のは【野臥】の縮地か。【斥候】の気断も当たり前のように用いるとは……。
縮地、気断、どちらも熟練した者達が習得する技能であり、間違っても成人をしていない子供が覚えるような技ではない。
しかも、先の拳衝撃を受けた限り、【拳闘士】としても相当なレベルだと容易に推測出来る。最低見積もって自身と同等、恐らくそれ以上だろう。
現在分かっただけでジーンは三つの技能体系を修めていることになる。しかも全て高水準で、だ。
在り得ない――ディーマの嘘偽りない本心だ。
複数の技能を修める者は決して少なくはない、しかし、当然並行して技能を磨かなければならず、技能の一本伸ばしに比べどうしても器用貧乏に陥りやすい。何せ単純に考えて通常の倍の修練をこなさなければならず、費やす年月は想像を絶する。。
ディーマが修めている戦闘技能は【剣士】、【騎士】の二つだ。
幸いなことに才覚に恵まれ、幾多の戦場を潜り抜けたことにより現在の地位まで登り詰めることが出来た。しかし、決して楽な道ではなく、死と隣り合わせの修羅場に何度も遭遇し、死に触れかけたものだ。
そうしてようやく現在までの水準まで到達し得た。しかし、眼下の少年はそんな己を嘲笑うかのように遥か頂から見下ろしていた。
どれだけの才を持っていれば、血を流せば辿り着くことが出来るのだろう。命が幾つあっても足りないだろう修羅の道。
その道を平然と往くジーンに、ディーマはこの時初めて本当の恐怖という感情を覚えた。
おおよそ常識が通用しない少年は、そんな騎士に眉を僅かに釣り上げ口から低い音を零す。
「この俺が、化物……?」
先の上機嫌な表情が一変、誰が見ても機嫌を害したことが分かる顔つきでディーマを睨み付ける。その細まった目は刃の如く鋭い。
更には止め処なく溢れ出る魔力の波動がマ・ヒュージの森を震撼させる。
空気が変わった。誰もがそれを肌で否応無く感じていた。
握られる拳から響き渡る硬質な音が不気味に鳴り響き、口から洩れる搾り出すように吐き出される声が聞く者の心身を凍て付かす。触れてはならない禁忌にディーマは無造作に剣を当ててしまった。
逆鱗に触れられた竜は狂うより他、ない。
轟々と吹き荒れる魔力の奔流が闘氣と混じり合い少年の体に漆黒の炎を宿らせる。揺ら揺らと陽炎のような不確かな炎がジーンを呑み込んでいく。
彼の身を護るように、焦がすように。
吹き荒れる黒炎の狭間から深紅の瞳が爛々と輝く。その眼はまるで破壊の覇者たる竜皇のように荒々しい。
その視線に気圧され、ディーマは気付けば一歩後ずさる。
それが、引き鉄となった。なってしまった。
「俺は化物なんかじゃ、ない」
その呟きを聞いた瞬間、ディーマの思考は一瞬にして遥か彼方へと吹き飛ばされていた。
バーニングジーン、爆誕