四話 魔力と報酬
「ディーマ、少々強引だったのではありませんか?」
天幕を潜るや、マルディナは背後に控える騎士に不満を呈する。丁寧な言葉遣いとは裏腹に、その声には何処か棘があった。
「私としては、素性も分からぬ怪しげな小僧の口説き文句に容易く動揺し碌に頭の回っていない主人を想い、助け舟を出したつもりでしたが御迷惑でしたか」
忠臣の思わぬ発言にマルディナは思わず呻き声を上げる。
ようやく素面に戻った顔に再び血が昇り、艶やかな朱色に染まる少女の顔を、騎士は何処かからかいを含んだ瞳で見つめていた。
「うぅ……ディーマ」
「何でしょうか、御嬢様」
「貴方、私のことをからかって楽しんでいるでしょう」
マルディナは鋭い眼光を放つが、頬を赤らめていてはその威力は無きに等しい。
少女の可愛らしい抗議の声は、男に微塵も届かない。
「皇国の未来を左右する極秘任務を一瞬とはいえ忘れ熱に浮かされるような真似など、皇国の忠実な剣である私がそのようなことをする筈がありません」
「…………ディーマの意地悪」
むしろ倍にして返され、マルディナは頬を膨らまし剥れてみせる。
そんな少女の、年相応の表情にディーマは微かに目尻を下げる。
しかし、いつまでも少女は唯の無知で無力な子供ではいられない。
「それで、彼は?」
その抽象的な言葉に、マルディナは首を左右に振る。ディーマを見上げる少女の瞳には威が座っていた。
「分からないわ、祖父の言い付けに従っただけと言っていたけれど、態々人里から私たちを助けるために駆けつけられるほど、村との相対距離は決して近くはない」
「では、その言葉は偽りだと」
「そうは言わないわ」
少年の瞳を思い出す。何処までも澄んだ極上の魔宝石のようなあの紅い瞳を。
「嘘を言っているようには到底思えない。けれど、あのタイミングで接触してきたのは明らかに出来過ぎている」
少年の異常ともいえる戦闘能力と場面が、彼の背景に影を落とす。
マルディナは肩から流れる蒼銀の髪を指でくるくると絡める。彼女が考え事をする際の癖だ。
「帝国か連邦の狗でしょうか?」
ディーマの顔に険しさを増す。もし万が一、彼の考えが事実だとすれば皇国の最重要機密が漏洩した可能性が非常に高い。
しかし、ならばジーンがあのタイミングで接触した理由は何だ。
唯の諜報活動なら例え部隊が全滅したところで、その事実を本国に伝えれば済むだけの話だ。
だが、彼はそうしなかった。
目的地への誘導員を失わないため? 目的は果実の確保だけではない? そもそも本当にあの情報が漏れたのか?
答えの出ない思考の輪の中にマルディナは埋もれていく。
「……」
暫し、沈黙が二人を支配する。
「……嬢様、御嬢様」
聞き慣れた声と振動に、少女の意識が内側よりゆっくりと浮上する。
魔術師の性か、熟考するとマルディナの意識は完全に内へと埋没し、外界の情報を完全に遮断してしまう。
魔術師が魔術の発動確立を上げる上で、この技術は必須である。
迅速な演算処理を要求される彼女たちにとって、必要外の情報など術の発動を妨げる要因でしかない。
そのため、高位の魔術師になればなるほど、意識を切り離す術を心得ている。
その反動か、一度悩み出すと外部から刺激を根気良く与え続けなければ意識を取り戻さないのだが。
「ディーマ……どのくらいかしら」
自分の悪癖が出てしまったことに顔を歪めながら従者に問う。
「正確な時間は分かりませんが、恐らく『暫し』という言葉では形容できないほどかと」
「……そう」
たらりと、冷たい汗がマルディナの頬を伝う。
ジーンが何処に属し、何を目的に接触したかは現段階では分からない。
しかし、あの圧倒的な戦闘能力。彼が敵対の意思を持てば、自分達の命など一瞬で潰えてしまう。
媚を売るわけではないが最低限、悪感情だけは抱かせてはならない。
「急いで戻らないと」
慌てて戻ろうとするマルディナの腕をディーマの大きな手が掴む。思わぬ妨害にマルディナは目を瞬かせる。
「御嬢様、申し訳ありませんが戻る前にこちらに来て頂けますか」
「まだ、何かあるのですか?」
てっきり、ジーンと距離を置くためだけの口実だと思っていた彼女にとってディーマの言葉は予想外のものだった。
「……えぇ、こちらです」
僅かに顔色を曇らせる従者を不思議に思うマルディナだが、彼が導いたその先にいる人物に赤みを取り戻しつつあった顔から血の気が引く。
「デヴィック!」
「おう、姫様」
持っていた杖を放り捨てマルディナは慌てて駆け寄る。カランと、硬質の音が冷たく響き渡る。
デヴィックと呼ばれた巨漢は野性味溢れた笑みを浮かべて迎え入れた。
その全身に、紅く染まった包帯を巻きつけて。
「デヴィック、姫様ではなく御嬢様、だ」
「別に構いやしねぇだろ。どうせ先は長くねぇんだ、好きに呼ばせてくれたってもいいだろう、隊長殿?」
口角を釣り上げ笑うデヴィックの顔、包帯塗れの姿にディーマは顔を僅かに歪ませる。
「……宜しいですか、御嬢様」
「えぇ構いません、構いませんとも」
簡易に作られた寝台に横たわる大男の手を取り膝をつく主に、ディーマは苦々しい息を吐きながら背を向ける。
「御嬢様の許可が出た、良かったな副隊長」
「あぁ、全くだ」
俯くマルディナの顔を慈しむデヴィックの片目は包帯に覆われ、見ることは叶わない。
「白魔術師は?」
「姫様、無駄な魔力は使っちゃいけねぇよ」
その言葉に少女は押し黙る。彼が言わんとすることは否応無く理解できるためだ。
白魔術、肉体と精神に直接作用する魔術の総称であり、その魔術が起こす治療は医師からすれば奇跡に相当することも多々ある、魔法に最も近い魔術と言われている。
しかし、白魔術がどれだけの奇跡を起こそうとも限界は依然存在する。
デヴィックは素人が一目見て、後が長くないことが分かってしまうほどの手傷に塗れていた。
「泣かずに誇ってくれ、姫様。アンタが選んだ男は使命を全うしたと」
厚い手に一粒の雫が落ちる。
彼の役割は味方を守護する巨大な盾。あの混戦の中、死者が一人も出なかったのはこの男の尽力によるものが大きい。
その代償が、この有様だ。
身を挺して護ったその四肢に無傷な箇所は存在せず、当て木によって手足を無理やり繋いでいるような悲惨な姿がマルディナの前に晒されていた。
「御免なさい……御免なさい……」
謝ってはいけない、彼らの覚悟を裏切ることになるから。
そう分かっている筈なのに、謝罪の言葉がマルディナの口から溢れて止まらない。
ぽたぽたと零れ落ちる涙が、分厚い手に嘆きの小池を作り出す。
もし、マルディナに魔力が十全にあれば治療も可能だっただろう。彼女の腕は皇国でも五指に入る、当然高位の白魔術も修めている。
しかし、それは仮定の話だ。
彼を救うだけの魔力が残されていなかった、だから治療は行わない。
無慈悲で、合理的な、魔術師の考え方だ。
だが、魔術師も人間なのだ。恐らく、白魔術師も同様の思いだったのだろう。
嘆き悲しみ、けれど感情で判断を誤ることが出来ない、賢く悲しい存在。
それが魔術師。
けれど人は願ってしまう、在りえない可能性を、希望を。
「私に、まだ魔力があったなら……」
搾り出すように零れた未練たらしい少女の言葉に――
「魔力があったらいいのか?」
少年が答えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――化け物め。
自身の目の前に立つ少年を前に、ディーマは歯軋りを鳴らす。
天幕を潜る前に、部下の何人かを監視に就かせ、僅かな行動にも逐一報告するように告げた。更には自身も常に意識を少年に向けていたというのに、目の前で声を発するまで気配を全く感じられなかった。
「ジーン、君は一体何処から入ったんだ」
「何処からって、そこから」
振り返って指差すその先には自分たちが潜った入り口が、どうやら正面から堂々と入ったらしい。
不思議そうに見つめるその視線に、ディーマは苛立ちを強める。
自分がこうも容易く出し抜かれたのだ、部下を責めるつもりは毛頭無かった。
今、ディーマの胸中に渦巻くものは少年を未だ甘く見積もっていた自身の甘さに対する嫌悪と、目の前の未だ底が見えぬ少年に対する危機感だけだ。
「ジーン様」
「ん?」
「先程の発言は、どういった意味でしょうか?」
頬を伝わる雫を拭おうとせず、涙を溜めた眼でジーンを見つめる。
その瞳には、ある可能性が映っていた。
ジーンは流れるような極自然な動きでマルディナの横に立つと、傷付き伏せた老翁を面白そうに見下ろす。
「言葉通りの意味だけど。それにしてもおっちゃん、でっかい身体だな」
「そうだろ、仲間内じゃ大熊とタイマン張れると言われたわ」
「そっか? 俺が見た一番小さいヤツでもおっちゃんよりでかかったけど」
首を傾げるジーンをデヴィックは可笑しそうに見つめる。
「そうかそうか、俺もまだまだか」
「まだまだだな」
そう言うと二人は笑い声を上げる。どうやらこの二人、波長が合ったらしい。
「ごほっ」
「デヴィック!」
暫し笑ったデヴィックだが息を詰まらせたのか咳き込むと、口から吐き出された血が頬を、首を、胸元を赤く染め上げる。その余りの量に、彼の死期が直ぐそこまで迫っていることをマルディナに否応なく突きつける。
その姿にマルディナは青褪めながら、ジーンの言葉を思い返す。
魔力があったらいいのか、彼はそう言った。
自身の魔力は既に底をついている。ディーマの魔力は一般人の域を出ず、デヴィックも同様であり、彼女の周りに充分な魔力を携えた者など存在しない。また魔力を回復する回復剤も既に空だ。
もし、この状況であるとすれば、それは――
「ジーン様、もしや回復剤をお持ちなのですか?」
「回復剤? 何だそれ?」
初めて聞いたと言わんばかりの表情に、マルディナは可能性の一つが潰れたことを瞬時に悟る。
残る可能性は唯一つ。
「それは後程説明致します。ではジーン様、御伺いします――」
もし、己の考えが間違っていれば、デヴィックを救う手立ては完全に失われてしまう。
息を吸って、吐く。
生を司る白神に祈りを捧げながら、マルディナは震える声で隣に立つ少年に問い掛ける。
「私に、魔力供給をして頂けるのですか?」
魔力供給、文字どおり魔力を供給する行為をさすが、断じて軽々しく行うべきものではない。
魔力は精神と直結しており、下手に扱えば術者の精神は破壊され、廃人なることも覚悟しなければならない。
ハイリスク・ローリターンの極めて分の悪い魔力の補充手段である。
藁にも縋るマルディナのその問い、ジーンは少女を見つめ答えた。
「いいけど、報酬は?」
その言葉に、マルディナは暫し思考を停止した。彼女だけではない、ディーマもデヴィックもまた同様である。
「小僧、貴様!」
ジーンのその言葉にまず反応を示したのは、彼らの背後に控えていたディーマであった。
怒気を隠そうともせず、腰に下げられた柄に手をかけると間合いを詰め、感情の赴くままに剣を振るおうとした瞬間、マルディナの視線が飛び込んでくる。
その瞳に、ディーマは動きを制される。
「出来得る限りのものを必ず御用意致します、ですから――」
己が胸に手を当て、マルディナはジーンに誓う。
例え、その身を要求されようと躊躇うことなく差し出す。
その覚悟がその態度から、透けて見えた。
「姫様、そいつは!」
「御黙りなさい! 臣下一人救えずして国を救えますか!」
その言葉に、その意思に、デヴィックもまた口を噤んでしまう。
主の、完全に決意を固めたその瞳に、二人は何を言っても無駄だと悟る。
マルディナの外見にそぐわぬ頑固さは骨の髄まで染みていた。
男二人は心中で溜息を漏らす。もう、こうなったら誰にも止められない。
彼らに出来ることといえばもはや、ジーンが無理難題を提示しないことを祈るのみだ。
少女は立ち上がり、少年と対峙する。
「ジーン様は何を御望みですか?」
未だ青白い顔で、しかしその瞳には確かな決意の焔を燈したマルディナを前に、ジーンは顎に手を当て暫し考え込むと徐に報酬を口にする。それは――
「あのさ、報酬ってどんなのがいいんだ?」
「……はい?」
マルディナは目を瞬かす。
ジーンの言葉の意味が分からない、いや違う。脳がその意味を理解したくないだけだ。
しかし、彼女は魔術師。感情を抑え込む術は心得たものだ。
僅かに首を振って正気を取り戻す。
「あ、あの……ジーン様は何か望むものがあったのではないですか?」
だが、余りに想定外の言葉に戸惑いがマルディナの顔から覗かせる。そんな彼女の心境など全く分からぬジーンは馬鹿正直に答える。
「いや、全く」
「「「…………」」」
重苦しいまでの沈黙が漂うが、ジーンは気にすることなく続ける。
「いやさ、さっきは言い忘れてたんだけど、爺さんが誰かを助けるときにはとりあえずそう言えって。それで渋るようなら別に助けなくてもいいって」
「な、中々変わった御仁ですね」
頬を引き攣らせるマルディナをジーンは不思議そうに見つめる。
「そうなのか? 俺、爺さん以外の人間って数えるくらいしか会ったことがないから良く分かんないけど」
「そ、そうですか」
とりあえず同意の言葉を述べるマルディナだが、頭の中では盛大に混乱していた。
無理も無いだろう、彼女にしてみれば決死の覚悟を決めたというのに出鼻を挫かれたのもいいところだ。
「まぁ、君は美女だし報酬なんて無くても助けるけど」
「ほぅ……坊主、分かってんじゃねぇか」
「デヴィック!」
虫の息である筈の老翁のからかいに少女は抗議の声を上げるが、まるで聞こえぬデヴィックはジーンに向かって親指を突き立てると、少年も心得たもので同じ仕草を取る。
「まぁ、そんなわけで……」
そう言うや、ジーンは徐に歯で親指を噛むと、赤い雫がぽたりと大地に落ちる。
魔力を供給する際には、まず互いに魔力を繋ぐ経路を作らなければならない。
その最も簡単で確実なのは、互いの体液の交換である。
相手の情報を取得する上で、これほど簡単で確かなものはない。
その中で血は魔力を通す媒体としては申し分なく、魔力供給の他にも大規模な魔術などを使う際の触媒として古くから多く用いられている。
他にも経路を繋げ易いものはあるが、それは初対面同士が行うものではまずない。
ジーンの選択は極めて正しいものであった、当人にはまるで自覚はないが。
「はい、どうぞ」
余りに気軽なその言葉に、極度の緊張状態に陥っていたマルディナの精神が解される。
僅かに笑みすら浮かべ、少女は従者に手を差し出すと、主の意を汲んだ臣下は鞘から刀身を僅かに晒す。
少女の指が、剣を酔わす。刀身を伝わる紅い雫は何処か艶やかだ。
落とした杖を手にしたマルディナは突き出されたジーンの指に、血に濡れた己の指をゆっくりと近付ける。
まるで初々しい恋人たちの逢瀬のように不器用に、二つの魔力が一つに重なる。
――――ドクンッ
「っ!?」
突如跳ね上がる心臓の鼓動に、マルディナは反射的にジーンの手を握り締める。
「御嬢様!」
「だ、大丈夫よディーマ、心配しないで」
従者を安心させようと微笑むが、額に浮かぶ汗が、上気した頬が、彼女の気遣いを無碍にする。
マルディナは高鳴り続ける心臓に、恐怖すら覚えていた。
ジーンの指から、血液から流れる魔力が少女の身体に流れ込んでくる。
その魔力の何と圧倒的なことか。
二人の間に出来た経路は最も薄いものであり、本来流れる量は微々たるものでしかない。
この後互いに魔力の通じる道を広げ、流れる量を徐々に増やすのだが、ジーンの圧倒的な魔力量を前に、第一段階で既に並みの術者を満たすだけの魔力がマルディナに送り込まれていた。
水が上位から下位に自然に流れるように、少年の魔力が絶えず少女に流れていく。
「はぁ……はぁ……」
荒い熱を帯びた息遣いだけが静かに響き渡る。
マルディナの保有する魔力量は通常の術者の三倍は優にある。それを満たすことなど並大抵のことではない。
しかし、ジーンから流れる魔力が途絶える気配は皆無であり、既に自身が保有する魔力の大半が回復していた。
しかも、一向に送られてくる魔力の量に翳りが見えない。既に彼女の理解の範疇を超える魔力量だ。
無理やり己の中に押し込まれる力の奔流を前に、しっかりと握られた少年の手だけがマルディナの意思を現実へと繋ぎ止めていた。
「大丈夫か?」
「で、出来れば……もう少し抑えて頂けると、はぁはぁ……助かるの、ですが……」
「あぁ~、これでもかなり抑えてるんだけどな~」
その言葉に、マルディナの心臓は更に大きく跳ねる。
既に、内から湧き上がる熱量はもはや、彼女の処理能力を超えようとしていた。
それを打開するために、少女は無意識に術式を展開する。
その対象は言うまでもない、既に弱弱しい息遣いをするデヴィックだ。
破裂しかねない魔力を外部へ放出することで、マルディナは意識の確保を図る。
広がる魔術陣からジーンの魔力の奔流を具現化するように眩い光を放ち、既に日が落ちた大地に、魔力の光が急速に広がっていく。
杖が眩い燐光を宿し、魔術が発動する。
魔素がデヴィックの周りを踊るように舞い、彼の体を優しく包み込む。
皮膚が、神経が、細胞が、少女の意思に従い爆発的に活性化を始める。
まるで時計の針を巻き戻すかのように、異常ともいえる速度で彼の体が修復されていく。
「……駄目」
マルディナは掠れた声で呟く。
魔術が上手く発動しなかった、わけではない。術は正常に作用している。
問題はデヴィックの治療だけでは、この自身の体から溢れんばかりの魔力が消費しきれない点にあった。
少女の天賦の才は素早く、現状に適用してみせる。
更に込められた魔力により、魔術陣が更に色濃く輝く。
それだけではない、大地に走る線が八方へと広がり、その効果範囲を急速に広げていく。
気付けば辺り一面、マルディナの魔術陣に覆い尽くされていた。
その圧倒的な魔力によって形成された魔術は既に大魔術の領域へと達する。
頬を優しく包み込む魔素の温もりにディーマは思わず手を添えると、傷口が完全になくなっていることに気付く。
頬だけではない、全身にあった筈の怪我と呼べる外傷は全て完治していた。
それが誰の手によって齎されたものなのか、考えるまでもないことだ。
マルディナの白魔術を見たことは何もこれが初めてではない。
しかし、これほどの大魔術をこうも容易く発動したことは、これまで一度としてないことだ。
それを可能としたのは疑う余地がないだろう。
ディーマは鋭い眼差しを目の前の少年へと向ける。
圧倒的な戦闘能力に、最高位の魔術師を容易く凌駕する魔力量。これが普通の人間である筈がない。
――何なんだ、こいつは……
知れば知るほど得体の知れない少年に対し、ディーマは無意識に柄に手をかける。
彼の瞳には目の前に立つジーンは最早人間には見えなかった。
その姿はそう、人の皮を被った――
ジーン、魔力量も人外だったでござるの巻。ついでに新キャラ登場、むさい爺です。