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魔法使いの夜  作者: Rio
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第一章

 これはまるで魔法のようだと、孔子郎は思った。都会で暮らす妹が病床に伏したと聞き、田舎から様子見にやってきた孔子郎は、妹の暮らす家に向かう途中、道に迷ってやってきた丘の上で、世にも奇妙なものを目撃してしまった。

 孔子郎の前方中数メートルのところには、肩に小さな猫を乗せた一人の少女がいた。少女は丘に登ってきた孔子郎には気づかぬまま、猫に話しかけており、猫はそれに対しうんうんうなずいたり、にゃあと鳴いて返事をしているようだった。それだけでも孔子郎を驚かせるには十分であったが、次の出来事はさらに孔子郎を驚かせた。 

 少女が猫を地面に下ろすと、猫は近くにあったリンゴの木に登り、リンゴをとって口にくわえたまま、少女のところに戻ってきた。少女がリンゴをとると、猫はまた着に上り、リンゴをとって戻ってきた。その繰り返しがしばらく続き、少女は両手に三つのリンゴを得ることになった。そして、少女が合図をすると、猫は新たに木からとった一つのリンゴをくわえたまま、孔子郎とは反対の方向に丘を下っていった少女のあとについていき、姿を消した。

 孔子郎はぽかんと口を開けたまま、少女と猫の消えていった方向を眺めていた。猫があれほど人間の言うことを聞くはずがないと思っていたからだ。だが田舎育ちが長く、初めて都会に出てきた孔子郎にとっては、都会の人間や猫にとっては、これくらいのことは当然なのだ思えてならなかった。猫を意のままに操る都会人の能力に驚嘆しつつ、孔子郎は丘から、眼下に広がる街を眺めてみた。

 そもそも孔子郎が丘の上にやってきたのにはわけがあった。都会の高校に通うため、都会で独り暮らしをしている妹が病気で寝込んでいると聞き、看病のために遠く離れた田舎からやってきた孔子郎は、どれも同じように見える、無機質なコンクリートの塊のひしめく都会で、すっかりと道を見失っていた。そんな孔子郎が見つけたのが、この丘だった。高いところからなら、妹の暮らす家も見つけられるかもしれない。そう思った孔子郎は、都心の一角にぽつんと存在していた小さな丘に登ってみたのだった。

 だがその判断は誤りだった。視界は周囲の高層ビルに阻まれ、見えるものといえば、丘のすぐ下の道路を走る車だけ。丘に登るよりも、むしろ高層ビルの一つにでも上った方がよかったと思い知らされた。

 孔子郎は溜息をつき、持っていた地図を片手に腰を下ろした。丘の上は近くの木からと思われ得る木の葉が敷き詰められており、ふかふかしていた。朝からの疲れがどっと押し寄せてきた孔子郎は、その場に横になり、目を閉じた。

 季節は秋から冬に変わろうとしていた。吹きつける風はやや冷たい。ここで寝たら風邪を引くと思いつつも、何時間も人混みを歩き続け、疲れ切った孔子郎には立ち上がる気力がなかった。

 孔子郎がしばらく横たわっていると、やがて遠くの方から落ち葉を踏む音が聞こえてきた。誰かが丘を上がってきていると思った孔子郎は、目を開け、音のする方向を見てみた。すると先ほど猫と一緒に丘を下っていった少女が、肩に猫を乗せたまま、一人の少女とともに丘を登ってきていた。

 見たところ、二人の少女は自分や自分の妹と同じ高校生くらいだった。田舎に比べれば面積の狭い都会に高校がいくつもあるわけないと思っていた孔子郎は、ひょっとしたら彼女も妹と同じ学校の生徒かもしれず、妹のことを尋ねれば分かるかもしれないと思い、立ち上がった。

 孔子郎に気づき、足を止める二人の少女。孔子郎と二人の少女の間には三メートルほどの距離があった。

 少女は孔子郎には聞こえないほどの声で、何やらひそひそ話をしていた。彼女たちの視線が時折孔子郎の方に向けられるので、孔子郎は彼女たちが自分について話しているのだと思った。それはあまりいい気がすることではなかったが、とにかく話しかけなければ始まらないと、孔子郎は彼女たちに近づき、声をかけた。

「すみません」

 同時に孔子郎の方を見る二人の少女。猫を肩に乗せた、茶色い髪の少女が口を開いた。

「はい?」

「この辺に、水希孔子(みずきこうこ)って人の家ないですか? 俺の妹で高校生なのですが、俺は都会に始めて出てきたもので……」

 顔を見合わせる二人の少女。

 茶色い髪の少女が首を振った。

「さあ、申し訳ありませんが」

「そうですか」

 落胆した孔子郎。やはり日が落ちる前に何とか自分で捜さねばと、丘を下るため踵を返そうとした。

 するとその時、もう一人の黒髪の少女が言った。 

「もし」

「えっ?」

 彼女に向き直る孔子郎。

 少女が言った。

「先ほど、この辺りで何か変わったことをご覧になりませんでしたか?」

 おかしなことを聞く人だと孔子郎は思った。首を振る孔子郎に、少女はもう一人の少女の肩の上の猫を指差した。

「例えば、これに関して……」

 なるほど、そのことかと思った孔子郎。

「ああ、それですか。確かに先ほどリンゴをとっていましたが……」

 孔子郎の言葉を聞き、顔を見合わせる二人の少女。心なしか、表情を曇らせている感じだった。

 その理由は孔子郎には分からなかったが、

「田舎の猫には到底できませんよ。いやあ、さすが都会の猫は違いますな」

 それを聞いた少女はまた顔を見合わせ、なにやら内緒話を始めた。だが風向きが孔子郎の方に向いていたせいか、孔子郎は彼女たちの会話を聞くことができた。

 茶髪の少女が言った。

「気づいてないみたいだけど?」

「それでも見過ごすわけにはいかないわ」

「気づいてなければ別によくない? ただの田舎者だし、ほうっといても問題ないわよ」

「黒子は甘すぎるのです」

 そんなやりとりがしばらく続いた。それが何を意味するのか孔子郎には分からなかったが、少なくとも自分がここであまり歓迎されていないと言うことには気がついた。

 都会の人間にとってよそ者でしかない自分はここらでおいとましようと、軽く手を振った孔子郎。

「いえ、呼び止めてすみませんでした。では」

 踵を返す孔子郎。二人の少女を背にしばらく歩いたところで、後を追ってきた二人の少女に回り込まれてしまった。

 驚く孔子郎に、茶髪の少女が言った。

「あの、せっかく都会にいらっしゃったのに、おもてなしもせずにすみません。お茶をお出ししますので、うちへいらっしゃいませんか?」

 突然の誘いに目を丸くする孔子郎。

 黒髪の少女が言った。

「もう夜遅いですから、とりあえずうちへお越しになりませんか? 都会の夜は危ないんですよ。犯罪は都市部に集中してますから」

 腕時計に目をやる孔子郎。時刻は午後四時を回っていた。このまま妹の家を捜しても夜までに見つけられる保障はなく、彼女が都会の夜は危ないという以上、彼女たちの言葉に甘えない手はないと思った。



 こうして彼女たちの家へとやってきた孔子郎。彼女たちの家は、丘のふもとにある古びた洋館だった。

 茶の間らしき場所に通された孔子郎は、その内装の豪華さに驚かされた。赤い絨毯の敷かれた室内は、天井からつるされたシャンデリアのロウソクの光りで照らされていた。

 椅子を勧められた孔子郎はテーブルの一端に座り、その向かいに黒髪の少女が座った。茶髪の少女が紅茶を淹れたカップをそれぞれの前に置き、自分は黒髪の少女の隣に座った。

 カップの中身を一口飲んだ孔子郎は、その味に驚かされた。

「おお、すばらしい。さすが都会の緑茶は色といい、味といい、田舎のものとは違いますな」

 感心する孔子郎。

 孔子郎の発言に、またも顔を見合わせる二人の少女。

 茶髪の少女が黒髪の少女に耳打ちした。

「ねえ、やっぱりただの田舎者だって。さっきのも魔法だって気づいてないようだし、返してあげようよ」

「いえ、魔法を見た人間は始末する。それが我々の掟です」

「それはあくまで私たち魔法使いの存在が人間に知られないようにするためでしょ? 魔法って気づいてない人まで始末する必要はないわ」

「いずれ気づくかもしれません。あるいは、気づいてないよう装っているだけかもしれません」

「そんなことないわよ……」

 紅茶を飲み終えた孔子郎は、ひそひそ話に勤しむ二人の少女に向かって言った。

「いやあ、おいしかったです。ところで俺、水希孔子郎って言います。お二人のお名前は?」

 金髪の少女が言った。

「黒崎黒子です」

 もう一人の少女はしばらく黙っていたが、やがて口を開き、

西園寺殊有(さいおんじ ちありぃ)

「そうですか。都会に知り合いもいませんでしたし、こんなにいいお宅に泊めていただけるなんてほんとにありがたいですよ」

「いえいえ、どうせ広い家に私たちしかいませんから、ゆっくりしていってください」

「これ黒子」

 殊有が黒子の脇腹を小突いた。そして黒子の耳に口を近づけ、

「ちょっとこっちへ」

 黒子を連れて部屋を出て行った。

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