わたくしなど、いらなかったのでしょう?
わたくしが勇者様にエスコートされて謁見の間に入ると、国王陛下も臣下の方たちも、驚きのあまり小さな悲鳴を上げていた。
「ルーチェ、なぜ貴様が……!?」
問いかけてきたのは、わたくしの元婚約者である王太子フランコ殿下だった。
「勇者パーティーの一員だからですわ」
勇者パーティーが魔王討伐を終えて故郷に帰る。
その途中で、この国にも寄った。
国王は英雄たちを王城に招き、褒美を与えることにした。
――物語ではよく見る、ありふれた出来事ではないの。
「勇者パーティーですって!?」
フランコ殿下の腕に抱きついているカーラ嬢が叫んだ。
男爵令嬢のカーラ嬢は、美しいピンクブロンドと自由奔放な言動でフランコ殿下を虜にしたの。
フランコ殿下とカーラ嬢は、わたくしを悪役令嬢に仕立て上げた。
わたくしが王宮で『侯爵令嬢にあるまじき行い』なるものをしたなどと言い、わたくしの実家を潰すと同時に、わたくしを追放刑にしたのよ。
あの日、震えるカーラ嬢の背中には、鞭で打たれた大きな一筋の傷があった。わたくしが嫉妬にかられて、カーラ嬢を鞭打ったのだそうよ。
フランコ殿下が「ルーチェを追放するためだ。我慢しろ」などと言って、カーラ嬢を打ったのでしょうね。
カーラ嬢はその一度の苦痛と引き換えに、男爵令嬢の身で王太子殿下の婚約者の座を射止めた。
わたくしは王命により、邪悪な魔物どもの巣食うゼットンデンの森に捨てられた。
ゼットンデンの森の向こうには、岩山の頂上にそびえる魔王城がある。
真面目な騎士たちは、命を懸けて王命に従い、わたくしを森の奥に捨てた。
そこに通りかかったのが、勇者パーティーだった。
勇者パーティーがそろそろ魔王城に到達するという噂は、だいぶ前から聞いていた。
けれど、彼らの現在地を知る者はなかった。
彼らは岩山を登っているのか?
ラストダンジョンを攻略しているのか?
本当に魔王城への到達間近なのか?
人々に希望を持たせるために囁かれる、ただの偽りなのでは――?
◆
勇者パーティーは、ラストダンジョン手前の森を攻略中だったの。
魔王城が見える『邪悪な魔物どもの巣食うゼットンデンの森』こそ、ラストダンジョン手前の森だったのよ。
騎士たちがわたくしを捨てて去ると、わたくしの前には、すぐに魔物が現れた。
デーモンゾンビという腐った悪魔たちが三体。
わたくしは聖属性のスキルを持っている。
『ささやかな回復』
ささやかだけれど、全体回復できるの。
「全体回復とはいえ、ささやかすぎだろう」
なんて、フランコ殿下はカーラ嬢を腕にぶら下げて、わたくしを嘲笑ったけれど……。
わたくしはデーモンゾンビたちに『ささやかな回復』を放った。
他にできることなんてなかったもの。
必死になって、それはもう何度も放ったわ。
そうしたら、その聖属性の白い光を見た勇者パーティーが来てくれたの。
「もう大丈夫だ!」
若き勇者アルド様はオーロラ色の神秘の鎧を着て、伝説の剣を一振りし、デーモンゾンビを倒してくれた。
「こんなところに女性が!?」
中年の戦士ウーゴ様は、とても驚いておられたわ。
「なぜ……」
寡黙な老賢者セルセ様ですら、つぶやいた。
わたくしは彼らにお礼を言うと、事情を話し、スキルの説明をした。
「魔王城までのルート上だったから、まだ良かったが……」
「半日でも早かったり遅かったりしたら、俺ら、ここにいなかったよな」
「うむ……」
三人の男たちは相談し、わたくしを勇者パーティーの四人目として迎え入れてくれた。
◆
そして、今――。
わたくしは、勇者アルド様の隣にいる。
勇者パーティーで余っていた女性専用装備、『不思議のローブ』を身につけて。
「おい、その者は罪人だ! 引き渡してもらおう!」
フランコ殿下が、わたくしを睨んでいた。
「ならぬ……」
セルセ様が重々しく反論してくれた。普段は、本当にあまりしゃべらない方なのよ。
フランコ殿下は、伝説の老賢者の言葉に怯んだ。
「えーと、王様? 俺らに褒美をくれるんでしたよね? ルーチェちゃんに謝ってくださいよ」
気のいいウーゴ様が頼んでくれた。ウーゴ様は故郷に戻ったら、幼馴染の女の子と結婚するご予定よ。『ティナをだいぶ待たせちまってる……』とよく不安がっていらしたわ。
「私への褒美には、ルーチェ嬢をいただきたい。我が妻に迎えます」
アルド様がわたくしの腰を抱き、こめかみに口づけを落としてきた。
もうっ、アルド様ったら、人前ではやめていただきたいわ!
「勇者よ、ルーチェ嬢には聖女として帰還してもらった。この国の聖女として、これからも守護を司ってもらいたいと考えている」
国王陛下は、わたくしたちの様子を見なかったことにしたようだった。
良かったのだか、悪かったのだか……。
「守護を司るとは、わたくしは、なにをさせられるのでしょうか?」
「たいしたことではない。フランコの補佐役として、これからも文官の仕事をしてくれればよい」
「カーラ嬢が王太子妃殿下として、その務めを果たしてくれるのでは? カーラ嬢には『書類複写』という、立派なスキルがあるではありませんか」
わたくしはカーラ嬢にほほ笑みかけた。
カーラ嬢は、完成した書類を増やすことができるの。
ああ、でも、書類を完成させることはお嫌いでしたわね。
わたくしや他の文官たちが必死で書類を作っている間、カーラ嬢はフランコ殿下と王宮の中庭を散策したりしていた。
カーラ嬢が活躍したのは、完成した書類を必要な部数に増やす時だけよ。
フランコ殿下はカーラ嬢が書類を増やす姿にいたく感動されて、「これこそ我が国を救う力だ!」とまでおっしゃったわ。
たしかに、『書類複写』は素晴らしい。便利な力よ。とても助かったわ。
だけど……、それも完成した書類があればこそ。
「ああ、ルーチェ……。私は君を許そう。君がいなくなってから、文官も、私も、体調を崩しがちなんだ。残業もなんだか辛くてね……」
フランコ殿下が媚びるような笑みを浮かべた。
その割には、上から物を言ってくるのね。
「無理に許していただく必要はありませんわ。わたくしは勇者パーティーの一員として、勇者アルド様の故郷に凱旋する途中ですので」
「もう行こう。ルーチェの故郷は、随分と不愉快な国だね」
アルド様が顔を歪めて笑った。だいぶお怒りのようだわ。
「はい、アルド様」
アルド様が、わたくしから少し離れる。
わたくしは皆様にカーテシーをした。
ああ、別れのご挨拶として、カーテシーだけでは足りないわね。
少し前までは、お世話になっていた国ですもの。
わたくしは謁見の間にいる人々に『ささやかな回復』の白い光を捧げた。
やさしい春風のような魔力が、疲れた人々を癒していく。
ほんの少しだけ、気力も、体力も、魔力も、回復したはずよ。
――ささやかな、わたくしからの贈り物。
「これは『神の息吹』ではないか……! 『ささやかな回復』などと……! 誰が……!」
国王陛下が悲鳴のような声を上げた。
文官たちはこの癒しの力を受けて、残業して最後の気力をふり絞り、期日までに書類を仕上げてきたの。
魔王との戦いでは、盾役として攻撃を受けるウーゴ様の後ろで、わたくしは『ささやかな回復』をかけ続けた。
こんなちっぽけな力のおかげで、勇者パーティーは、なんとか最後まで立っていることができたのよ。
――さようなら、皆様。
ああ、そんな絶望したような顔をならさないで。
この魔王城近くの過酷な土地で政務が滞ったら、いずれ森の魔物や猛獣を防ぎきれなくなるでしょうけれど。
それでも――。
わたくしなど、いらなかったのでしょう?




