孌茶館
私はその「孌茶館」に行ってみた。本当に変な名前だと思った。店員はみんなイケメン揃いで、普通の女の子ならもうメロメロになってるレベルだ。一人残らず笑顔で「いらっしゃいませ」と迎えてくれるけど、どこかみんな疲れ切った、憔悴した雰囲気が漂っている。
金髪のイケメン店員さんがメニューを持って近づいてきた。
「いらっしゃいませ、お嬢様。何をご注文されますか? 当店にはスイーツがたくさんございますよ。スイートハート・シュークリーム、ハニーパンケーキ、それから『愛してる』ケーキが特に人気でございます」
メニューを見て愕然とした。一つのシュークリームが銀貨1枚、「愛してる」ケーキに至っては銀貨3枚もする。これのどこが普通の喫茶店だ、完全にぼったくりじゃないか。
すぐに出ようかと思った。でも目の前のイケメンがニコニコ笑ってるのに今帰るのは気まずいし、仕方なくもっと安いものがないか探すことにした。
指でメニューをなぞって何度も見比べて、やっと一番安い「月色」という紅茶を見つけた。それでも銅貨1枚。他は全部銀貨スタートだ。
「じゃあ、これ一杯だけで……ありがとう」
「お嬢様、何かお菓子はいかがですか? 当店のシュークリームは本当に美味しいんですよ。お試しだけでも損はしません。それともパンケーキも? きっとお嬢様の心まで甘くしちゃいますよ」
めちゃくちゃ熱心に勧めてくる。ちょっとイラッとした。正直、財布が本当にピンチなので断りたかったのに、彼の方が私より焦ってるみたいで、なかなか注文を取ろうとしない。甘い声でどんどん勧めてくる。
結局、根負けしてスイートハート・シュークリームも追加してしまった。
「ほんとぼったくり喫茶……そりゃ客もいないわけだ。あの執事が私をハメたんだ……」
しばらくしてシュークリームと紅茶が運ばれてきた。見た目はごく普通で、これと言って特別なところもないのにこの値段。
「お嬢様、ごゆっくりどうぞ。スイートハート・シュークリームと『月色』の紅茶でございます」
「……ありがとう」
シュークリームを一口かじってみる。どこかで食べたことある味だな……と思い出したけど思い出せない。まあどうでもいいか、と諦めた。
紅茶もごく普通、いや、下級茶葉で淹れただけって感じで苦味が強くて、ひと口飲んで即置き。うちで淹れる方がよっぽど美味い。
たったこれだけで銀貨1枚+銅貨1枚。涙目になりながらシュークリームを頬張るしかない。
「うう……スイートハート……私の財布に甘いよ……」
でも今夜は稼げるだけ稼げばいいんだ。このくらいの小銭なんてケチるな、うん! 太っ腹な貴族を見つけよう。これくらいの出費は投資だ!
でも、なんでこの店、妙な空気なんだろう。みんなの笑顔が作り物っぽくて、よく見ると笑顔が引き攣ってる。
……と、突然、店員さんたちが入口にゾロゾロ集まった。みんな深々とお辞儀をして、まるで大物のお客様を迎えるみたい。
よく見たら、マーガレットだった。
「アンナ~、待たせちゃった~! あー、今日めっちゃ暑いから先生たちに早く授業終わらせてきちゃった。クメニ、早く扇子持ってきて」
勝手に喋りながら、執事に小さなバッグから扇子を出させ、ぱたぱた仰いでいる。別に暑そうにも見えないのに。これが王族の習性ってやつかな。いつも何か手に持って貴族らしさをアピールしないと気が済まないんだろう。
しばらく扇いでいたかと思うと、突然カッとなって扇子をテーブルに叩きつけ、店員たちを大声で呼んだ。
「ちょっと! どうしてまだ誰も私に声を掛けてこないの!? どうなってるのよ! オコット! プト! シダロ!」
三人の名前を呼んだ。最初は誰のことかと思ったけど、駆け寄ってきた店員たちを見て納得。あのイケメン店員たちだった。
でも彼ら、めっちゃビビってる。顔に汗がびっしょりで、軽く腰を折って、マーガレットのことをまるで超重要人物みたいに扱ってる。目を合わせることすらできない感じ。
「ん? プト、今日の首輪どこ? つけてないじゃない」
そう言われてやっと気づいた。あの妙な違和感の正体。店員さんたち、みんな首に首輪つけてる。なんか変だと思ってたんだ。
でもマーガレット、なんで「首輪」なんて言葉が出てくるの? 常連なの? こんな高い店、彼女の口に合うとは思えないけど。
プトという店員の手が明らかに震えてる。めっちゃ怖がってる。
「プト? 首輪なくなったの? それとも忘れただけ?」
「い、いえ……切れて……休憩室に……」
プトの声は蚊の鳴くよう。恐怖がビシビシ伝わってくる。
怖がってる姿までカッコいい……キスしたくなっちゃう♪ 一緒にベッド入ったら楽しそう~。
でもなんで女の客にこんな怯えてるの? マーガレットって普通の客じゃないの? それとも王族だってバレてる? と思って、つい聞いてしまった。
「ねえマーガレット、彼らの首輪って何? 飾り?」
「ふふ~、面白いおもちゃなんだよ~。でもね、壊しちゃったの? それじゃこの店に申し訳ないよね! オコット、シダロ、そうでしょ?」
マーガレットが逆に聞き返すと、二人は汗だくでこくこく頷く。プトはガクガク震えながらその場に崩れ落ち、目が完全に死んでた。さっき私を迎えてくれたキラキラした瞳はもうどこにもない。
「しょうがないわね、あなたもただの通りすがりだったってことかしら……クメニ、あっちの連絡先まだ持ってる?」
「ございます。お嬢様、お呼びしますか?」
「夕方に来てもらって、連れてってもらって。見てるだけで目障り」
「かしこまりました。……おい、こっち来い」
プトという男はもう完全にぐにゃぐにゃで、呼びかけても反応なし。オコットとシダロが両脇を抱えて休憩室に引きずっていく。彼は一度もこちらを見ようともしなかった。




