冬の月
ある忍びがそっと夜に想うこと
いつも通りに真夜中屋根の上に上って見張り番。
年末ともなれば寒さが身に染みて、はく息は白いはずだが忍なので息は漏らさないようにそっと静かに呼吸をしていると、周りは音もなくただ月明かりだけがしんしんと降り注ぐ。
今日は静かだなあ。
昼間の自陣の騒々しさとは打って変わって静まりかえっている。ここ最近は周辺国でも不穏な動きはなく静かな日々が続いているのだ。
あ、こんな夜はなんだか色んなことを考えちゃうね。平和ボケって奴ですか。
平和になってからそういえば城下には行ってなかったっけなあ。
久しぶりに行ってみるかな。
あの、団子屋の娘さんは、元気だろうか。
色が白くて小柄な看板娘のあの子。
たまに使いで買い物に行くといつもふわりとした笑顔で迎えてくれて、ついついお店で2、3本団子をいただきながら彼女と話してしまうのだ。
いろんなことを話したなあ。もちろん仕事や内政に関わることは話したりしないけれど。
そういや、主人から甘味買ってこいって言われてたっけな、ああもう世話のやけるこって。ああ、明日は団子でも買いに行かなきゃ。でも主人のことだから町に食べに行くなんて言ったりするんじゃないかなあ、それは困る、なんて考えちゃうあたりもう末期なのかも。…………主人に逢わせたくないなんて考えちゃうなんてああもうなんなんだ。知らないふりして心のどっかでは気づいているのかもしれない。だけど、この記憶はいつか泡のように消えてしまうだろう。だから、こんな想いも気持ちもあの娘のこともいつかみんなみんな忘れてしまうだろう。
このささやかな幸せも捨てろと言われたらきっと俺は捨ててしまうんだ。
だからこの気持ちに名前をつけたりなんかはしない。
忘れられなくなったらいけないのだから。
はあ、とわざとはいた息はやっぱり真っ白だった。平和ボケ。
冷たいつめたい屋根の上で真っ黒な夜空にぽっかりと空いた穴のような真っ白な月を見上げたらちらりと頭の隅にあの娘の白い頬を思い出してしまった。ああもうなんだか遠吠えをしてみたい気分だよ。
「もうやんなっちゃう」
2025.10.13再掲 明日会いにいってもいいですか




