アンラッキーボーイ
カキーーーンッ!!
夏の暑さもまだまだ終わらない。野球部に所属してる俺は試合中、人生初のホームランを決めた。
きゃあーーー!
黄色い歓声が聴こえる、観客は皆俺の虜となっている。
無事ライバル校に勝利することが出来た。
監督、メンバーの皆は嬉し涙を流す。
「ありがとう!勝因は間違いなくお前だ!」
「流石だよ!ホームランなんてあんな状況からそう易々と出ないぜ」
俺は身体が鍛わるという何気ない理由で入ったこの部活だが、初めて入部して良かったと心の底から思った。
「はは、ありがとう。あんなのただのラッキーだって」
翌日の学校から俺は一躍人気者へと変貌していた。
「お!ホームラン打ったんだってな、すげえじゃねぇか」
「ずっと負けてたんだろ?あの学校に、お前のおかげじゃねぇか、汚名返上できて良かったな。」
正直ここまで言われるとは思ってもいなかった。まぁなにしろこの学校初の全国大会出場ということもあり、歓声の嵐は止まなかった。
昼食の時間が始まり俺は仲良くしている友達の席へと向かった。
「おーい、一緒飯食おうぜ。」
「いいぜ。ちゃちゃっと食っちまおう」
彼はどこか元気が無かった。
「お前、今までホームランどころかヒットすることすら少なかったじゃねぇか。一体なんであんな急に」
「俺にも分かんないよ、ただのラッキーだってあんなの」
「ラッキーにしてもだよ、、」
「あ、なんかすまん。飯、食おうぜ」
「そうだな、」
正直に言って彼は野球の技量も俺の数十倍はあるしキャプテンでもある。俺がこうして試合に出れたのも彼のおかげだ。
「お前もすっごく活躍してたじゃねぇかよ。流石キャプテンだ」
「そうか?俺はいつも通りだったよ」
いつもはこの空気なんかどうってこともなかったのに、
今は何故か気まずい。
飯を食い終わって逃げるように教室から出た。
宛もなく廊下を歩いてると掲示板には生徒自作のポスターが掲示されていた、
”ライバル校に汚名返上!サヨナラホームラン勝ち!!”
さっきまでの気まずい感じが残ってたのにそのポスターのせいで無くなった。
つい笑みがこぼれてしまう。
前を見ると目を輝かせた後輩が近づいてきた。
「先輩!ホームラン打ったんですってね。もううちの学年はそれっきりでお祭り騒ぎですよ。」
「いやいや、そんなにすごいことじゃねぇって」
いくらライバル校に逆転勝ちしたにしても流石に盛り上がりすぎだ。こっちが怖くなってくる。
だが俺を賞賛するポスターを横目にまた人から賞賛されることも悪くはない。寧ろ気持ちがいい
それから1週間が経って全国大会に向けての練習試合が始まった。
その日も俺は試合に出ることが出来た。
緊張の場面だった、俺が打てれば勝ち。そんな状況だった
皆の視線が俺に集まる。期待の望みの眼差しで
全神経を集中力させ、できるだけあの時のように何も考えずボールだけに気をおく。
(きたっ!)
カキーーーンッ!!
俺の振ったバットは最適解を導き出した。
勢いよく飛んでいくボールはホームランとは言わずともかなり遠くの方へ飛んで行った。
うぉおおー!
チームメイトが俺に駆け寄っていく。
今回の試合も勝てた。
「はは、お前最近どうしたんだよ!やけに調子がいいじゃねえか」
「その力全国でも存分に発揮しろよ」
彼は俺に駆け寄ってはくれなかった
「よーし、このまま全国制覇目指して頑張るぞ!」
「おーーっ!」
チームメイトの士気が監督の鼓舞によって限界まで高まった。
翌日、いつものように登校していると彼が自主練習をしていた。
声はかけなかった、それは彼の自主練習の邪魔だからとかではなくてただただ彼とは何故か変な距離を感じていたからだ。
そのせいか授業も中々集中出来なかったし昼も一人で食べた。
その日の部活はさほど楽しく無かった。部活が終わりそそくさと帰った。
ふと喉が乾いてきて自販機に立ち寄る。
ガランッ…ピピピピ、ピー
「お、ラッキー」
当たった。最近はなにかとラッキーが多い。
ジュースをもう一本選んで一口乾いた喉に押し込む。
近くに人の気配を感じた。誰だと思い視線を動かした先には
彼がいた。
こちらをずっと見ている
「この前の練習試合、天晴れだったよ。」
何を言うかと思えば俺をいきなり褒めてきた。
「あ、ありがとう。お前もいいプレイだったぜ」
「…お世辞なんて要らねぇんだよ」
小声だったがはっきり聞こえた。ついカッとなり俺は強く言い返す。
「んだよいきなり、俺のプレイに嫉妬してんのか?」
「最近調子乗ってんだよお前、キャプテンである俺の上を行きやがって」
「そんなの関係ねぇよ、ずっとラッキーだつってんだろ。一々突っかかってきやがって」
「それが気に食わねぇってんだよ!ラッキーだけで賞賛されまくって、俺には褒めの一言も無かったんだぞ」
「だからって俺にあたってくるのはおかしいだろうが。悔しかったら自分の実力でも伸ばしてこい」
そう言って彼を横切り家に帰る。
後ろからでも彼のものすごい憤りは感じた。
家に着いてから後悔した。
言い過ぎたかもしれない。ラッキーだけでイキがりすぎたかもしれない。
だが、俺が最近調子が良いのにはとある理由がある。
途端に頭が痛くなってくる。
…あれが足りない。
「う、頭が…かち割れそうだ…」
頭痛は痛みを増し、体が言うことを聞かない。
あれを…
ベッドに隠しておいていた注射器を取り震える手で腕に刺す。
プランジャーを本能的に押し込む。
瞬間、脳にえげつない快楽が雪崩のように押し寄せる。
頭痛も一切無くなり、力が抜け涎を垂れ流しにする。
力が不思議と湧いてくる、なんでも出来る気がしてくる。
これが辞められない。俺はドーピングをしている。それも国家で禁じられている強力な物を。
俺がドーピングを始めたのはつい最近の事だった。最初は一回だけと興味本位で始めたが、気づいた時には辞められなくなった。ダメなのは解っているが本能には抗えない。
そして全国大会を翌日に控えた。
朝、俺はいつも通りに登校した。
ふと上に気配を感じ目をやると、屋上に人が立っていた。
「っおい!危ねぇぞ!」
そいつには聞こえてない。俺は急いで屋上に駆け上り扉を容赦なく開く。
絶句した、屋上にいたのは彼だった。
まさに飛び降りようとしている瞬間だった
「お、おい…早まんなよ」
彼は涙を流していた
「…なんで俺は!死ぬ瞬間もてめぇに見られなきゃいけねえんだよ!」
言葉を失った。
「もう、限界なんだよ…何もかも、俺に生きてる資格なんて無いんだよ」
「何言ってんだ!人が軽々と死んでいいわけないだろ!」
「全部お前のせいなんだよ!俺の全てを持っていきやがって」
「だから俺は今日、お前に謝ろうと思ってたんだ」
「もう、遅せぇよ」
彼は目をつぶりそっと下に向かって倒れる。
時が止まったみたいに俺は動けなかった。
どさっ…
落ちた。落下の瞬間はごく短いはずなのに俺には数時間も長く感じた。
「…」
自然と涙が零れた。ずっと慕っていた友達を仲直りしないまま失った、
「キャーーー!」
下の方で悲鳴が聞こえた。
屋上に近づいてくる足音がした。
「おい!何があった!」
複数の教師だった。
俺と目が合うと俺の気持ちを察したように優しい声に変わった。
「あいつが…飛び降りたのか?」
「…はい。」
「嘘はついて無さそうだな。辛かったな、」
「……はい。」
慰めの言葉が俺を更に追い込む。
全国大会を翌日に控えた今日、友達が死んだ
俺も死にたくなった。俺のせいだ。
学校はいつも通りに始まった。
何一つとして集中出来ないまま一日が終わった。
家に帰るや否や母が震える声で話した
「あの子大丈夫!?飛び降りたんでしょう」
その話は絶対にされると思ってはいたが、色々と絶対に掘り返しては欲しくなかった。物凄い怒りを覚えた。それは母に向けられた
「うるせえんだよ!その話は二度とすんな!」
「あ……ごめんなさいね。ご飯、出来てるわよ」
「ちっ…」
よりによって晩飯は俺の大好物のトンカツだった。
「明日、全国大会頑張ってね」
「…うん…」
勢いに任せて母を怒鳴ってしまった。謝ろうとしたが出来なかった。
好物のはずなのに喉には通らなかった。トンカツを残したまま
自分の部屋に戻った。
深く深呼吸をして失っていた自分を取り戻した。
ズキン
とまた、頭痛を感じた。
「また…だ」
再び酷い頭痛に襲われた。
どうしようもない痛みにただ悶絶するだけだった。
そして無意識の内に俺の手には注射器が握られていた。
「はぁ…はぁ…」
一瞬これを刺すか悩んだが、酷い頭痛のせいでその気持ちは吹っ切れた。
注射器を腕に突き刺す。
脳に快楽的な刺激が流れる。
今までの悩みも吹き飛びそうだ。
「まだ、足りない…」
俺はありったけの注射器を何本も何本も刺す。
飛びそうだ。全てがどうでも良くなる
俺はこれまでの悩みを一瞬で解決させたように感じた。
しばらく落ち着いてから明日に備え就寝した
そして全国大会が始まった。
母との仲直りは出来ずにいたが俺は昨日のあれのおかげで頗る調子が良い。
初戦が始まろうとしていた。
「えー、みんな知ってると思うがキャプテンは昨日残念なことに亡くなってしまった。だが、彼の意志を受け継ぎ必ず全国制覇を目指そう!」
「おおーー!」
みんな思いっきり叫んだが、みんな心の中では乗らない気持ちがあることが分かる。
試合が始まった。
最初からバッターは俺に任された。
俺は大量のドーピングのおかげか自信に満ち溢れていた。
ピッチャーからボールが勢いよく投げられる。
思いっきり振ろうとした時、ふらっと目眩がしてきた。
視界がぼやけ、力が入らない。
途端に地面にばたっと倒れた。
意識が弱っていく。泡を吹いた。
視界が無くなる中で、チームが俺に必死に声をかけているのがわかる、走馬灯のように今までの記憶が光の速さで巡り巡る。
俺は悟った。
自分がしたことの重大さに気づいた、
なぜあんなことをしたのか。みんなの人気者は今やただの犯罪者だ。
(…地獄に行っても許してもらえるかな)