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2.春の訪れ

 馬鹿なことだと呆れられるかもしれない。


(でも冷たくされるのは慣れているわ……)

 アルエットは真っ直ぐに見つめてくる青年の視線から逃れるように目を伏せた。


「……痛みが、引いた」

 そう呟いて、青年は困惑したように眉根を下げる。


「つらいのは君の方なのに、俺が慰められてしまったな」

 苦笑いする彼を見て、初めて誰かの役に立てたことが嬉しくなり思わず笑みがこぼれる。


 ひっこめた掌に彼の体温がわずかに残っているのに気がついて、なぜか心臓の音が速くなった。


「視力はどうにもならないが、君のおかげで痛みへの対処方法は見つかった。誰かに触れてもらえばいいのだな」

 眼帯を指先で撫でた青年は、思い出したかのように膝に乗せていた本を開く。


「片目だけはちゃんと機能しているから、不便はないのだが。この本、なかなか面白かった」

 青年はパラパラと本のページをめくってみせた。


「さ、最後まで読んだんですか?」

 アルエットは目を丸くする。


 大衆で流行っているらしい女性向けの恋愛小説なのだが、男性が読んでもおもしろいものなのだろうか。


「なかなか興味深かった。君も読んだら感想を聞いてみたい」

 それは、また会ってくれるということだろうか。


 アルエットの心臓が再び跳ねた。嬉しくなって思わず顔が熱くなる。


「では、また明日もここに来ます。えっと――」

 青年の名を呼びかけようとして、知らないことに気づいて口をつぐむ。身分を明かすことはお互いにできない。


 すると彼はそんなアルエットの心中を察したのか、微笑を浮かべた。黙っていると眼帯の存在もあって冷たい印象があるのだが、表情が少しでも柔らかく変わるとアルエットの心に光が灯ったように温かくなる。


「では、俺のことはセヴランと呼んでくれ。この本に出てくる男の名だ。君は――」

 そう言って青年は膝に乗せたほんのページをめくり、手を止めた。


「リエル。泣き虫で、いつも独りぼっち……」

 そこで言葉を止めたセヴランは左目でちらりとアルエットを見た。


「わ、私は泣き虫なんかでは……」


「この本の主人公のことだが」

 セヴランにそう言われて、アルエットはかあっと顔を赤くした。


「わ、わかっています、けど……」

 アルエットは言い淀んで目を逸らした。


「だが、君はとても優しく、信じられないほど純粋だ」

 セヴランの低音の声が耳にくすぐったくて、ドキドキと高鳴る胸の音が彼に聞こえてしまうのではと焦った。


「こんなに心が安らいだのは初めてだ」

 彼の言葉にアルエットは返す言葉が見つからずパクパクと唇を動かす。


「私なんて……」

 自分を否定しようとして言葉を止め、アルエットは思い切って首を横に振った。


「ありがとうございます、セヴラン……」

 鼻の奥がつんと痛くなり、視界がぼやけた。


 涙が溢れそうになるのをこらえて、アルエットは微笑んだ。 


 昨日出会ったばかりの青年は、アルエットの存在を認めてくれている。片方しかなくなってしまった美しい瑠璃色の瞳で、とらえて離さない。


「また明日会おう、リエル」

 そう約束してセヴランは目を細め、アルエットに本を手渡してきた。


 まだ冬の寒さが抜けきらない。しかしアルエットの心には温かい可憐な花の蕾がほころび始めていた。



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