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亡国の王女は敵国の隻眼皇太子の独占愛に囚われる  作者: 宮永レン
第九章

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2.冴ゆる星の輝き

「この女の入場を許した者は誰だ?」

 フェザンが立ち上がり、周囲に声をかける。


「あ、あの、彼女は私の婚約者で……どうしても出席したいというので同伴を……でも、その、デルフィーヌという名前では……」

 色白の痩せこけた貧相な容貌の男は戸惑いの表情を浮かべ、デルフィーヌの隣でおずおずと肩の高さまで手を挙げる。


「パトリエール子爵。ここまで連れてきてくださってどうもありがとう。でも婚約者というのはいただけないわ。私はフェザン皇太子殿下の婚約者になるんですもの」

 ぱらりと扇子を開いて、デルフィーヌは目を細めた。


「は? それはどういう……? 君はソレーヌという名前ではなかったのか?」

 子爵は彼女が冗談を言っているのかと思って口の端を緩めて笑ってみるが、デルフィーヌは憐れみを込めた目で子爵を一瞥しただけだった。


 姉の言葉にアルエットも頭を殴られたような衝撃が走って、揺れる瞳を彼女に向ける。


「婚約者にはサリアン王家の娘を所望していると聞きました。それならば長女である私の方がふさわしいのではないでしょうか?」

 デルフィーヌは大袈裟に両腕を広げてみせ、真っ赤な口紅を引いた唇で弧を描く。


「アルエットは何の取柄もなくて陰気な気味の悪い子です。妹のことを悪く言うのは気が引けますが、泣き虫で下を向いてばかりの意気地なしなのです。皇太子妃なんてとても務まりません。それが露呈する前に見捨ておいた方がよろしいかと思って」

 朗々と響く声に、いつしか大広間にいた貴族たちはダンスをやめて、何が起こっているのかと不思議そうに壇上を見上げていた。


 アルエットは膝の上でぎゅっとこぶしを握り、唇を小さく噛む。左手の薬指の瑠璃色の石がデルフィーヌの陰に入って光を失う。


「そんな風に追い詰めたのは貴様だろう?」

 フェザンは眉間にしわを寄せ、凍るような目でデルフィーヌを睨んだ。


「あら。アルエットが何か言いました? この子は虚言癖があるので、ありもしない私の悪評を吹き込んだのだとしたら非常に腹立たしいですわ。殿下は一方の主張だけをお信じになるのですか?」

 デルフィーヌは困ったように眉を寄せ、妖艶な色で縁取った瞳でフェザンを見つめ上げる。


「想像していたよりも素晴らしいお方で、嬉しいですわ。その右目は戦争で傷ついたのでしょうか? せっかく美しいお顔なのに隻眼なのは少し残念ですが――」

 遠慮や気遣いとは縁遠い悪びれない言葉を吐きながら、デルフィーヌは彼の眼帯に触れようと手を伸ばした。


 その刹那、フェザンの手が腰に差していた儀礼用のサーベルの柄に届く。


「お姉さま!」

 白刃が覗くよりも先に、アルエットが声を上げて立ち上がり、デルフィーヌの腕をつかんだ。


「――アルエット」

 フェザンがハッと目を瞠って、自身の手を止める。


「な、なんの真似よ、アルエット?」


「口を慎んでちょうだい。フェザンの気持ちも知らないで……っ」

 自分のことはどれだけ貶されても我慢できた。だが愛する人の心を土足で踏みにじるようなことは許せなかった。


 それに、もしここで刃傷沙汰になったら、舞踏会は中止せざるを得なくなってしまうだろう。そうなればディエルシカ王家の名にも傷がつくかもしれない。


「なによ、えらそうに。あなたは床に這いつくばっている方が似合っているわよ。それともまた鞭で打たれたいの?」

 デルフィーヌは、アルエットの手を払い、もう片方の手に持っていた扇子をパシンと勢いよく下におろして閉じた。


 この人に何を言っても通じない。そう思った途端、急に姉が憐れに思えてしまった。


 大切な家族、大事な場所を、もう奪わせたりしない。


「私にお姉さまなんて、もういないの。戦火に焼かれたはずよね?」

 アルエットの瞳がすっと冷たい光を放ち、それを見たデルフィーヌが頬を引きつらせる。


「突然、何を馬鹿なことを言っているの?」

 デルフィーヌは眉を吊り上げた。


「本当のことを言っているだけ」

 痛みに堪えることしかできなかった過去は、やはりただの過去だ。


 ここで逃げたら後悔する。

 フェザンが隣にいてくれるから、今はもう――大丈夫だ。


 彼の服の袖をきゅっと摘まんでいるだけで、震えていた心が不思議なほど穏やかに凪いだ。


 妹の怯える姿を想像していたデルフィーヌは、落ち着いたアルエットの声に虚を衝かれたようだ。


「は? 私はね、たまたまあの時城にいなかったの。それで助かったのよ。ここに来るまでにどれだけ苦労したことか……」

 嫌悪感を滲ませ、デルフィーヌは扇子をギリギリと握りしめる。


「いいえ。もしあなたが私の姉だというなら、堂々と王宮をお尋ねになればよかったのに、そうしなかったのはどうして? もしかして敗戦国の王女である私が人質として折檻でも受けていると思ったの? 私の姉がそうしたように」

 ゆっくりと深く息を吐き、その翡翠色の瞳に宿る冴え冴えとした光が、まっすぐにデルフィーヌを見据える。


 たじろいだデルフィーヌが無意識に一歩後ろに引き、それに自分で気づいたのか悔しそうに唇を噛んだ。


「だから、様子を見るために招待客としてやってきたんでしょう?」

 思っていたよりも、アルエットが歓迎されているのを見て許せなかったのだろう。プライドの高い彼女の考えは単純でわかりやすい。


 なぜ今まで気がつかなかったのか。虚勢と見栄で固められた姿は崇めるべき太陽でもなんでもない、まがい物の、吹けばすぐに消える光だ。


「お前が、どこでパトリエール子爵と知り合ったか、話してやろうか、今ここで」

 突如響いた低い声は、大広間にいたナルヴィクの声だった。


「ひっ……まさか! そ、それだけは……おやめください、ナルヴィク殿下!」

 それに即座に反応したのは、壇上にいたパトリエール子爵だ。彼は膝をついて頭を下げる。


 それを見た場内がざわつき始めた。


 デルフィーヌは煩わしそうに眉をひそめ、ナルヴィクの方を向いて首を傾ける。


「女。しばらく前から王都に潜伏していたのはお前だったのだな。証人も一人や二人ではないが、連れて来てやろうか? ほくろの数まで覚えているかもしれないぞ」

 ナルヴィクがにやりと笑うと、彼女はたちまち顔を真っ赤にして目を吊り上げた。


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