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亡国の王女は敵国の隻眼皇太子の独占愛に囚われる  作者: 宮永レン
第九章

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1.陽はまた昇る

 雪が降る季節の前、最大の社交の場となる王宮主催の舞踏会の日がやってきた。帝国中の貴族や属州国の代表が一挙に集まる規模の夜会は、滅多に開かれることはない。


 今回は誰もがクライノート帝国の皇太子妃となる女性を一目見ようと、壇上に現れるのを今か今かと待ち望んでいた。


 そんな大広間の雰囲気を感じ取ったわけではないが、アルエットは硬い表情で廊下を歩いていた。


 海のように深く濃いエメラルドブルーのドレスは、裾の部分に純白のレースを重ね合わせたボリュームのあるもので、胸元には細やかな宝石が縫いつけられており、動く度に星空のようきらきらと輝いた。


 二の腕の半ばまで覆っているシルクのグローブの左手の薬指には、サファイヤの指輪が存在を主張するように艶やかな光を弾く。揃いのイヤリングと、大ぶりのダイヤのネックレス、そして結い上げられたストロベリーブロンドの上に控えめながらも燦然と君臨するティアラ、それらすべてがアルエットを今夜の主役たらしめていた。


「そんなに緊張することはない。普段通りの君でいてくれればいい」

 腕をつかむ手に力が入ってしまったのに気づかれて、フェザンがいつもと変わらない怜悧な表情で微笑をくれる。濡れ羽色の髪は軽く後ろに流し、毛先まで隙のない色気を放っていた。


 アルエットは視線を彼に送ってから、その神々しい美しさに胸をときめかせる。


 彼が身に着ける宵闇を思わせる黒の上下には、金糸で繊細な刺繍が施されており、襟と袖口の返し部分には深紅の生地が使われていた。さらに漆黒の片マントにはディエルシカ王家の紋章が刺繍されており、こちらの裏地も深紅で合わせてあった。


 正装に身を包んだフェザンは、すがるような目で見つめてくる婚約者の愛しい表情を、その瑠璃色の左目に映して深い情炎の念を抱く。


「フェザンの隣に立っても恥ずかしくないように、がんばるから」

 その健気な発言に、今すぐにでも部屋に閉じ込めてどろどろになるまで愛し尽くしたいと欲望が膨れ上がってきて、熱を帯びた視線を彼女に送る。


 フェザンの心の内に気づかないアルエットは、彼の力強い瞳に勇気をもらえたような気がして、嬉しそうに微笑む。その砂糖菓子のような笑みに包まれたフェザンは、部屋に戻ったら朝まで彼女を離さないと固く心に決めたのだった。


「今夜ずっとこれを見せつけられるの、私たち……」

 二人の後ろを歩いていたミレイユが、扇子の陰で胃もたれしそうな顔を引きつらせた。


「今夜と言わず、毎日だろ」

 ナルヴィクは妹の反応がおかしくてわざと冷めた口調で答える。


「男の人なんてみんな、頼りなくて、吹けば飛ぶようなか弱い女に弱いのね」


「お前も彼女を見習えば、縁談も成立するかもしれないぞ」


「あれは私が断っているの! お兄さまたちより弱い男なんてこちらから願い下げなのよ」

 ふんとミレイユはそっぽを向いたので、ナルヴィクは肩をすくめた。


 扉の前で待つ衛兵が王族の到着を待って、扉を大きく開けた。


 途端に、ざわめいていた大広間がしんと静まり返り、次の瞬間には王宮楽士のきびきびとしたファンファーレが鳴り響いた。割れるような拍手の中、アルエットたちは用意された壇上に上がる。


 昼間のような明るいシャンデリアの光に目をぱちぱちさせながら、フェザンの隣に立つと、多くの視線がこちらに突き刺さって思わずうつむいてしまった。


「諸君、今宵はよく集まってくれた。我がクライノート帝国は先の戦で新たな領土を得て、ますます強大なものとなった。これもそなたらの力あってこそ。これからも帝国の繁栄のために、力を合わせていくことを願う!」

 ギヨームがそう言うと盛大な拍手が沸き起こる。


「……時に、先日伝えていた通り、我が息子フェザンの婚約者が決まった。元エグマリン国の王女で、アルエット・リュシュ・サリアンだ」

 自身の名を呼ばれたアルエットは、鼓動が一段と大きく跳ねるのを感じた。


 かつての夜会では、誰もアルエットに目をくれなかった。それが一挙に視線を浴びて、足が震える。しかしながら、逃げるのはもうやめると誓ったのだ。


 フェザンに並び立つには、前を向くしかない。


 覚悟を決めたアルエットは深呼吸を一つすると、すっと一歩前に出て自然な動作でドレスを摘まんで、片膝を折り礼をする。なめらかな仕草にその場が、ほうっと感嘆のため息で包まれた。


「アルエット・リュシュ・サリアンです。どうぞよろしくお願いいたします」

 その可憐な笑顔に魅了された人々は、一瞬拍手も忘れて彼女に心を奪われる。


 静まり返った場に不安を感じたのは一瞬で、その後は祝福の言葉と拍手の嵐だった。


 今まで交流のなかった国であり、敗戦国の王女となれば、反対意見もあるかと思っていたのでアルエットは驚いた。もちろん、その後ですぐに喜びの色に塗り替えられる。フェザンの言うように、いつも通りにしていてもいいのだと自信が持てた気がする。


 挨拶が済むと王宮楽士の演奏が始まり、アルエットたちも壇上から降りた。ギヨームとニコールのダンスを皮切りに、アルエットもフェザンとステップを踏み出す。


「上手だな、アルエット」


「そんなことないわ」

 軽やかなステップは、フェザンが踊りやすいようにリードしてくれるおかげだ。


 くるくると回ると幾重もの純白のレースの裾が膨らんで、月の花が開くような美しい形を作った。

 シャンデリアに照らされたアルエットの笑顔がその場で一番輝いていた。


 夢のようだとアルエットは思った。自分だけを見つめてくれる人、しっかりと手を取って離れていかない人――そんな人は一生現れないかと思っていた。死んでしまいたい、そう絶望の淵に立った時もあった。


 これからは一人ではないのだ。家族となって、愛する人と寄り添って生きていける。

 こんなに幸せでいいのだろうかとも思う。舞い上がっていてばかりではいけない。


 晴れた心に薄い雲がかかるように、不安感を覚えるのはなぜだろうか。先ほどから視線を感じて仕方ない。この大広間に入ってからずっと注目されているのだ、みんなが見ているだろう。そう納得しようとしても拭えない胸のざわめきがある。


「誰か、私を見てる」

 そうフェザンに告げると、彼は笑い飛ばそうとしてから彼女が真剣な顔をしていることに気づいて、周囲を素早く見渡した。


「怪しい者はいないようだが。少し休むとするか」

 何曲か踊った後で、再び壇上に戻り椅子に腰かける。


 ホッと一息ついたのもつかの間、今度は二人のもとへ祝いの言葉を述べる貴族達の列ができ始めた。


 こんなに大勢の人間と喋ったのは生まれて初めてかもしれないと思いながら、アルエットは感謝の言葉を繰り返した。それでも祝福されるのは心が温かくなり、座っていることもあって疲れなど感じなかった。


「この度はご婚約おめどうございます」

「ありがとうございます」

 にこりと微笑んで、挨拶した貴族が戻っていく背中を見てから、次にやってきた人物の影が前に落ちたので慌てて向きを変えた。


「え――」

 目が合った途端、背中に氷を当てられたように、アルエットは動けなくなってしまった。がくがくと足が震え、消えたはずの、全身に受けた傷が開くような残酷な瞬間を感じる。


「元気そうね、アルエット」

 じりじりと肌を焼くような痛い視線が突き刺さり、アルエットは顔を歪めた。


「デルフィーヌ……お姉さま……」

 太陽のように輝く金の髪、美しい化粧、自分の魅力をあますところなく主張する大きく胸元の開いたドレス姿、どれも以前見た時と変わっていない。


 戦争で亡くなったのではなかったのだろうか。

 まさか亡霊となって、アルエットの未来を阻みに来たのだろうか。


「アルエット。まさかこの女が?」

 隣からフェザンの声がしたにもかかわらず、どこか遠い出来事のように思えてアルエットは何も答えられなかった。耳鳴りがして、目の前が暗くなっていく。


 フェザンにも見えているならば、亡霊ではない。

 デルフィーヌは生きていたのだ。

 太陽が現れたら、星は消え失せる――。


「フェザン皇太子殿下。お初にお目にかかります、デルフィーヌ・アミラ・サリアンです。やっとお会いできて嬉しいですわ」

 蒼白のアルエットからフェザンに視線を移し、デルフィーヌは法悦した笑みを浮かべて挨拶の言葉を口にした。


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