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亡国の王女は敵国の隻眼皇太子の独占愛に囚われる  作者: 宮永レン
第八章

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5.ベリーのタルト

「王女として責任を果たすと言って、妹は望まぬ結婚にもかかわらず嫁いでいきました。その後、父が疫病で命を落とし、私の兄が即位しました。そんな時に一度だけシルヴィから手紙が届きました。娘が生まれた、と。名前はアルエット。元気いっぱいに泣いて、とてもかわいらしく、たった一つの宝物だとつづられていました」

 母がそんな風に伝えていたことが嬉しくて、アルエットの瞳が潤む。


「ですが産後の肥立ちが悪く、もう子は望めない体になったと。エグマリン王は男児がほしかったようで、それを責め、態度も冷たくなった……正妃からは疎まれ、嫌がらせを受けている、もうここにいるのは限界だと書かれていました。アルエットを連れてイブラントに帰りたい、と」


「そんな……母もつらい目に遭っていたのですか……」

 いつも明るい笑顔の記憶しかない。娘に心配をかけないようにつらい気持ちをずっと隠していたのだろう。


「今となってはもう後悔しても遅いのですが、本当に私は愚かでした。妹には、我が国の為に辛抱してくれと返事をしてしまったのです。それ以来手紙が来ることはなく、シルヴィが亡くなった時も葬儀などがすべて終わった後でした。アルエットはどうしているのか、引き取らせてもらえないかと相談をしましたが、聞き入れてもらえませんでした。利用できるものはすべて利用する、それがエグマリン王の考えだったのです」


 その手紙のやりとりの後、エグマリンからの援助もぱったり止められたという。そんな時にクライノート帝国から属州国となることを打診され、イブラント国はそちらにつくことになったそうだ。


「まさかこんな形でエグマリンにやってくるとは思いませんでしたが……、ようやくシルヴィの墓参りに行くことも叶いました」

 墓地は王都のはずれにある。そこは戦火を逃れたのかとアルエットはホッとする。


「私も花を手向けに行ってもいいでしょうか? フェザンと結婚することを母に報告したいのです」

「もちろんです――ああ、本当に声も面立ちもシルヴィによく似ていますね。あの頃が懐かしい」

 クリステンは泣きそうな顔で目を細めた。


「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」

 アルエットがはにかんだところで、エグマリンの侍女がやってきて、紅茶を淹れる。琥珀色の液体から柔らかな湯気が立ち上っていた。


 その横に置かれた白い皿には、ラズベリーやブラックベリーとブルーベリーで飾られたタルトが乗っていた。雪のように繊細な粉糖が上品にかけられている。


「ベリーのタルト……」

 アルエットがぽつりと漏らすと、「私が作りました」とポーラが笑いかけてきた。


「え?」


「イブラント国には王族であろうと我が子の誕生日に親が菓子を作ってお祝いするという習わしがありまして、シルヴィも同じようにこちらでタルトを焼いていたそうですね」

 クリステンが瞳を潤ませながら微笑んでみせる。


「どうしてそれを――」

 ハッとしたアルエットは、思わずフェザンの方を向いた。


「お、覚えていてくれたの?」

 ミスダールで好きなものを伝え合ったあの日、アルエットは好きな食べ物に母が作ってくれたベリーのタルトと答えていた。


「ああ。もしかして祖国の者なら知っているのではないかと思い、可能なら用意してほしいと伝えておいたのだ」

 フェザンは軽く首をかしげてみせ、笑みを添える。


「ありがとう……」

 涙腺が緩むのを感じ、外交の一環でもある公式の場所で不用意に泣いてはいけないと、唇を引き結んで耐える。


「これは王母さま、つまりあなたのおばあさまに教わったレシピなのです。おそらくシルヴィさまも同じレシピで作っていたはずですが、お口に合わなかったらごめんなさい」


「い、いえ。いただきます」

 アルエットはドキドキしながら、タルトにフォークを入れた。


 ベリーがこぼれないようにそっと口に運ぶと、舌の上でアーモンド風味のカスタードクリームの甘さとベリーのほどよい酸味が混じり合って溶けていく。さくさくの控えめな甘さのタルト生地と相まって、当時の温かな記憶が脳裏によみがえる。


「ああ……母の作ってくれたものと同じ味です。ありがとうございます」

 二度と味わうことはできないと思っていた。さらに一口、タルトを味わうと視界が滲んだ。


 もはや堪えることはできなかった。アルエットの新緑色の双眸から涙が溢れ、頬を伝い落ちていく。

 アンディオ公爵夫妻はホッとしたように顔を見合わせ、ほろりともらい泣きしていた。



 翌日、母の墓前にこれまでのことを報告したアルエットたちは、クライノート帝国への帰途についた。今回は念のためエグマリンからの護衛とエゼル国の護衛が、領地に入るまで交代で随従してくれたが、物騒なことに巻き込まれることなく戻ることができた。


「もうすぐ王都ですね。そろそろ起こしてさしあげたほうがよろしいでしょうか?」

 ジゼルが、隣に腰かけているレオニートに密やかに声をかけた。


「お二人とも疲れておられるようですし、まだいいんじゃないですか」

 レオニートはほくほくと満面の笑みを浮かべて、声に嬉しさをにじませる。


「尊すぎて、拍手喝さいしたい気分ですけど」


「それはやめておきましょうね」

 ジゼルはくすくすと声を抑えて笑った。


「本当によくおやすみです。お二人とも、同じ夢を見ていらっしゃるのでしょうか」

 二人の従者の瞳には、主が互いに頭を寄せ合い、穏やかな笑みを口元に浮かべてぐっすりと眠るほほえましい様子が映っていた。


 意識せずにつないでいたアルエットとフェザンの手は、王宮に到着し馬車を降りても離れることはなかった。


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