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4.血縁者

 数時間後、馬車はいよいよ王都のあった場所へ到着し、いやというほど見覚えのある城に辿り着く。城壁は焼け焦げていて、見れば数人がかりで修復作業が行われているようだった。


「エグマリンは国ではなく、ディエルシカ王家の所有する土地の一部となっている。現在は信頼のおける者にその領主を務めてもらっている状態だ」

 フェザンが馬車を降り、アルエットの手を取りながら教えてくれた。


「イブラント国の王弟で、クリステン・アンディオ公という」

 その国名を耳にした時、アルエットの足が止まった。


「それは――」


「一度も会ったことはないだろうが、君の伯父に当たる人だ」

 母親の旧姓はアンディオ、出身国はイブラント国。それ以上のことは何も知らなかった。


 イブラント国はエグマリンとも交流があったが、母が亡くなった後はどうだったのかはアルエットにはわからない。


「私の伯父……?」

 母はあまり故郷の話はしてくれなかったし、幼かったアルエットも目の前の遊びに夢中で国のことは気にしたこともなかった。


「今日アルエットが一緒に来ることを伝えてある。先方は顔が見たいと言っていた」

 ずっと天涯孤独だと思っていた。だから母の親族に頼ろうという考えはなかった。


「私も……会ってみたい」

 アルエットはぽつりとつぶやいた。


「それならよかった」

 フェザンはアルエットに腕を差し出し、華奢な手が添えられたのを確認して歩き出す。


 城の前で待機していた従者が、アルエットたちがやってくると恭しく頭を下げた。


「お待ちしておりました。道中有事に見舞われたと早馬の知らせを受けておりましたが、ご無事のご到着で何よりでございます」

 その声にアルエットは聞き覚えがあった。


「あなたは……」

 アルエットが口を開くと、その男はびくっと肩を揺らして、その場に突然膝をつき、叩頭した。


「アルエット王女殿下! サリアン王家の最後の一人として責任を果たされたこと、深く感銘を受けました。今まで無礼を働いてきた我らまでお救い下さり、本当になんと感謝の言葉を並べても足りないくらいです。今後は、帝国の命をあなたの命だと思い、全力で尽くしてまいる所存でございます!」

 間違いない、ミスダールにアルエットを迎えに来た父の側近だった男だ。


「あの……私は大丈夫ですから。顔を上げてください」

 そう声をかけると、男はハッとしたように立ち上がり、再び頭を下げた。


「申し訳ありません。すぐにお部屋に案内いたしますっ」

 急かしたつもりはないのだが、男は慌てたようにアルエットたちをアンディオ公爵の待つ部屋に案内してくれた。


 数か月前まで暮らしていた城に、今は客として訪問する。なんだか不思議な気分だった。見た目は特に変わった様子はないように見えるが、どことなく雰囲気が和らいでいるように思えた。


「こちらでお待ちください」

 用意された部屋は応接室の一つだった。大きなテーブルと、向かい合わせにどっしりとしたソファが置かれている。


 フェザンとアルエットがそこに腰かけ、レオニートとジゼルは入り口に控える。

 伯父がどんな人間なのか、少し緊張しながら奥の扉が開くのを待った。


 ほどなくして、二人の人物が部屋に姿を現す。一人は明るい赤毛の壮年の男性で、もう一人は彼と同じくらいの年齢の金髪の女性だ。どちらもアルエットが初めて会う人間だった。


「ようこそおいでくださいました、フェザン皇太子殿下。そちらが……アルエット・リュシュ・サリアン王女殿下でしょうか?」

 ソファまでやってきた二人はそれぞれ頭を下げて礼を取る。合わせてアルエットたちも立ち上がった。


「そうだ。今日はよろしく頼む」

 フェザンが右手を差し出し、相手と握手を交わす。


「は、はじめまして。アルエット・リュシュ・サリアンです」

 アルエットは緊張しながらドレスの裾を摘まみ、礼の姿勢を取った。


「クリステン・アンディオです。こちらは妻のポーラと申します。どうぞおかけください」

 そう促された二人は改めてソファに腰かけ、向かい側にアンディオ公爵夫妻が座るのを待つ。


「早速だが、エグマリンについて、だ。今の時点で何か問題はないか?」

 フェザンが尋ねるとクリステンは首を横に振った。


「復興計画や税の軽減、王宮内の人事など、皇帝陛下が先に土台を構築してくださったおかげで、大きな混乱もなく順調だと各地からも報告をもらっています」


「そうか。なにもかも準備したわけではない、まとめ上げたのはアンディオ公のお力だろう。ここへ来るまで通ってきた町の人々も落ち着いて生活ができている様子だった。今後も彼らのことをよろしく頼む」

「もったいないお言葉でございます」

 クリステンは隣に座る妻と共に深く頭を下げた。


 それからいくつかの確認事項のやりとりを交わし、ひと段落ついたところでフェザンがアルエットの方を向く。


「君も何か話したいことがあれば言ってくれ」

 そう言われて、アルエットはためらいがちに尋ねた。


「フェザンはアンディオ公が私の伯父と知って、領地の管理を依頼したの?」


「それは偶然だった。イブラント国はクライノート帝国の属州国の中で勢力が大きくない方だ。国力のある所には権限を与えたくなかったから、そこの王弟として帝王学を学び、身分も人柄も信用に足る人物と判断してアンディオ公を器用した」

 フェザンがそう言うと、クリステンは謙遜してか微苦笑を浮かべてみせた。


「あとで調べてみると君の母親の兄だとわかった。それでアルエットのことを知っているか聞いてみたんだが、それは俺の口からというより、自身に説明してもらった方が早いだろう」

 フェザンが促すと、クリステンは居住まいを正し、アルエットを真っ直ぐに見つめてきた。


「十数年前まで我が国はエグマリンと交流があったのです。夜会にも招待されたこともあり、シルヴィが出席することもありました」

 シルヴィとはアルエットの母の名前だった。その名を耳にするのは何年ぶりだろうか。


「そこで妹はエグマリン王の目に留まったようです。ちょうどその頃、我が国は度重なる自然災害や疫病の流行により、甚大な危機に陥りました。国庫を投げうっても経済状況は上向くことのない苦しい状況で……。エグマリン王は資金援助する代わりに、シルヴィを第二王妃にと提案してきたのです」

 クリステンの顔には苦々しい思いが滲み出ていた。


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