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亡国の王女は敵国の隻眼皇太子の独占愛に囚われる  作者: 宮永レン
第七章

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3.それぞれの王女(ナルヴィク視点)

 いつになく王都がにぎやかだった。それもそのはずで、フェザンがアルエットと婚約したことが正式にディエルシカ王家から公に発表になったのだ。


 

 大衆紙は号外を出し、戦神のような皇太子の心を射止めたのがいったいどんな女性なのか、来月開かれる王宮の舞踏会で明らかになるだろうと書かれていた。そこでは国内からはもちろん属州国の代表を招待する予定になっている。


「隊長、おめでとうございます!」

 朝から何度聞いたかわからない言葉を耳にして、ナルヴィクはうんざりしていた。


「別に俺が結婚するわけじゃない。さっさと職務につけ」

 煙たそうに雑に返事をし、ナルヴィクは立ち上がる。


「見回りをしてくる」

 王都の一角にかまえた堅牢な建物は、クライノート帝国騎士団・王都守護部隊のものだった。その扉を開けて外へ出た彼は、抜けるような青空の色に目を眇める。目線をずらせば王都に住まう人々の快活な声、明るい笑顔に溢れていた。


 守護部隊はそれらを守るための最後の砦だ。ナルヴィクがここに就任したのは半年前。

 それまでは騎士団の中でもルオレスという精鋭部隊に所属していて、フェザンと共に他国との戦いに赴いていたこともあった。


 だが、戦果を収めたと思っても、いつも上を行くのはフェザンだった。それを年が下だから仕方ないと慰められたり、あなたも素晴らしいですとついでのように褒められたりするのがいやだった。自分はどうせ兄の予備でしかないのだと考えるようになった。誰もナルヴィク自身に期待はしていない。


 フェザンが病で失明した時、もう戦場に行けないのではないかと周囲から危惧され、ナルヴィクを皇太子に据えて王家の威厳を保つべきではないかとの声がちらほらと挙がった。


 もしかしたら兄を越えられるかもしれないと思ったのに、フェザンは自信に満ちた顔で療養先のミスダールから帰還した。視力が戻ったわけではなかったが、張りつめていた細い線のような空気は消えていて、ただ力強く前だけを見ていた。ナルヴィクの存在などまったく歯牙にもかけずに。


 それで兄には勝てないとはっきり感じた。フェザンの復帰を喜ぶ王宮の空気に耐え切れず、ルオレスを除隊して王都守護部隊に籍を置くことにした。少しでも王宮から離れていたかったのだ。


「変わりはないか?」

 ナルヴィクは薄汚れた木の扉を開け、いつもと同じ日陰の臭いに包まれた店に足を踏み入れる。


「いらっしゃい、隊長。おかげさまで」

 カウンター越しに店主が笑いかけてきた。


「先月の騒動以来は平和なもんですよ」

 言わずもがなナルヴィクがアルエットを大金で買った日のことである。


 彼は自嘲気味に笑って扉を閉めた。


 華やかな王都の陰で、貧しい生活を余儀なくされている者も存在する。それは平等に、どこの国にもあった。日銭労働をしている者、家のない賤民、定住しない流れ者、この貧民窟にはそういった人間が自然と集まってくる。


 一見治安が悪そうにも思えるが、彼らはその生活で満足している者もいるし、同輩の人脈のようなものがあって悪さをすればすぐにここへ情報が持ち込まれるようになっていた。


 「何か飲みますかい?」

 カウンターの席に腰かけたナルヴィクに店主はにっと笑う。開いた口から何本か歯が抜けているのが見えた。


「いや、いい。今日はまだ職務中だ」

 他にも回らなければならない場所がいくつもある。


 「……それにしても、昼間からお盛んだな」

 ナルヴィクは呆れたように、ついと視線を天井に向けた。


 防音など期待できない古い建物は、どんな音も筒抜けだ。上階から響くベッドの軋む音に混じって女の甲高い声が漏れていた。


「まさかまた何も知らない女性を騙して、連れ込んでいるんじゃないだろうな?」

 妓楼のような施設は他の場所にもあるが、ここで部屋を間借りして商売をする女もいるというのは、ここへ見回りに来た初期のころに店主から教えてもらった。本人の意思ではない場合は確実に犯罪に当たるにしても、無許可の場所でのそういった商売もグレーだ。


「姫なら、心配ないです」

 店主は慌てて首を振った。


「姫?」

 眉をひそめると、他のテーブルの客がにやにやと口元を緩めている。


「ああ。少し前に来た私娼なんです。大金がいるからなんでもするって言うんで、実入りのいい仕事を紹介したらあの通り。ここで姫の相手してもらった奴がいないってくらい」

 店主は上階を指さす。


「酒に酔うと、自分は王女だとか泣き喚くんでちょっとめんどくさいですが、金を見せればコロッと懐く。そんな人間が王女だなんて誰が信じます? まあ姫って呼ぶと機嫌よくサービスしてくれるんで、みんな姫って呼んでるんです」


「たしかに……そうだな」

 ナルヴィクは二人の女性の顔を思い浮かべて、引き気味に目を細める。


 ミレイユなら習得済みの体術で男を返り討ちにしそうだし、アルエットはめげずにまた子守唄を歌うから見逃してくれとか言い出しそうだ。


「今は誰の相手を?」

 そう尋ねると、店主はすっと目を逸らした。


「ああ……それは、まあ、顧客の情報は守らねえと……こっちも信用ってもんがありますからね」

 歯切れの悪い言い方にナルヴィクはピンときた。


 恐らくどこか名のある貴族なのだろう。どうやってここへ誘導したのかは知らないが、妓楼よりも時間や対応に融通が利く無許可の私娼がいいという人間もいるらしい。


「問題は起こすなよ」

 本人が納得しているというなら、どういう形で稼ぎを得るかは自由だ。


「隊長が見回りに来てくださるようになってから、この辺りも静かになりましたよ」

 席を立つと、店主が安心したように頭を下げてきた。


「別に、当たり前のことをしているだけだ」


「いつも気にかけてくださってありがとうございます」

 店主の言葉が扉を開けて外へ向かうナルヴィクの背中に温かかった。


 誰かに必要とされている、それが実感できただけでも今の職務についた甲斐があるというものだ。


「お兄さま!」

 噴水のある広場を通りかかると、どこにでもある白いブラウスに浅葱色のワンピースを着た若い女性が声をかけてきた。


「ミレイユ。おまえ、正体隠す気ないだろう」

 ナルヴィクは肩をすくめてため息をついた。


「平気よ。今まで誰にも気づかれたことないわ」

 ベンチに腰かけてミレイユはスカーフを被り直す。


「それにしても、最近こちらに来過ぎじゃないのか?」


「だって、王宮にいるとお義姉さまの姿を見かけるんだもの」

 朝食の席は仕方ないにしても、フェザンと一緒に仲睦まじく庭園を散歩したり、離宮にある図書館へ赴いたりしているのが目につくのだという。


「アルエット王女のどこが気にくわないというんだ」

 ナルヴィクはミレイユの隣に腰かけて、腕を組んだ。


「フェザンお兄さまがいなかったら何もできないに決まっているわ。守られてばかりの弱い女って一番嫌い。全然皇太子妃になんてふさわしくない。私はもっとこう……周りを黙らせてしまうような凛然とした強い人がいいと思うの」

 ミレイユは唇を尖らせる。


「身近にうるさいやつがいるから、げんなりしたんじゃないのか」


「どういう意味よ! はぁ……あの時、ナルヴィクお兄さまがお義姉さまを横取りしちゃえばよかったのに」


「そんなことしていたら、俺は今頃ここにいない」

 容赦のない冷酷な隻眼を思い出して、血の気が引いた。


「でもまあ、今度の舞踏会にはたくさんのお客さまがいらっしゃるわ。みんながお義姉さまをどう評価するか見物ね」


「……期待通りの展開になればいいな」

 ナルヴィクは目をつぶって妹への反論を放棄することにした。



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