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3.面倒な弟妹

「なぜ、お前がここにいる?」


「それはこっちの台詞だ。俺がどこで何をしようと兄上には関係ないだろう」

 ナルヴィクは眉間にしわを寄せてフェザンを睨み返す。


「アルエットが王宮から逃げ出したというから探しに来てみれば、よりにもよって部屋に連れ込んだ男がお前だとはな」

 フェザンは失望のまなざしを向け、ため息をついた。


「皇族がこんな所で女を買うなど情けない。お前はアルエットを王女だと知って事に及んだのか?」


「ちょっと脅しただけだろ。女一人でこんな所に迷い込んだら危険だってことを――は? 王女?」

 ナルヴィクは肩をすくめて面倒くさそうに答えた後、ぎょっとしてアルエットを凝視した。


「エグマリン国の第二王女、アルエット・リュシュ・サリアン。俺の婚約者だ」


「本当に?」

 ナルヴィクに問われて、アルエットはこくりと頷いた。


「なぜ、それを先に言わないんだよ」

 ナルヴィクは前髪をかき上げて呆れたように言う。


「ミレイユにお忍びで出かけようって言われたから、正体がばれてはいけないと思って……」


「で、置いていかれたわけか。あいつらしい陰険な歓迎だな」

 はあ、と大きなため息をついた途端に胸ぐらをフェザンにつかまれたナルヴィクは、口元を引き結び、次の瞬間に噴きだした。


「兄上がそこまで必死な顔するの、初めて見た」

 おかしそうに笑うその頬めがけて素早く繰り出された拳を片手で留めたナルヴィクは、するりと身をかわして、彼の手を振り払うとベッドから降りて立ち上がる。


「そんなに大事なら首輪でもして繋いでおけよ」

 上着を掴んだナルヴィクはそう吐き捨てた。


「ナルヴィク……っ」

「帰って寝直す。アルエット王女の子守唄でも思い出してな」

 すっと細めた瞳は挑発的で、フェザンは弟めがけて腰の短剣を抜いて投げつけるが、閉じられた扉に深々と刺さっただけだった。


 その足音が遠ざかるのを聞いて短く舌打ちしたフェザンは、アルエットの方へ向き直る。


「フェザン……」

 アルエットはなんと言っていいかわからず、彼の名前を呼ぶだけで精いっぱいだった。


 情報量が多すぎて、軽く頭の中が混乱している。


「わかっている。アルエットが逃げ出すわけがない。部屋に君の姿がなかったから侍女を問い質したらミレイユと共に皇都へ出かけたと。妹は君が逃げたと言っていたが、そうではないのだろう?」


「ち、ちがうわ。気晴らしに外に行こうと誘われて……急にミレイユがいなくなったの。どうしたのか心配で……彼女は無事なの?」

 アルエットが眉根を下げると、フェザンはベッドに片膝をついてぎゅっと抱きしめてくれた。


「とっくに王宮に戻ってきている。それより、君は……」

 フェザンの声には後悔の色が滲んでいる。


「私は大丈夫よ。ナルヴィク皇子に、眠ったら帰っていいと言われていたのだけど、タイミングがつかめなくて」


「そうではなく――」

 腕の力を緩めたフェザンの目線が落ちた。アルエットは服が乱れたままなのを思い出して慌ててボタンを閉める。


「だ、大丈夫だから。ちょっと脱がされかけただけで、それ以上のことは何もしていないわ」

 懸命に伝えると、フェザンが扉の方を睨む。すでにナルヴィクの姿はないが、その瞳は静かな怒りで燃えていた。


「戻ろう。あいつらには金輪際アルエットに近づかないように言っておく」

 横抱きに体を掬い上げられて、慌てて彼の体にしがみつく。


「私は何ともなかったから、気にしないで。王都を自分の足で見て歩くのは楽しかったし、ナルヴィク皇子も話せばわかる人だったし、二人を責めないであげて」

 自分のせいでフェザンの兄妹の仲に亀裂が入るのだけはいやだった。家族でもない自分のせいで、今まで築いてきた繋がりを断ち切るなどあってはならない。


「俺の気持ちは無視か――」

 宿屋を出て、抱きかかえられたまま外へ出たアルエットはフェザンの呟きにハッとした。


「ミレイユの策略だろうと思っても、ほんの少しだけ不安だった。もしかしたら本当に俺が嫌で逃げたのかもしれない、と」

 風が吹いて前髪に隠れてしまった瞳はどんな色をしているのかわからない。


 フェザンを傷つけてしまった――。

 ぎゅっと胸が締めつけられる。やはり自分はだめな人間だとアルエットは泣きたくなった。フェザンの為に生きようと決めたのに、彼の欲しい言葉が出てこないなんて。


 いや、ちがう。迷惑をかけたくなかったから、彼の手を煩わせたくなかったら、心配をかけたくなかっただけだ。


「ごめんなさい……探しに来てくれてありがとう」


「アルエットは優しすぎる。もう俺の断りなくいなくならないでくれ」

 フェザンは苦笑した。


「これからはそうするわ」

 かえって余計な仕事を増やしてしまったことを反省して、アルエットは用意された馬車に静かに乗り込んだ。


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