3.新しい朝
目覚めた時、自分の置かれている状況がすぐには把握できず、アルエットは何度か瞬きと深呼吸を繰り返した。
「フェザンの匂い……」
枕に顔をつけて彼のつけていた清涼なフレグランスの香りを吸い込むと、胸がくすぐったくなる。
昨夜までの記憶がようやく呼び起こされ、アルエットはゆっくりと起き上がろうとしたが、生まれたままの姿で部屋をうろつくわけにはいかない。
隣にいるはずの愛しい人の温もりがすでに消えていることで、少しだけ心細くなる。
掛け物をぎゅっと掴んで肩まで引き上げながら、これからどうしたらいいのか思案していると、部屋の扉が開く音がした。
「起きていたか、アルエット」
フェザンだった。彼はまっすぐにアルエットの枕元にやってくると、手を伸ばして頭を優しく撫でてくれた。
「お……はよう、フェザン」
瞬きしても星のように消えたりしない。
「夢じゃないのね」
そう呟くと、彼がふっと頬を緩めた。その整った美貌が近づいてアルエットの呼吸を一瞬止めた。柔らかな唇が重なり、鼓動が喜びで踊る。
一度閉じた瞼をかすかに開けば、怜悧な瑠璃色の瞳と視線が絡み合い、空気が熱を帯びる。
「アルエット、寝起きの君もかわいい」
枕の上に波打つピンクブロンドを長い指に絡ませながら再び口づけられ、鼓動が加速した。
情熱的なキスをそのまま甘受していると、部屋の入り口辺りから大きな咳払いが響く。アルエットは驚いて目を見開いた。
「フェザン殿下。婚約者様に朝のご挨拶をなさっているところ恐れ入りますが、私たちにもアルエット王女殿下のお世話をさせていただけないでしょうか?」
よく通る年配の女性の声に、フェザンが長いため息をつきながら体を起こす。
「少しは配慮しろ。山のような公務をこなす前に、アルエットの美しい姿をこの目に焼きつけておきたかったのに――」
「ご公務を終えてから、存分にお二人でのお時間を設けられたほうがよろしいかと」
年配の女性はにこりと上品に微笑んだ。
フェザンは不満そうに目を細めたが反論はしない様子だ。
アルエットはなんと言っていいのかわからず、ただ赤くなった頬を掛け物で体を隠す以外にできなかった。
「では、早速ですが失礼いたします」
彼女の後からぞろぞろと五名ほどの女性が入ってくる。年齢層はさまざまだが、身に着けているものはどれも揃いのお仕着せだ。それで王宮の侍女たちだと一目でわかる。
「アルエット。ずっとここにいてもらってもいいのだが、俺がいない間は寂しいだろう? 君が落ち着いて過ごせるように部屋を用意させた」
「私の部屋?」
「ああ。ここの隣だ。この寝室から続き間を通って行ける。時間が許す限り顔を出すから、何も心配しなくていい」
今度はちゅっと短く口づけだけで、フェザンはアルエットから離れた。踵を返し、侍女たちの脇を颯爽と靴音を鳴らしながら部屋を出ていく。
名残惜しそうにその背中を見送ったアルエットは、彼が見えなくなると、そろりと侍女たちに目線を移した。




