5.約束
アルエットはフェザンに抱き上げられ、彼の部屋に運ばれた。
「フェザン……」
なんだか不思議な感じだ。今までセヴランと呼んでいたからついそう呼びたくなってしまうが、本当の名前を口にできることがとても嬉しい。
「少し痩せたか?」
「みんなが大変な時に食事なんて喉を通らなかったわ。私……幸せになってもいいのかしら? 生まれた国を見捨てた裏切り者だと言われるかもしれない」
「自分のことよりも他人のことを気遣うアルエットだから、今回のことは話せなかった」
フェザンはそう言ってアルエットの額に優しく口づけた。
「片目が見えなくなった上に予測できない頭痛に襲われる俺は、もう戦場の最前線で部下を率いることはできない、満足のいく公務も無理だろうと父に言われ、皇太子を辞すよう命じられた。帝国を継いでいくことを使命として生きてきた俺には過酷な宣告だった」
それを聞きながらアルエットは彼の腕をぎゅっと握った。
「ミスダールに行って他国に伝わる良薬か秘術などないか情報を得ようとしていた時に、君に出会った。エグマリン国の王女だと知った時は驚いたよ。父が次に属州国にしようとしていた国だったから」
「それで……私に声をかけたの?」
「エグマリン国の王女だと知る前から、純粋な心に触れてすでに惹かれていた。君を苦しみから救ってやりたかった。俺の手で幸せにしてやりたいと思った」
「帝国からの縁談だと言えば、父は断らなかったかもしれないわ」
「ああ、そうだろうな。しかしアルエットの心も体も傷つけるような人間をそのままにはしておきたくなかった。事前に話さなかったのは、優しい君のことだから、どうにか戦争を起こさないように先回りして行動を起こすかもしれないと思ったからだ」
それは買いかぶりすぎだとアルエットは言いたかった。しかし、この話を知っていて、国民が辛い目に遭うところを黙って見ていられたかと聞かれると難しい。
「エグマリン国はなくなってしまったが、残された民のために復興の道を尽力する。だからアルエットは幸せになっていいんだ。もう誰も君を傷つけたりしない」
もう二度とこんな満たされた瞬間は訪れないだろうと思っていたのに。
「フェザン……」
「ああ。もっと俺の名を呼んでくれ、アルエット」
「フェザンっ、大好き、もう離れないと約束して……」
「絶対に離さない。アルエットは俺だけのものだ」
「好き……大好き、フェザン……」
「愛している、アルエット。俺の光」
「アルエットに出会うことができて本当によかった」
「私こそ、フェザンに出会えてうれしい……」
アルエットは微笑んだ。
乱れた髪をフェザンの長い指が梳いてくれる。その温もりがとても愛しい。
この腕の中にずっと包まれていたい。どこにも居場所などないと思っていた人生に、たった一つだけ見つけた光がアルエットの心に灯った。
この人となら、きっとどんなことも乗り越えていける。
指を絡ませ、口づけを交わしながら、永遠の愛を願った。
「大好き」
「愛している」
ずっと、いつまでも、この愛を二人で温めていけたなら、その光は未来へ歩む道を明るく照らすだろう。
微笑み合う二人の瞳には互いの愛する人の姿だけが映し出されている。
「アルエット。約束を覚えているか?」
ベッドのそばのチェストを開け、フェザンが何かを取り出した。
「あ……リボン……」
アルエットは潤んだ瞳でそれを見つめた。
「大切なものだろう。君に返せてよかった」
彼の大きな手から水色のリボンを受け取り、アルエットは微笑んだ。
「ありがとう、フェザン」
孤独だった人生に温かな幸せをくれた最愛の人に寄り添い、支えを必要とする時があるならば全力で彼に尽くそうとアルエットは心に誓った。