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亡国の王女は敵国の隻眼皇太子の独占愛に囚われる  作者: 宮永レン
第四章

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4.本当の名前

 目を覚ました時、視界が真っ暗で動揺したが、それが布で覆われているだけだとわかってアルエットは少しずつ経緯を思い出していく。


 王城で最期を待っていたアルエットのもとに帝国軍の兵士がやってきたのだ。セヴランへの想いと共に散るはずだった命は、まだ繋がれている。


 目隠しをされ、両手を拘束され、長い道のりを経てクライノート帝国へ連れてこられたのだろう。なにせ目が見えないのでここがどこだがかわからない。

 

 ――これくらいで不安に思ってはいけないわ。

 後ろ手に縛られているが、なんとか冷たく濡れた床から体を起こす。


「気が付いたか、敗戦国の王女よ」

 急に離れた場所から男の声がして、アルエットは縮み上がる。


「敗戦国……」

 さらなるつらい現実を耳にして、アルエットの声は沈んだ。


 硬く冷たい石壁の隙間から染み出した地下水のようなものがアルエットのドレスを汚していたが、この後の処遇を考えるとそんなことはどうでもよかった。


 敗戦国の王族を捕える目的は一つしかない。見せしめに大勢の観衆の前で処刑されるのだ。その首をもって勝利宣言となる。あるいは、父王が王妃に話していたように、兵士たちから辱めを受け、慰みものにされる人生か――。


 絶望とはまさにこのことだ。


「エグマリンの国王や王妃のように泣き喚いて無駄な命乞いをしてもいいのだぞ」

 おそらく看守であろう男は笑い飛ばしたが、アルエットは黙ったまま俯いていた。


 痛いのは嫌いだ。死ぬのはこわい。でもあがいても仕方のないことだ。せめて、死ぬ前にセヴランに会いたかった。


 うなだれるアルエットの耳に、遠くから通路を歩いてくる硬質な足音が聞こえた。処刑場に連れていかれるのかもしれないと思うと、体が震えだして呼吸が速くなった。


 ――助けて。

 喉が引き攣れて声も出てこない。


「今すぐ鍵を開けろ」

 立ち止まった男の低い声に、アルエットは息を呑んだ。


「よろしいのですか、殿下?」


「かまわない。話は通してある」

 鍵の外れる重い金属音が聞こえて、誰かが牢の中に入ってくる。


 アルエットの鼓動は早鐘のようにうるさく鳴っていた。


 ――まさか、そんなことがあるはずがない。


 誰かがアルエットの頭に触れて、びくっと肩をすくめたが、どうやら目隠しをしている布の結び目を解いているだけだとわかった。


「リエル、遅くなって悪かったな」

 アルエットをその名で呼ぶのはこの世に一人しかいない。


 どきん、どきんと心臓が大きな音を立てる。


 はらりと布が外されれば、目の前には会いたいと切望していたその人が、申し訳なさそうに眉根を下げてアルエットの頬を撫でた。


「セヴラン、なの……? どうして……ここに……」

 最愛の人に会えて嬉しさがこみ上げてくる反面、戸惑いと不安で胸がいっぱいになる。さきほど彼は《《殿下》》と呼ばれていなかっただろうか。


「フェザン・ロシール・ディエルシカ。それが俺の本名だ」

 漆黒の詰襟の上着に光る金のボタンには、ディエルシカ王家の紋章である翼を広げた三つ首竜の細工が施されている。富と権威と神格を象徴しているというそれは、アルエットも過去に目にしたことがあった。


 ――ディエルシカ王家。

 この大陸において、クライノートを強大な帝国に築き上げた王家の名を知らない者はいない。ただし現皇帝のことを知っていたとしても、その令息のことまでは遠方まで情報は入ってこないものだ。


「リエル、いや、アルエット……こわい思いをさせてすまなかった。君からすべて奪った俺を君は赦してはくれないだろうな」

 拘束していた麻縄を短剣で切りながら、フェザンはアルエットに瑠璃色の瞳を向ける。


 アルエットが首を大きく横に振ると、長いストロベリーブロンドがゆるゆると揺れた。


「赦すも何も、私には……最初から何もなかったもの。あなたは、私がエグマリン国の王女だと知っていて声をかけてきたの?」

 ここへ連行されるまで一度も彼とは顔を合わせたことはなかった。それなのに、セヴランと名乗っていたフェザンはアルエットに向かってリエルと迷わず呼んだ。


「正直に言うとアルエットのことは調べさせてもらった」


「……詮索はしないって言ったのに」


「本当にすまない。こちらにも事情があったんだ」


「どんな事情?」


「それは追々話すとして――」

 ぎゅっと抱きしめられ、その温もりにアルエットの瞳から涙がじわりと溢れた。


 凛とした大人の色気がふわりと香って、忘れもしないミスダールでの幸せが日々が鮮やかに脳裏に映し出される。

 

「セ……ううん、フェザン……。会いたかったの。もう忘れられたかと思っていた……」


「これからは俺が君を守るから。もう何も心配はいらない」

 絶望の中に、一つだけ希望の光が灯ったようだった。それも、これ以上ないほどの希望と幸福だ。


 肉親や国を失った王女が今の状況を幸せだと思うことに罪悪感がないわけではなかったが、溢れる気持ちは止められない。それは誰にも。


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