3.落城
「まったく腰抜けどもめ!」
ビアッジ砦陥落の報を受けたサリアン国王は吐き捨てるように言って、腰の剣を引き抜いた。
「陛下、もうここも持たないでしょう。今なら隠し通路から逃げられますわ!」
玉座の後ろに震えながら身を隠していた王妃は、髪を振り乱して王に声をかける。
王都の民はそのほとんどを帝国が進軍してくる方向とは逆の領地へ避難させていた。だが、王族だけはその誇りと矜持を見せるためだとして城に残っていた。
王妃は半狂乱だったが、生き延びても敵兵から辱めを受けるだけだと国王に冷ややかに告げられ、彼女の中の自意識がそれを許さなかったのだろう。一縷の望みをもって王城に立てこもる道を選んだらしい。
アルエットも自身の意志ではなかったが、同様に王城の自室に残っていた。届くことは叶わないと思いながらもセヴランへの想いをつづった手紙を胸にそっと仕舞い、近づいてくる戦いの足音に身を丸くして震えていた。
「凄腕の剣士はたった一人の若造だというではないか。儂が引導を渡してやるわ!」
王の間には二人の他に近衛兵が数人身構えていたが、階下が騒がしくなり、扉が開いた途端に一人が力なく倒れ込んできた。
国王は何が起きたのか把握できずに目を瞠った。どうやら扉の前にいた兵士は声を上げる間もなく絶命したらしい。
「――貴様がエグマリン国の王か」
青年――フェザンが酷薄な瞳で国王を射貫く。
「そうだ。よくもここまで国をめちゃくちゃにしてくれたな。見れば隻眼ではないか。腕の立つ剣士というのはまさかお前のことではあるまいな」
国王がサーベルを突きつけると、王の前に立っていた数人の兵士が短い呻き声と共に赤い絨毯の上に次々と倒れていった。すさまじい早業に国王は驚愕し、近づいてくるフェザンに対して剣を構え直した。
「そうだな……、アルエット王女を差し出せばお前らの命は助けてやってもいいぞ」
口元をゆがませながらフェザンは剣の露を払う。
「ま、まあ! 陛下……! アルエットを連れてきましょう! あんな子でいいならいくらでも差し出すわ」
即座に答えたのは、血走った瞳をぎらぎらと見開いた王妃だった。
「わ、わかった。おい。すぐにアルエットを連れてこい」
声を震わせ、生き残っていた兵士に命じると、彼らは帝国軍の兵士と共にアルエットの部屋へ駆けていった。
「こ……これで私たちは見逃してもらえるのでしょう?」
王妃が国王の腕を掴んで笑みを浮かべると、フェザンは躊躇いなくその剣を振りかざし、無言で二人を斬り捨てた。
「――自分たちの保身のために簡単に娘を代わりに差し出すとは、話に違わないクズだったな」
フェザンは表情一つ変えることなく、こと切れた国王と王妃の亡骸を一瞥し、踵を返した。
アルエットの無事を一目確認しておきたかったが、まだ彼女に会うわけにはいかない。落ち着いてゆっくりと話せる場所が欲しかった。
エグマリン国は、クライノート帝国の手に落ちた。
属国ではなく新たな領地という扱いに周辺国は震えたという。逆らえばいつでも国が消滅するという事実を突きつけられ、帝国の権力は揺るぎないものとなった。




