2.存在証明(ヒーロー視点)
王都に一番近く、最後にして最大の防衛の要であるビアッジ砦では、あちこちで火の手が上がっていた。
「ここを落とせばまもなく王都だ! 終わりは近いぞ!」
「おおーー! フェザン殿下に続けー!」
フェザンの鼓舞する声に呼応するように、周囲の帝国軍の兵士たちから大地を震わすような雄たけびが上がった。すでに砦の周囲は包囲し、残すは中で籠城しているはずの将軍を見つけることだった。
入り乱れる剣戟を交わしながら、向かってくる相手をなぎ倒すのは片目だけでは至難の業だ。それはたしかにフェザンが父に言われた通りのことだった。視力だけに頼っていれば、激しい戦の最前線では簡単に命を落としてしまう。
だが、フェザンはまるで両目が見えているかのように華麗に相手の太刀筋をいなし、確実な一撃を加えていた。
――目の前に見えるものだけがすべてではない。
そう教えてくれたアルエットの言葉を思い出す。
目が見えなくても、音や気配、殺気を感じ取ることで、素早く対応できるようになった。もちろんすぐにそれができたわけではなく、ミスダールからクライノート帝国へ戻った後、毎日のように鍛錬を重ねた結果だ。
自分のたしかな存在を証明してみせる、アルエットのために――。
その気迫に怖気づいた相手の兵士が後ずさり、別方向へ逃げていく。背中を見せる兵士を無駄に追うことはせず、剣の柄を握り直したその時だった。視界が塞がれている右手方向からすさまじい殺気を感じて身を翻すが、防御が間に合わなかった。
しかし、そこに痛みはなく、剣を弾く金属音が鼓膜を震わせる。
「やっと本来の仕事がさせてもらえて嬉しいです!」
「レオニート!」
「あまり一人で突っ走らないでください。一瞬見失ったかと思ったんですから」
苦笑しながら相手兵士を倒し、レオニートは肩をすくめた。
「助かった、礼を言う」
「目の届く範囲にいてくださいと仰ったのに」
「なら、お前がついて来い」
フェザンは軽く笑うと、ふたたび剣を強く握りしめる。
「……まったく、役立たずばかりだ」
その声は唐突に階段を上がった先で聞こえた。通路の奥から大剣を振り回し、赤子の手をひねるように自国の兵士の亡骸を壁にたたきつける壮年の男の姿があった。
「もっと早く予算を軍事強化に回せばよかったのだ。王女との婚姻などとまどろっこしいやり方をしたのは失敗だったな」
舌打ちした男――グラウンケ侯爵は残忍な瞳で、すでに動かなくなった兵士に何度も剣を突き立てていた。
「やばそうなやつですね」
レオニートは眉をひそめて耳打ちしてくる。
「それより――」
フェザンは鷹のような鋭い目で相手を睨みつけた。
「王女とは、アルエット王女のことか?」
「それ以外に誰がいる? 砦に湧く害虫め。貴様らを始末してその首を陛下に献上してやるわ!」
グラウンケ侯爵はまなじりを裂き、巨躯でありながらも想像以上に早く間合いを詰めてきた。
自国では彼の右に出る者はいないと言われるほど、屈強な傑物だった。だが、それはあくまでもエグマリン国内での話。
フェザンが重い斬撃を受け流すと、交わった剣の間に火花が散った。
「お前のような暴虐な輩にアルエットを渡すわけにはいかない!」
一瞬だった。
氷のように冷たい刃が侯爵の急所を貫く様はまるで剣舞のように美しく、隙のない身のこなしだった。
「残すは……国王だけだな」
剣の露を払って鞘に納めたフェザンは淡々と言うと、息も乱さずに砦を去った。




