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亡国の王女は敵国の隻眼皇太子の独占愛に囚われる  作者: 宮永レン
第四章

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1.宣戦布告

 ミスダールから戻り、改めて父の口から婚約の件を伝えられた。心に刺さるような痛みを感じながらアルエットは黙って頷くしかなかった。


 デルフィーヌが嫁いで不在になった分、つらく当たられる機会が減ったのはありがたい。ただ、そのほかは以前と変わらぬ暮らしで、あいかわらず王妃の命令で孤独な日々を送っていた。


「婚約が決まったのがそんなに嬉しいの? それともグラウンケ侯爵閣下に気に入られるためにめかし込んだつもりかしら?」

 王妃はアルエットを見て鼻で笑ったが、そんなつもりは一切なかったので戸惑う。


 ミスダールにいて髪の毛を下ろすのことが当たり前のようになっていたので、おそらくそれを指摘されたのだろう。他には特に何も意識して綺麗に見せようとしていないのだが、下手に小細工をしてもすぐに見抜かれるだけだからやめておきなさいとまで言われてしまった。


 むしろ気に入られなくて、嫌われた方が気持ちは楽だ。


 結婚式の日取りが決められ、アルエットとグラウンケ侯爵の婚約が公に明かされた。書類にサインをしてサリアン王家とグラウンケ侯爵家の結びつきが強くなったことで、国庫の一部を軍事力増強に充てることになった。


 地方領主たちからは「天候不良で農作物が不作続きなのに納税だけは変わらない。苦しんでいる領民が多いのに、そこに予算を割かないとはどういうことだ」と不満が上がったが、王家に睨まれればさらに窮地に立たされるため、主張はすぐに立ち消えてしまうというのが実情だった。


 婚約披露の晩餐会でグラウンケ侯爵を目の当たりにしたアルエットは、その冷淡な瞳に震えた。壮年の将軍は暗い色の礼装でも隠し切れないほどの筋肉質な体で彼女の腰に手を回すと、音楽の始まった大広間でダンスのリードを取る。


「軍事力を高めるために王家とのつながりが欲しいだけだったが、愉しみが増えたな」

 無理やり体を押しつけながら侯爵は、ねっとりとした視線で彼女の全身を舐め回すように観察する。


「地味で陰気な小娘だと聞いていたのだが、噂は当てにならんな。艶のある女の匂いがする。私好みに躾けてやるから、それまでおとなしくしていることだ」

 威圧的な口調で凄まれ、アルエットは唇をきゅっと噛んだ。


 本来ならば王女に向けていい言葉ではない。婚約者でなければ不敬罪で訴えてもいいところだが、きっとアルエットが何を言っても無駄だろう。


(声を上げても……届かない)

 ミスダールでは聞いてくれる人がいた。寄り添ってくれる人がいた。力を貸してくれる人がいた。


 だが、ここではやはり孤独なのだ。味方は一人もいない。


 それから刻一刻と挙式の日が近づいてくる。心はセヴランのものだと決めているが、結婚して夫婦生活があまりにも耐えられないほどひどいものだったら、その心さえ砕けてしまわないだろうか。


 憂鬱な毎日を送っていると、にわかに城内がざわつくようになった。「領土」、「帝国」、「戦争」といった不穏な言葉が使用人の間からも漏れ聞こえる。


(帝国って、クライノート帝国のこと?)

 不安に思っていると、アルエットは父に呼び出された。


「クライノート帝国が我が国に宣戦布告してきた。領土の一部を渡すと言ったが一国丸ごと属国へ降れと言う。この国は私の物だ、誰かに所有されるなど虫唾が走る。グラウンケ侯爵には戦に赴いてもらう故、お前との挙式は延期することになった」


「そうですか……。ですが、帝国軍とまともに戦って勝ち目はあるのでしょうか?」

 ぽつりと漏らすと、父が苛立ったように玉座のひじ掛けを拳でたたきつけた。アルエットはびくっと肩をすくめる。


「お前に何がわかる! 軍力は数ではない、戦略さえあれば少数精鋭で勝てるものだ。お前は黙ってみていろ!」


「も、申し訳ありませんでした……」

 何度も頭を下げてアルエットは玉座の間を退室した。



 それから間もなく国境付近で戦争が始まった。サリアン国王は絶対に帝国軍を追い払っていやると息巻いていたが、戦況は思わしくなく、拠点の陥落、多数の兵士の訃報が毎日のように届いた。


「まさかここまで攻めてくることなんてないわよね」

 そんなメイドたちの会話を不安に思いながら聞いていたが、数週間後、それは残酷な現実となって訪れる。


 デルフィーヌが嫁いだという公爵領も攻め落とされ、城は火の海に沈んだとの報告を受けた王妃は泣き崩れた。


 ――ああ、ミスダールにいた頃に戻りたい。

 この世からいなくなってしまいたいと冬には思っていた。だが、セヴランとの約束を果たすまではここに留まっていたい。


 降伏を進言した家臣もいたようだが、すでに意固地になっていた国王はそれをまったく聞き入れる様子はなかった。すでに帝国は王都のすぐ近くまで進軍してきているというのに。


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