6.希望の光
「セヴラ……ん……っ」
唇を塞がれ、深く吸いつかれる。
「普段の服装も好きだが、どんな格好をしていてもかわいいな、リエルは」
「……セヴラン、これ取って……」
アルエットは首を横に振った。
「目に見えるものが全てではないと言ったばかりだろう? ここを離れても俺を忘れることがないように、体の感覚すべてで俺を感じろ」
セヴランが低い声で囁く。
もう二度とセヴランには会えないかもしれない。きっとその可能性の方が高い。アルエットはもう縁談が決まってしまった。たとえ、セヴランが別の国の地位の高い人間だったとしても、婚姻が決まっている王族から横取りするような非常識なことはできないだろう。それこそ国益を損ねる行為だ。
これが愛する人と過ごす最後の時間。
彼が起き上がって目隠しのスカーフを外してくれた。それから頬を濡らしていた涙を指で拭う。
「セヴラン……」
「少し、離れるだけだ。俺の心はリエルのものだから」
そう言ってセヴランはアルエットを抱き寄せ、温もりを分け合うとあやすように優しく口づけた。
「私だって……セヴランだけなの」
再び重なるキスは交わすたびに熱を帯びて、深くなっていく。頭や肩、背中を大きな掌で撫でられ、アルエットも彼の背中に腕を回した。
アルエットは彼の絹糸のような黒髪に指をさし込み、さらさらと撫でる。清涼なフレグランスと男性らしい野性的な香りが混じった胸の中に包まれて、アルエットは大きく息を吸い込んだ。
「大好きよ、セヴラン……」
囁くように伝えると、セヴランがふっと笑った。
「本当にリエルはたまらなくかわいい」
「愛している、リエル……」
余裕のないかすれた声で名前を呼ばれると、それだけで胸が切なく疼き、すべて捧げてもいいという気持ちになってしまう。
――この人になら、壊されてもいい。
時間が経つのも忘れて、アルエットはセヴランの愛を一身に受けた。
夢か現実かわからなくなるほど激しく愛されて、気づいた時には部屋は沈みかけの夕陽の暗い色に照らされ、かろうじてセヴランの顔が見えていた。
「目が覚めたか、リエル」
瞬きをして頭を動かすと、すでにセヴランは服を着てベッドの端に腰かけていた。アルエットはシーツにくるまったまま彼を見上げて小さく頷く。
「無理をさせてすまなかった。起きられるか? 服はそこにある」
自分もセヴランがほしかったのだから、謝らなくてもいいのに。
そう言おうとしたが喉がカラカラになってうまくしゃべれなかったので、ゆっくりと起き上がり、足元のお仕着せを手に取った。
着替えたアルエットの手を取り、セヴランが窓辺に歩み寄る。
「リエルにこれを見せたくて」
窓を開け、ベランダに出たアルエットの目に、いくつもの光が飛び込んできた。
「まあ……なんて綺麗なの」
広い庭園の木々にランタンが取り付けられていて、その一つ一つがまばゆく揺れている。無数の光はまるでその木に咲いた花のようだ。
「実は今日は俺の誕生日なんだ。祖国には誕生日に希望の光で祝うという習わしがあって、毎年、光の数を一つ一つ増やしていく。今年の俺にとっての光はリエル、君だな」
隣に立つセヴランが肩を抱き寄せてくれ、髪の毛にそっと口づけを落とされる。
「お、お誕生日おめでとう……。私が希望の光だなんて……」
「本当だ。俺の未来を照らしてくれる大切な光。少しだけ待っていてくれ。必ず迎えに行くから」
「セヴラン……」
見つめ合った二人はどちらからともなく唇を重ねた。
どうにもならない現実が待ち受けていたとしても、ここでの幸せな記憶があればきっと耐えられる。
セヴランはアルエットにとっても希望の光だ。
彼の言葉でアルエットは前向きにエグマリン国へ帰国する決心がついた。
不可能な約束かもしれない。住んでいる国も知らない、まして本当の名前も知らない。そんな人間をこの広い世界でどうやって見つけるというのだろう。だが、セヴランが言うと本当にできそうな気がするから不思議だ。
「あなたが迎えに来てくれるなら、私、他には何もいらないわ」
「離れていても、心はそばにいる」
そう言ってアルエットの前に片膝をついたセヴランはそっと彼女の左手を取り、薬指に口づけた。
「光に誓って、君を一生大切にする」
「……ありがとう。あの、これを」
アルエットはポケットに入れていた水色のリボンを取り出すとセヴランに手渡した。
「これは君の母親の大切な形見ではないのか?」
「次に会えるまで、持っていてほしいの」
それはほんの願掛けのようなものだった。
この世に生きていてもいいと思える証。だが、今はセヴランの存在がアルエットの支えだから。
「わかった。必ず返すから」
再び、温かなキスを交わす。
夢のような時間は名頃惜しいが、あっという間に過ぎて、アルエットは自身の別荘へと戻る。
そして翌日、彼女を乗せた馬車は予定通りエグマリン国へと向けて出発したのだった。