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亡国の王女は敵国の隻眼皇太子の独占愛に囚われる  作者: 宮永レン@書籍コミック発売中
第二章

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5.予期せぬ瞬間

 図書館を訪れると前日と同様に人の気配は全く感じられなかった。夏になればもっと利用者が増えるのだろうか。


「これは見事だ」

 整然と並んだ蔵書の棚を眺めながらセヴランが呟く。


「ここにいる間に全部読むのは難しそう」

 そうアルエットは言ってしまってから、遠くない未来――セヴランと過ごす時間の終わりを想像してしまい、胸がちくりと痛んだ。


「また来ればいい」

 また、とアルエットは心の中で彼の言葉を反芻する。


 その時、自分はどうなっているだろうか。セヴランの隣に誰か別な女性がいたらどうしよう。

 そう考えてから苦笑する。


(そんなこと私が心配してどうなるの? そもそもここでは互いに干渉しないのがルールなんだから)

 セヴランが誰を好きになろうが、アルエットに口を出す権利は微塵もない。


 すっきりしない気持ちは物語を読んで忘れようと、気を取り直して蔵書の間を練り歩く。


 借りた本を棚に戻し、次に面白そうな題名の物語を探すが、セヴランがそばにいるのでなんだか落ち着かない。


「あの、私が読みたいものに合わせなくていいから、ね。面白くないかもしれないし」

 棚から一冊の本を手に取りながら、セヴランの顔を見上げて微笑んだ。


「リエルが選んだ話を読んでみたい」


「そう? じゃあ今度は私が先に……」


「一緒に読むのはどうだろうか」


「い、一緒に? でもそれだと時間がかかってしまうんじゃないかしら」


「リエルは俺と一緒にいるのがいやか?」

 鋭い目元が一瞬で子犬のようにしょんぼりして、アルエットは慌てて首を横に振った。


「そんなこと、ない……」

 かあっと頬が熱くなって、いっぱいに開いた目を慌てて伏せる。


「外は寒いから、閲覧室で読もう。さっき案内図にあった」

 それは個人用の閲覧室だ。おそらく二人でゆったり過ごせる広さはない。


 アルエットはそれを言おうとしたが、セヴランの提案をもう一度否定して今度こそ嫌われてしまうのがこわくて、言い出せなかった。


 二人で一冊の本を持って閲覧室の一つに入る。


 幸い、アルエットが想像していたよりも広さはあり、二人が余裕をもって腰かけられる革張りのソファとテーブルが置いてあった。採光用の窓が上方にあり、通路にあった壁掛けのランプを一つ借りてきたので、明かりは十分だった。


 橙色の炎が二人の影を揺らす。


 はじめはそわそわして落ち着かなかったが、文章を目で追ううちに物語に入り込んでいて、時間が経つのも忘れてページをめくっていた。


 やがて、アルエットのお腹がぐうと鳴って、とうに昼を過ぎていたことに気づく。


「続きはまた明日にするか」


「さすがにここで食べたり飲んだりはできないものね」

 アルエットは赤面しつつ、恥ずかしそうに笑った。


 本を棚に戻して図書館の外に出ると、射してくる陽光が眩しくてアルエットは目を眇めた。


 時折吹く風は冷たいものの、空気が日増しに緩んできているのがわかる。日向には小さな野草が純白や山吹色の花をつけていた。


「リエル」


 ふいに名前を呼ばれて振り返った途端に、セヴランに抱き締められ唇を塞がれた。整った面立ちが眼前に迫り、高い鼻梁がアルエットの頬をくすぐる。


 ――え?


 呆然としているうちに、セヴランの唇がゆっくりと離れた。伏せた睫毛が長くて綺麗だと見当違いのことを思いながらアルエットは大きく見開いた瞳がぱちぱちと何度も瞬く。


「セヴラン……?」

 唇にはまだしっとりと彼の感触が残っていた。


 セヴランの大きな手がアルエットの頬を優しく撫でる。


「また明日」

 かすれた声でそう告げ、再び唇が重ねられた。今度は慌てて目を閉じる。


 アルエットにとって、生まれて初めての経験だった。


 キスとはどんなものなのか、昨日物語を読みながら想像していたが、まさか自分の身にこんなに突然訪れるものだと思っていなかった。


 あまりにも自然すぎて、緊張が今頃やってきた。穏やかで甘いキスなのに、どっと汗が噴き出して鼓動が高鳴り、息がうまくできなくなる。


「ま、また……明日……」

 セヴランと同じ言葉を返すのがやっとで、アルエットはぎこちなく笑うと急いでその場を離れた。


(キスって好きな人とするものではないの? 友人になったばかりよね? それともセヴランの国ではこれがあいさつ代わりなの?)

 何も聞けない、聞くのがこわい。予期せぬ瞬間をどう受け取っていいのかわからないまま、耳まで赤く染めて別荘まで急ぎ足で帰った。



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