第26話 クララ姫(仮)へと到る路
第26話投稿します。
なぜか妄想力が高ぶって執筆が進んだので、予定より早めに投稿。
しかし話自体はあまり進んでおらず……orz
Side 御子柴 陽一
指定した待ち合わせ場所に着くと、既に二人の姿があった。
約束した時間より早く来たつもりだったが、二人はさらに早くに到着していたらしい。
「お待たせしました。
リーズさん、ファヴさん」
「いや、俺たちもさっき着いたところだ」
リーズとファヴ……二人の隣には立派な屋根付きの馬車が停まっている。
今からこれに乗って二人とともに王都に行く事になっている。
ちなみに俺の仲間たち(神、精霊、ぬこ)は、現在宿でお留守番中。
「王都まで結構、距離あるからな。
着くまで時間かかるし、その間話でもしながら親睦を深めようぜ」
笑いながらファヴは馬車をクイクイと指差す。
馬の手綱を引く御者の人もいるから、三人で話しながらゆっくり旅が出来るな。
「アンタ、結局その妙な恰好で来ちゃったのね」
心底呆れた様子でリーズが俺に言ってきた。
今の俺の恰好は布教活動の時のまま、布をはおって頭にターバン、グラサン装着というモノ。
ちなみに靴は履いてない。安物の粗末なサンダルだ。
「国王陛下や姫殿下に会うってのに、どうにかしようと思わなかったわけ?」
俺とてどうとも思わなかったわけじゃないが、今の俺はしがない修行僧という設定。
パリッとした正装を着てしまったら、逆にキャラというか印象が崩壊してしまう。
みすぼらしいと思われるぐらいが恰好で充分だろう。
「まあまあ、いいじゃねえか。
あの王様だったらそんな事気にしたりはしないだろ。
良くも悪くも実力主義の人だし」
「まあ、そうなんだけどさ」
「そういうわけだからさ。
さあ、乗った乗った」
早く乗れと言わんばかりに、ファヴが俺とリーズの背中を押してくる。
ファヴのお墨付きも貰ったし、俺はさっさと馬車に乗る事にする。
馬車に乗ろうとした時、ふと視界の端にあるモノを見つけた。
確か『女喰いのチャップ』……以前、か弱き幼女とその母親に絡んでいたチンピラだ。
その罪深き業ゆえに俺から折檻を受ける羽目になった。
仲間らしきチンピラ数人とヘラヘラ笑いあっているが、彼はちゃんと改心したのだろうか?
偶然、彼……チャップと目があってしまった。
せっかくだし、ニヤリ…と笑いかけてみる。
『ヒッ!?』と顔をこわばらせて逃げ去るチャップ。驚いて後を追いかける仲間のチンピラ達。相当なトラウラを与えた模様。
改心したかは微妙だが、あの様子ではしばらく悪事は働くまい。これで安心してこの街から離れられるというものだ。
「ちょっとアンタ、入り口の前でなにボーッと突っ立ってんのよ?
デカイ図体で邪魔なのよ。あとが乗れないじゃない!」
怒ったようにリーズが俺の背中を突っついてくる。
ハイハイ、今乗りますよっと。
こうして俺たちは王都へと旅立った。
そしてその道中。
俺は予てから聞きたかった事を聞いてみる事にした。
「リーズさんとファヴさんって、付き合ってるんですか?」
俺の唐突な質問に揃って『はあっ?』とした表情をする二人。
ちなみに現在の馬車内部の構図は、俺の正面…向かいの席にリーズとファヴが並んで座っているというもの。
「冗談は恰好だけにしてよ。
どうしてアタシがこんな色狂いと……
付き合ってなんかしてないわよ!」
不機嫌そうにそう言い放つリーズに照れた様子はない。
ファヴもあっけらかんとした様子。
この様子だと本当に二人は付き合っていないようだ。
「あぁ、いえ……
二人の名前、相性が良いように思えましたんで……」
言うまでもなく、某消臭剤と名前が似ているせいだ。
しかし、この二人が付き合っていなくて本当によかった。
もし恋人同士とかだったら俺はこの先、二人をファヴ・リーズとして意識せざるを得なくなる。
精神衛生上、非常によろしくない。特に最近の緩み気味な俺の腹筋では、またいつ暴走してしまうか……
「はあ? 相変わらずワケ分かんない事を言うわね、アンタ」
そんな俺の心労を知らず、リーズが呆れたように言う。
「はあ~~~っ、リーズ。
お前は男心ってヤツを、ま・る・で・分かってない」
ここでファヴが得意そうに口を開いた。
「気付いてるか?
ミコシバ君はな……俺たち二人の名前を呼ぶ時、必ずリーズの方から先に呼んでんだよ」
「はあ?」
ニヤリと笑うファヴ。
……なんとなくファヴの言わんとしている事が予想できるんだが……
一方のリーズは『それがどうしたの?』みたいな顔をしている。
「そしてさらに、さっきはリーズと俺が付き合っているかどうか聞いてきた!
これはつまり、どういう意味か分かるよな?」
おいおい……まさかまさか……
ファヴの奴、もしかして……
「え? 何よ? どういう意味よ?」
リーズは未だファヴの言いたい事に気付いていない様子。頭に疑問符を浮かべまくっている。
「だ~~か~~ら~~!!
ミコシバ君は、お前に付き合っている男がいないか気にしてたわけ!」
「……ねえ、それってつまり」
流石にここまで言われると、リーズにもファヴの言いたい事が分かったらしい。
「そう!
ミコシバ君はな、お前に気があるって事だよ。リーズ♪」
ああ……それは完璧に誤解ってものだよ、ファヴさん。
リーズの方から先に呼ぶのは、あくまで俺の精神衛生上のやむを得なく……さっきの質問だって同様。
「はあ!?
アタシがコイツに好かれてるですって?
そんな背筋が寒くなるような悍ましいこと言わないでよ!
怖くて今晩眠れなくなるじゃない!」
発言したのはファヴなのに、なぜか俺にまで毒を吐いてくるリーズ。理不尽すぎる。
「おい~~~そこまで言う事ないだろ?
自分を好いてくれてる異性がいるんだぜ。普通は悪くない気がするもんだろ?」
「……この際、はっきり言っとくけどね。
確かにコイツの妙な知識やインチキ魔術には興味あるわ。
でもそれはそれ、これはこれよ。
こんな変態ルックを好んで着るような奴、
とてもじゃないけど……いえ、と・て・も・恋愛の対象として見れたもんじゃないわ!」
ぬぅ……人が大人しく聞いてりゃ、好き勝手にズケズケと……
何とかこの女にひと泡吹かせてやれないものか……
そう思ってリーズを見ていると
「……なによ?
人のことジッと見たりして……気持ち悪いわね。
言っとくけどね、
仮にアンタにその気があったとしても、アタシはアンタなんか願い下げだからね!」
……なんて勘違いしてくる始末。流石に自意識過剰というものだ。
よし、俺も反撃しよう。
俺は正面のリーズを凝視し始める。
「な、なによ……さっきから黙ってジッと見てばっかりで……
何とか言いなさいよ」
リーズの言葉は無視して、リーズの事をジッと見つめ続ける。
無表情で、それでかつ穴が空くほどひたすら見続ける。
そんな俺の異状にリーズは戸惑い始めたようだ。
そして俺はゆっくりとリーズに手を伸ばす。徐々に腰を浮かせながら上体ごとリーズに近づけていく。
「あ……アンタ、何をするつもりよ!?」
俺の手の向かう先は、リーズの胸。
リーズはそれに気付いた様子。
「……まさかアタシの身体を!? ひぃっ!?」
怯えた表情で、胸を庇うように身を捩じらせるリーズ。
ファヴは突然のこの超展開についていけないようで、呆気にとられたまま動かない。好都合だ。
俺は一気に手を伸ばし、リーズの薄い胸にπタッチ。
……と見せかけて、そのすぐ上の肩に付いている糸クズを取った。
「…………へっ?」
「いえ、肩に糸クズが付いてたから取って上げたんですが、何か?」
ほ~~れ、ほ~~れと、糸クズをリーズに見せつけてやる。
みるみる顔が赤く染まっていくリーズ。
実は『~~~ですが、何か?』ってヤツを一度やってみたかったのだ。
「そう言えばさっき、アタシのカラダをどうとか「いやあああああぁーーーっ!!!?」……」
俺の言葉を遮るように悲鳴を上げて喚き立てるリーズ。
もちろんここで攻撃の手を緩めるような俺ではない。
「ところで先ほどの話の続きですけど、私はリーズさんの事は何とも思ってませんよ」
極めて冷静にそう言い放ってやった。
「ア、アンタ……殺す!!
いつか、ぜぇっ…たいに殺してやるんだからぁ!!!」
「ギャッハッハッハッハッッッ!!
フラれたな、リーズ……ドンマイ♪」
「だ・れ・が・フラれたですってぇ~~~
先に死にたいの? 馬鹿ファヴ!!」
とまあこんな感じで親睦(?)を深めながら、俺たち一行は王都に向かうのだった、まるっ!
そうしてまる一日かけて王都に到着。
「さあ着いたぜ!
ここが王都だ。でっかいだろ~~!!」
流石は王都、国一番の大都市というだけあり、その街並みは圧巻だった。
石造りのやたらデカイ建物が幾つも並び、通りの広さ、人通りの賑やかさも今まで俺が棲んでいた街とは比較にならない。
しかし何より目を引くのは、街を縦横に張り巡らされた巨大な水路。
街の主要な交通網らしく、多くのゴンドラが水路を行き交っている。まさに水の都だ。
これから向かう王城は、王城らしく街の中央にデンッと位置しているらしい。
「王都は初めてなんだろ? ミコシバ君」
「せいぜい田舎者丸出しな挙動は控える事ね。恥かくわよ。
ま、そのへんちくりんな恰好じゃ今更って感じだけど」
窓を流れる美しい街景を楽しみつつ、俺たちを乗せた馬車はクララ姫の待つ王城へと向かった。
そこから先は、まさに流れるようにあっという間だった。
城門前で門番に馬車を止められるも、リーズとファヴの顔パスで難なく通過。
城中に入ってからは、ファヴが突然見るからに偉いっぽい人に話しかけたと思うと、たちまちメイドさんが豪勢な客間に案内してくれた。
流石は勇者。俺みたいな怪しげな風体の男が一緒だというのに、有無を言わさずこんな所まで連れて来れるなんて……
「今更ながら心配になってきたわ」
今、客間には俺とリーズの二人のみ。
ファヴは客間に案内されて早々、どこかに出かけてしまった。
豪華なソファーに寝転んでいたリーズがふと言葉を漏らした。
「ファヴが今頃、アンタの事を『賢者』ってふれ込みで話を付けてくれてるはずなんだけど……
ちゃんと治せるんでしょうね? 姫殿下の足」
賢者……よりにもよって俺から最も程遠い言葉だ。
どう考えたって今の俺には役不足。
……じゃなかった荷が勝ち過ぎている。
出来るかどうかに関しては、やってみなけりゃ分からん。
「あのオジさんの時、アンタ失敗してたじゃない。
相手は一国の姫……何かあったら、今度は『失敗しました~』じゃ済まされないわよ。
……もしそうなるとアンタを紹介したアタシたちにも責任が及ぶわけだし」
そう言えばそうだ。
俺が失敗してしまったらリーズとファヴの顔に泥を塗る事になってしまうんだよな。
下手をすりゃ責任問題に発展する。
そりゃ心配にもなるか。
「ファヴの奴、大げさに宣伝したりしてないわよね?
あんまり期待が大きいと失敗したときに……」
尤もよほどの事が無い限り大丈夫だとは思うがな。
俺の治癒術は基本的に万能。ナミヘイさんの場合が特殊過ぎただけで……
「アタシだってアンタのこと信用したわけじゃないし。
アンタの持つ知識が本物かどうかもまだ分かってないし。
ファヴに押し切られてこんなことになってるけど……」
ハイハイ、ツンデレツンデレ?
さっきの続きだが、医学の心得もない俺に何故そんな事が言えるのかといえば、それは俺の使用する治癒術『ヒール.Ver.5018』が本当に万能と呼べる代物だからだ。
その背景には開発にかかわった多くの人たちの血の滲むような努力の歴史がある。
とある異世界で開発されたこの万能治癒術は、その術式を魔術師のみならず多くの医療関係者に無償で公開され、各々が新たに研究・開発した成果を追加しバージョンを重ねる事で発展していった。
当然バージョンアップされる毎に多様な怪我・病に対応できるようになり、万能な術式としてより完成度を増してきたのである。その効力は推して知るべし。
そして俺の習得した『ヒール.Ver.5018』は、その名の通り5千回以上アップグレードが為されてきた、当時最新の術式。
使い手が人体について何も知らない素人でも、術式を習得し尚且つある程度熟練すれば、どんな名医も真っ青な治療が出来てしまうわけである。
まあ、ファンタジー世界に出てくる魔術とかは概してそんなものだろう。
パソコンと一緒で使い手が製作者の意図を知る必要はないのだ。
それを布教活動の一環とはいえ、あたかも自分の力として治癒術を披露していたわけですよ。俺は……
言うまでもなく凄いのは俺ではなくヒールを作ってきた人たち。
知的財産権的にマズイとかの話はさておき………
実は目の前の問題がひと通り解決したら医学の勉強でも始めようかと考えている。
このままじゃ自分が凄く惨めだし、出来るならナミヘイさんに償いをしたい。
そしてナミヘイさんのハゲ治療に失敗したのは、ハゲ治療という機能が術式に含まれていなかっただけの話。
もしかしたら……なんて少しは期待してしていたが、当然のごとく失敗してしまった。(落ち武者ヘッドの原因は未だ謎)
自分の使う術式がどういったケースに対応しているのか、それを把握していなかったのが仇になった。
そこは反省すべき点だが、全て把握しておけというのも酷な話だ。
ひたむきに努力を続ければ、いずれはハゲ治療の世界的権威・御子柴先生と………呼ばれるのはちょっと嫌だな。
とどのつまり医学に心得のない現時点の俺が、どんなに足掻いたところで結果は変わりはしない。
クララ姫が歩けるようになるか否かは、俺自身の実力ではなく『ヒール.Ver.5018』の性能に懸かっているというわけだ。
姫さんの足を悪くしている原因は知らないが、『ヒール.Ver.5018』が対応していれば術式中に組まれた論理が治療してくれる筈だ。
もし治療できなかったら、その時は頭を下げて謝るしかない。
……と、長々と考えるのはとりあえず止めだ。
誰か来たな。ファヴが戻ってきたのかな?
客間の扉が勢いよく開かれる。
しかし予想に反して入ってきた人物はファヴではなかった。
冒険者風の恰好をした金髪ポニーテールに碧眼の少女。
俺は彼女の事を知っていた。
「リーズ、久しぶり!」
「アナタも元気だった? エリナ」
客間を訪れたのは、かつて俺が出会った勇者の少女・エリナだった。
部屋に入って来るなり、いきなりリーズに抱きつくエリナ。
そして俺やファヴに対するいつもの苛烈さはどこへやら、柔和な笑顔でそれを迎えるリーズ。
女同士だからだろうか、この二人は非常に仲良しさんのようだ。
「本当に久しぶりね。リーズ。
最後に会ったのは三ヵ月くらい前だったかしら」
「そうね。
最近ファヴと合流して、ついさっきここに着いたところよ」
再会の喜びからか、俺の事はそっちのけで談笑を始める女二人組。
出来れば俺の事は空気として扱って欲しい。
「ねえ、ところでそちらの人は?」
……やはりスルーしてはくれないようだ。
部屋の中に見るからに怪しげな恰好の俺が居るのだ。そりゃスルーできないに決まっているか。
「あ……コイツはミコシバっていって、その……賢者?」
俺を賢者と認めるのはやはり抵抗があるのだろう。
疑問符付きとハッキリ分かるほど、思いっきり声を上擦らせているリーズ。
「賢者って……じゃあ、この人が姫様を治療してくれるっていう……」
「えっ? エリナもう知ってるんだ?」
「うん。もう城中で噂になってるよ。
『世界の全てを知り尽くしたすごい男』が来たって……」
「「…………」」
『あちゃー』と額に手を当てるリーズ。俺も心情的には同じだ。
ファヴの奴、一体どんな大げさな噂を流してるんだ。
それとも噂が独り歩きして尾ひれがついたのか。
「えーと、はじめまして。私はエリナっていいます。
一応、これでも勇者をやってます」
「あ?ああ……ご丁寧にどうも。
私はしがない修行僧……ではなく万物の探究者ミコシバです」
エリナからの突然の自己紹介に驚きつつ、若干間違えながらも自己紹介で返す。
「…………」
互いに挨拶を済ませたというのに、何やら真摯な眼差しで俺の顔をジーッと見つめてくるエリナ。
正直嫌な予感しかしない。
「あの……ミコシバさん?
私たちって……どこかで会った事あります?」
来たぁっ!? こういう可能性があるからできれば再会したくなかったんだ!!
偶にいるんだよ、こういう妙に勘の鋭い人が。
「なに? エリナ。
コイツと会ったことあるの?」
エリナの言葉にリーズも関心を示した模様。
こうなっては何が何でも誤魔化さねばならない。
俺は意を決して口を開く。
「……ぎゃ、逆ナンはお断りです」
少しドモりながらも、考えうる中で最適と思われる回答を口に出す。つまり俺の限界。
質問の意味をあえて曲解し、斜め45°くらい逸れた答えを返して相手を呆れさせる。
のらりくらりとひたすら話を受け流し、相手が諦めるまですっとぼけてやる。
さて、エリナの反応はというと……
「ちっ、違いますっ!?
何でそうなるんですかっ!?
私はただ……」
予想ではしらけるだけかと、顔を真っ赤して怒ったように反論するエリナ。いや、実際に怒っているのだろう。
もしかしたら色恋ごとに免疫が少ないのかもしれない。だとしたら本当に申し訳ない。
「こんの馬鹿ぁ!!!」
そんな事を考えていると、リーズが俺の頭を叩いてきた。
「本っ当に信じらんない、この馬鹿!
女の子に対してデリカシーゼロ!!」
そしてゲシゲシと俺の背中を蹴り出すリーズ。
確かに悪いとは思うが、今は人望より秘密を守らねばならない。
背に腹は代えられぬ。五臓六腑のおさまる大事な腹を背中と交換して、今のようにサンドバッグに使われては堪らない。
「エリナも分かったでしょっ!?
コイツってば女の子に恥をかかせて快感を覚える鬼畜なのよ!
馬車の中での事といい……」
「?? 馬車の中での事って……?
リーズも何かされたの?」
「な、何でもない!
と、とにかくコイツに敬語なんか使う必要ないわよ!
噂ほど偉い奴でもないんだし」
今度は怪訝な顔で俺を見るエリナ。いや、睨んでいるといった方が正しい。
親友から女の敵みたいに聞かされては、やはりいい感情は持てないのだろう。
「……そうみたいね。
恰好もおかしいし……」
リーズに続いてエリナにまで嫌われてしまった賢者ミコシバ。
変態ルックも功を奏して(?)完全に女の敵として認識されてしまったが、俺としては話題が逸れてくれて助かった。
俺のような失礼な変人、彼女に思い当たる節はあるまい。会った事がある……などとはもう思わないだろう。
お? そんな事やってる間にまた部屋の外に誰かが……今度こそファヴか?
客間の扉が開かれる。
しかしまたしても入ってきた人物はファヴではなく、当然だが俺のまったく知らない人物だった。
「やあ、僕の麗しの姫君たち。元気だったかい?」
部屋に入ってくるなり、イキナリそんなクサいセリフを吐くのは金髪で天然パーマのひょろりとしたイケメンの男。
「皇太子殿下、お久しぶりです」
出会ってから決して見たことのない、猫かぶりな態度で男を迎えるリーズ。
皇太子殿下……この国の王子か。
つまりクララ姫の兄か弟にあたる人物だな……
「他人行儀はよしたまえ。リーズ。
プライベートでは『ピエトロ』と名前で呼んでくれていいと言っているだろう」
「ええ、分かりましたわ。
ピエトロ王子」
「まだ些か他人行儀だが、まあいいだろう。
久しぶりだね、エリナにリーズ。三ヵ月ぶりくらいか……
僕に会えなくて寂しかったろう?」
扉の近くにあった花瓶から薔薇を抜き出し、なぜか鼻に当てて匂いを嗅ぎながら、ウットリした表情を浮かべるピエトロ王子。
この王子……恐らく自分に酔っているのだろうが、匂いフェチを強調すればカッコ良く見えるとでも信じているのだろうか?
「「いえ、それほどでも……」」
即答したエリナとリーズの声がハモる。
これだけピッタリだと、二人とも本心からの答えなのだと窺える。
流石に二人とも匂いフェチに憧れる事はないらしいが、それ以前の問題なのだろう。
前々からこの王子に言い寄られ、心底迷惑していると言ったところか……
エリナもリーズも美少女と呼べる容姿だから、男として確かに分からない事はないけど……王族ならもっと自重しようぜ。
「照れる必要はないのだよ?
どうせここには僕たちの他には誰も……
………………………………………………
…………誰だい? この妙な男は……?」
ここで初めて俺の存在に気付くピエトロ王子。
俺としてはあのまま空気として気付いてくれなくてよかったのだが……
「彼はミコシバ……賢者ですわ。
この度、姫殿下の足の治療のために来てもらいました」
必要最小限の言葉だけ並べて俺の紹介をするリーズ。
余計な事を言って突っ込まれたくないのだろう。
「……こんな男が我が妹の治療を……?
ハッ…! 僕にはとても賢者などには見えないがね?
乞食の間違いではないのかね?」
ドッカリとソファーに腰掛け、俺に怪訝な、それでいて見下すような視線を向けてくるピエトロ王子。
人を見かけで判断するな……とはよく言うが、今回ばかりは王子が正しい。見た目どおり俺は賢者ではないからな。
「身なりは確かにみすぼらしく見えるでしょうが、実力は相当なもの。
彼の事は、わた……ファヴが保証していますわ」
建前とはいえ俺を高く評価するリーズは新鮮だ。
しかし自らは保証人を辞め、ファヴに全て押し付けるという抜け目の無さ。
「フン……!
あんな男なんぞに保証されてもね……」
ファヴの名を聞いた途端、不機嫌そうに鼻を鳴らすピエトロ王子。
この反応からするとファヴの事をあまり良く思っていないらしい。
恐らく美少女勇者二人の近くにいる悪い虫……とでも認識しているのだろう。
ハーレムを築こうとか企んでいるなら、確かに避けて通れぬ障害になりそうだし……
「まあいい。今はそんな話よりもだ……
どうだい? 栄光ある我々勇者の再会を祝って、今晩一緒にディナーでもいかがかな?
もちろん、僕と君たち二人だけで……邪魔者は抜きにしてね……」
明らかにファヴをハブろうとしているな。ピエトロ王子にとって、やはりファヴは邪魔者ってわけか。
それにしても、この王子……さっき『我々勇者』と言ったか?
その言い方だと、このピエトロ王子も勇者の一人みたいな………まさか………
「え~~と、遠慮させていただきますわ。
私たち少々外せない用事を残してまして…………ね? エリナ」
「え? う、うん。
ごめんなさい、ピエトロ王子。
そういうわけだから……」
「……そうかい? それは残念だ。
まあいいさ。時間はまだいくらでもあるんだからね?」
そう言うとピエトロ王子は舐め回すようにエリナ、リーズの身体に視線を這わせる。
下心を隠そうともしない。それとも隠そうとして隠れていないだけなのか。
胸とか足とかを集中的に、エロい事を企んでるのが丸分かりな視線である。
まさに歩くわいせつ物。携帯が通じるなら隠れながら110番に連絡するところだが……
タイムパトロールって異世界にまで出動してくれないかな。
「「…………」」
一方のエリナとリーズは引き攣った笑みを浮かべながら、ピエトロ王子の露骨な視線に耐えている。
勇者といえど、やはり王族には逆らえない。あるいは強く出れないという事か……
何やら重い空気が場を支配している。
「う~~~っす!
ようエリナっち~~! 久しぶりだな。
あと……ピエトロ王子も」
突然その重い空気を破るかのように、部屋の扉が開いて陽気な声が響いた。今度こそファヴが戻ってきたのだ。
「ちぃっ……君か……」
部屋に入ってきたファヴを見て、ピエトロ王子は不愉快そうに顔を歪めた。
エリナとリーズはピエトロ王子の視線から解放され、ホッとしている様子。
「ミコシバ君、話が付いたぜ。
王様が早速会いたいってさ。ついてきてくれ。
他のみんなもだ」
そう言うとファヴはエリナとリーズそしてピエトロ王子を見回し、パンパンと手を叩く。
先ほどまでの嫌な空気を察し、払拭しようとしてくれているのだろう。
「フン……邪魔が入ったが、まあいい。
…………………………………………
僕は先に父上の元へ向かうとしよう。
それでは姫君たち、また後ほど……」
そう言葉を残して、ピエトロ王子は部屋から出て行こうとし
「あと乞食君?
あまり城の中をウロウロしないでくれたまえ?
あちこち汚されてはかなわないからね?」
俺にしっかり嫌味を残して、今度こそピエトロ王子は部屋を出て行った。
そしてその直後
「いやぁあああ~~~っ!!! エリナ~~~っ!!!
さっきの舐め回すような視線、肌が腐り落ちるかと思ったわ!
これだから嫌なのよ、ピエロの奴!!」
速攻で全身にへばりついた不快感を祓うかのように、凄い勢いで両手で体を擦り出すリーズ。
「あ…ははは……」
そしてそんなリーズを見ながら乾いた笑いを上げるエリナ。
しかし心情としてはリーズと同じなのだろう。
しかし本人がいなくなった途端、いきなりピエロ呼ばわりか……
ピエトロ → ピエロ というわけだな。
「ここに来てそうそう、あいつに絡まれるなんてツイてないな。
前に話しただろ、どうしようもない馬鹿が勇者仲間にいるって……
それがさっきのピエトロ……この国の第一王子だ。通称ピエロ……リーズ命名な。
正直、あんなの仲間とは認めたくねぇけど」
「ほんっと、アイツがアタシたちの仲間だなんて未だに信じたくないわ!
あんなエロの事しか考えてない馬鹿を押し付けられて、アタシとエリナは特に大迷惑よ!!」
なるほど、恐らく王族の人気取り政策の一環か。民衆の心が勇者に偏って、王家の権威を失墜させないようにするための……
そのために勇者の一人を王族の中から選び出したってわけだな。実力が伴う伴わないに関わらず……
そんな事やってのけるなんて、この国の王様はなかなかやっかいな人物なのかも知れない。
よほどの馬鹿なのか、それとも傑物なのか。
「エロを豪語するこの俺も、流石にあのエロさは真似したくねえな。
全然紳士じゃねえもん!」
「アレの隣に並べば本当にファヴが紳士に見えるんだから不思議よ。
まさに世界七不思議の一つだわ」
「リ、リーズ……
そういう事あまり大きな声で言わない方が……」
「なによエリナ~~~
アナタだってこの前『死ねばいいのに』とか言ってたじゃない」
「あ、あの時はお酒が入ってたから……」
あんた本当にスゲエよ、ピエロ王子。
ここまでみんなに一丸となって嫌われるなんて……
あとエリナ、あんた女の敵には容赦なく毒を吐くんだな。オジさん、ビックリしちゃったよ。
「さあ、ピエロの事は置いといて~~
さっさと王様の所へ行こうぜ。みんな」
ファヴがそう切り出してくる。
いよいよか……
このあと人間国の王様に謁見し、恐らくそのあとクララ姫の治療を行う事になるのだろう。
果たしてうまく事が運ぶのか……
「さあ、行くぞ。みんな」
そう言って歩き出すファヴ。そしてその後にエリナとリーズが続く。
俺も彼ら勇者三人の後に続こうとして
…………!!!???
「ん? どした? ミコシバ君。
急に立ち止まったりして……」
「大丈夫? 具合悪いの?」
「アンタ、もしかして緊張してんの?」
いきなり歩みを止めた俺に対し、勇者三人がやや心配そうに聞いてくる。
「いえ、なんでもありません。行きましょう」
心を落ち着かせながら、なんとか言葉を紡ぎ出す。
本当に何でもない。
ちょっとした事実に気付いた。それだけだ。
「? そうか、じゃあ行こう」
再び歩き出すファヴ、エリナ、リーズ。
そして俺も彼らに続いた。
" ピエトロ王子 → ピエロ王子 → エロ王子
『 一文字退化の法則 』 by ミコシバ ”
そんだけ
本当にそんだけかいっ!?
思わずそうツッコんだ方がいたら幸いです。
とりあえず王様に会う直前まで進みました。クララ姫も次の話に出す予定。
話は変わって今回、陽一の使う治癒術の歴史が語られましたが、その設定は世界的に普及しているOS・UNIXの歴史を流用。おかげでなんとなく凄そう的な設定に?
あと新キャラのピエトロ王子ですが……ポポロクロイス物語っていうゲームの主人公がこんな名前だったような……(汗)
狙ったわけではないんです、本当です。名前を決定した後に気付いたんです。
次回、王様と会ってクララ姫を治療。