第23話 俺のおバカな布教活動
第23話投稿します。
サブタイトル通り、主人公がアホな事をやらかします。
Side 御子柴 陽一
「皆さん、今まさに世界に滅亡の危機が迫っています。
滅亡を阻止する方法はただ一つ………
人間と魔族が今すぐ争いを止めて手を取り合い、より良い文明を築く以外に手はありません」
さて、今現在俺が何をやっているのかというと、路地の一角を陣取って布教活動中である。
ちょっとしたワケありで、久しぶりに俺一人での行動だ。
とある魔族青年の犠牲と引き換えに、魔族国の上層部においてダークマターという言葉だけは広まった。
そして今度は人間国側にダークマターを広める必要があるのだ。
そして今の俺の恰好はといえば、パッと見かなり怪しい。
修行僧をイメージして長い白布で全身を包み、この世界ではどうしても目立つ黒髪をターバンを巻いて隠し、さらに素顔を誤魔化すためにグラサン着用という恰好だ。
その奇抜な恰好のおかげで、人々の注目を集めるのにはさほど苦労しなかった。
現在、俺を囲うようにして相当の人だかりが出来ている。
恐らくほとんどの人が俺の話そのものに興味があるわけではなく、ただの物珍しさから集まったのだろう。
尤も俺としてはそれで充分。多くの人にダークマターについて説く機会さえ作れればそれでいいのだ。
「ニイちゃん、馬鹿言っちゃいけねぇよ。
人間も魔族も全部、そのダークマターってのが創ったって?
俺たち人間は神様が創って、魔族や魔獣なんかの悪い奴らは悪魔が創ったって昔から言われてんだ。
んな事、子供でも知ってるって!」
人だかりの中から誰かが茶々を入れてくる。
子供の間でもそんな話が常識になっているのだとすれば、人間の魔族に対する偏見はかなりのものだ。
魔族国の連中も人間を見下しているみたいだったが、人間の方も負けず劣らずといった感じ。
とはいえ何百年も昔から現在進行形で敵対しているんだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
両者の溝を埋めるの事の難しさを改めて認識する。
「悪しき風習に惑わされてはいけません。
我々人間の真の敵は魔族ではありません。戦うべき相手は魔族ではないのです。
世界の滅亡を前にして、人間と魔族とが互いに手を取り合うのに何をためらう必要があるのでしょうか?」
人々の中にどよめきが生まれる。
無理もない。いきなり現在絶賛敵対中の魔族と仲良くしましょう、だなんて言われても納得できるものではない。
俺とてこの場でいくら戦争停止を訴えたところで、皆まったくもって取り合わないであろうことは分かっている。
重要なのは、ダークマターという存在を人々の間に広める事。
この一見意味のなさそうな活動は、来るべき時のための布石なのだ。
人々がどよめく中、突然一人が声を上げた。
「ふざけんな!!
俺の親父は8年前の戦争で魔族に殺されたんだ!!
魔族の奴らと仲良くしろだなんて冗談じゃねぇ!!」
声のした方を見ると、男が憤怒の形相でこちらを睨みつけていた。
なるほど……家族を殺されたという事情があるなら、その怒りはもっともだ。
だが、こういう反応がある事も想定はしていた。
どんな反論があろうとも、臆せず堂々と続けるつもりだ。
しかし問題はここからだった。
「そうだそうだ!!
馬鹿な事言ってんじゃねぇ!!」
「引っ込め! 馬鹿野郎っ!!」
一人の発言を皮切りに、他の者からも次々とブーイングが飛び出してきた。
あっという間に、その場は俺にとってアウェイと化してしまった。
チッ……浅ましい奴らだ。
一人が言いだした途端、すぐさま他の連中も便乗しやがって……
内心毒づきながらも、それを表に出さないよう努める。
今の俺は悟りを開いた僧侶……という設定なのだ。
威厳を示すためには感情的になるわけにはいかない。
投げつけられる石礫も甘んじて受ける。
罵詈雑言の嵐の中、俺は続ける。
「皆さん、確かに人間と魔族との間にある溝は深い。
それこそ一朝一夕で埋められるものではありません。
しかし異なる種族間でも愛や絆とは芽生えるもので…」
「ふざけんな!!」
酒瓶を投げられた。
「よって愛や絆を育むよう努力する事こそ、世界を救うために重要…」
「引っ込め!!」
生卵を投げられた。
「皆さん、とりあえず静粛に……」
「死ね!!」
…………
ブチッ
「 喝っっっっっ!!!!!!!!! 」
俺の腹の底からの怒声に静まり返る周囲。
流石の俺も頭に血が上った。腹が立った。
このまま下手に出続けるのも癪だし、予定より少し早いが見せてやる事にする。
俺は精神を集中し、念じた。
--浮遊
俺は胡坐をかいたまま、浮遊魔術で浮かび上がった。
「なっ、なんだ!!??」
「空中に浮いてるっ!!??」
「ま、魔術師なのかっ!!??」
驚く周囲をよそに、俺は地上5メートルくらいの高さまで上昇する。
ここならば唖然として俺を見上げる野次馬どもの間抜け面がよく見える。
どれ、もう少しビビらせてやるか。
引き続き、俺は精神集中に努める。
バチッバチッ……
俺の体が帯電していき、空気の弾ける音が辺りに響く。
愚民どもは今度は何事かといった顔で、俺を見上げ続ける。
さあ、見て驚くがいい。
俺は溜めこんだ電気を一気に放出した。
ビリッ!! バリバリバリッ!!!
青白い光を放ち、空気を引き裂くような鋭い音が響く。
「うわぁあああっ!!??」
「な、なんだっ!!??」
「雷かっ!!??」
「いや、神鳴りじゃ!!
神のお怒りじゃぁ!!」
期待通りの反応が見れて、俺の気も少しは晴れた。
両手を合わせて拝みだす婆さんまでいるのは、流石に予想していなかったが……
とにかく、これでこいつらも少しは話を聞くようになるだろう。
俺は地面に降り立った。
「あ…アンタ一体何者なんだ?
あんな空を飛ぶ魔術なんて聞いた事が無いぞ。そしてあの凄い雷……
それも杖も詠唱も無しなんて……」
地面に降りた俺に、ローブを着た魔術師らしき男が話しかけてきた。
彼に同意するように、観客の中の数人がウンウン頷く。
その人たちも風体からして、やはり魔術師のようだ。魔術行使用らしき杖も持っている。
事前に調べた情報によると、この世界の魔術の行使には、媒体としての杖と術発動のための詠唱が不可欠らしい。
どんな高位の魔術師でも杖が無ければその力は発揮できず、少なくとも数秒の詠唱を経なければ術は完成しないという。
尤もそれは人間という種族の場合であり、魔族や精霊などより魔力に優れた種族はその限りではないらしいが。
当然、これらの常識はこの世界の住人ではない俺には当てはまらない。
あと空中浮遊と雷はオマケだ。どうでもよい。
とにかく、怪しい恰好をしてはいるが見た目人間の俺が杖も詠唱も抜きで魔術を行使し、さらに空まで飛んでみせた事がこの世界の魔術師にはよほど不可解に映ったのだろう。
しかし、だからこそ俺はこのデモンストレーションを行ったのだ。
俺は用意しておいたセリフを連ね始める。
「私はしがない修行僧。名乗るほどの者ではありません。
また私は魔術師ではありません。
しかし私は長年の修業の末に、ある日突然世界の声を聞いたのです」
俺の突拍子の無い発言にざわめく野次馬達。
とはいっても、俺の発言の意味不明さに首をかしげている者がほとんどのようである。
「私は世界の声から万物の真理を学び、そして幾つかの技を編み出しました。
万物の真理を学び、世界そのものを理解した私には、もはや杖も詠唱も必要ありません」
……なんか若造が偉そうなこと言ってスイマセン。
しかし、これぐらいハッタリをきかせた方がインパクトがあると思うのだ。
「そして私は世界の声を通じて、この世界の成り立ち、ダークマターという存在、
そして今まさに差し迫る滅亡の危機を知ったのです。
………………………………………
皆さん、私が聞いた世界の声は我々に対する忠告であり、試練なのです。
滅亡を前にして何を考えるべきなのか、何をすべきなのか……我々は今、世界に試されているのです。
私の技もそのために編み出したものなのです」
先ほどとは打って変わって静まり返る周囲。
いい傾向である。
ただ単にダークマターだの世界の終焉だの説いたところで、頭がオカシイ奴扱いされる事は目に見えている。
その事は、とある魔族青年がその身でもって証明してくれている。
魔族国でダークマターやら世界の終焉やらを吹聴しまくった彼…バルディウスは、謹慎処分を喰らって幽閉。
今ではすっかり変人扱いらしい。
犠牲になった彼には悪いが、俺は同じ轍を踏みたくはない。
奇跡の技っぽい力を見せつけ、なんだか只者ではないぞ…という印象を与えて、その上で改めて説法を説く。
これで普段なら馬鹿馬鹿しいと思える話だって、信憑性が高まる…あるいは心に強く残る筈だと考えた。
そのためならば、俺は一切出し惜しみはしない。
そのつもりだからこそ、こんな怪しげな恰好をして素性がバレないようにしているのだ。
良い具合にノッてきた事だし、そろそろ次の段階に移る事にする。
「そこのご老人」
「ふえっ!?
ワ、ワシですかいの?」
さらなるデモのために俺が指名したのは、先ほど俺を拝んでいた婆さん。
信仰深そうだからではない、他にちゃんとした理由がある。
「貴方は体を悪くしておられる様子」
見て分かるようにこの婆ちゃん、腰が異様に曲がっており杖を支えに立っている。
腰が悪い事は一目瞭然だ。
「は、はあ?
確かにワシは腰が悪いですが……」
「私が治して信ぜよう。
さ、前へどうぞ」
「ふぇえっ!?」
婆さんはうろたえながらも野次馬達の中から出てくる。
ここからが布教活動の本番である。
俺はうろたえる婆さんの後ろに立ち、腰に両手をかざす。
--治癒
「おっ!? おおぉ……体が軽く……」
癒しの光に包まれ、婆さんの曲がった腰がまっすぐ伸びていく。
治癒術の無詠唱行使。奇跡の技っぽく見せるための演出だ。
婆さんは杖から手を離し、試し歩きを始めた。
恐る恐るながらも背筋をピンと伸ばし、しっかり地に足を着けた歩き方だ。
俺の治癒術によって、婆さんの腰は随分良くなったようだ。
「おおおっ!! 体が軽い!! 若返ったようじゃ!!
ありがとうごぜぇますっ!! ありがとうごぜぇますっ!!」
感激し、何度も深ぶかと俺に頭を下げる婆さん。
「すげえ……」
「手をかざしただけで治ったぞ!?」
「奇跡だ……」
周囲の野次馬達から驚愕の声が漏れる。当然だ。
自慢じゃないが、俺は治癒術には少し自信がある。
過去に別の世界で勇者やっていた時に培った技術……俺の財産と言ってもよい。
それがこんな形で役に立つとは思わなかった。
本音を言えば、デモの相手は腰の曲がった婆さんではなく、車椅子の少女とかが良かった。クララ的な……
自力で立ち上がることすら出来ず、人生を諦めかけていた少女に希望を与えるなんてカッコイイし。
まさに奇跡という言葉を体現する絶好のデモになっただろうに……実際は婆さんの腰を治しただけだと思うと悲しくなってくる。
「な、なあ……アンタ……」
そう言って野次馬達の中から出てきたのは、冒険者風の男。
「お、俺の目は治せないのか?」
男は片目を隠すように額に包帯を巻いている。どうやら目を怪我しているらしい。
「俺……前のクエストで魔獣に襲われて、その時によ……
医者も神官もこりゃ手遅れだってサジを投げられてよぉ……」
表情を曇らせて語り出す男。
ふむ……それで諦めかけていたところ、さっき婆ちゃんの腰を治した俺の治癒術を目の当たりにし、一縷の望みに掛けて見ようと思ったわけか。
なるほど……問題ない。
「よろしいでしょう。
さ、そこに立ってください」
「!! ああ、頼むっ!!」
弾かれたように、俺の指定した場所に立つ男。
さあ、全員よ~く見てろよ……
俺は男の包帯を外すと、患部の目に両手をかざし
--治癒
「な、なんだっ……この感じは!? 俺の目が、なんだか温かいものに包まれるような……!?」
男は恐る恐る目を開け
「あ、ああ…目が……目が見える……!?
ははは……見える……見えるぞ!!」
再び驚く周囲の野次馬達。
男は涙を流しながら俺に礼を言った。
「ありがとうっ!! 俺、もう一生片目のままかと諦めていたけど……
救いの神って、本当にいたんだなっ!!」
周りの目も気にせず、飛び跳ねて大喜びする男。
男のオーバーとも言えるリアクションが宣伝となっているのだろう、周囲のどよめきがどんどん大きくなっていく。
「す、すげぇぜアンタ。
じゃ……じゃあ、俺の死んだ親父を生き返らせることは……」
次に野次馬達の中から出てきたのは意外な人物。
最初に魔族に父親を殺されたとかで俺に反発してきた男だ。
男もその事を気まずく思っているのか、バツの悪そうな表情をしている。
俺としては、もう気にしてはいないんだが。
それにしても死人を生き返らせろってか……それもずっと昔に死んだ人物を。
流石に神龍じゃないから無理だ。
俺とて出来ない事は引き受けられない。キッパリ断る事にする。
「それは無理です。
種族に関わらず死んだ者を蘇らせる事は、自然の摂理に反します。
自然の摂理に反する現象は、世界そのものが認める筈がないのです」
出来ない事は、こう言ってお茶を濁しておけばよかろう。
「そうか……」
ガックリ項垂れる男。
流石に死者を蘇らせろなんて高望みし過ぎだと自覚していたのか、それ以上何も言ってこない。
野次馬達も少し落胆した様子だったが、今の説明に納得してくれたのかケチをつけてくる者はいない。
今のところ、デモは順調に進んでいると言っていい。
「あ、あのぉ~~~……」
消え入りそうな遠慮がちな声で、次に野次馬達の中から出てきたのは、深々と帽子をかぶったコート姿の中年の男。
「だ、だったら……私の頭は治せるでしょうか……」
そう言って帽子を脱ぐ中年男。
それを見て俺は驚愕した。俺が知っている人物だったからだ。
この中年男、なんとナミヘイさんだったのである。
ナミヘイさんとは、この街のギルドに務めるオジさんだ。本名は知らない。
その呼び名が示す通り、ハゲた頭頂部にちぢれた剛毛が一本だけ生えているという奇抜なヘアスタイルのオジさんだった。
だったと過去形なのは、以前ぴよしにシンボルたる頭頂部の毛を抜かれて、今や頭頂部には髪が一本も残っていないからである。
アレは本当に唐突で、ナミヘイさんにとっては降って湧いたような災害だった。
「あ…あのぅ…私もこんな事お願いするのは恥ずかしいんですけれど……
先ほどの貴方の力を見て、もしかして私の不毛症も治るのではないかと……
そう思うと居ても立ってもいられなくて……」
頬を赤らめながら、指をもじもじさせながら語るナミヘイさん。
どうでもいいが、ナミヘイさんがその仕草をしても全然萌えない。
「ど…どうでしょうか?
貴方の御力で私の頭に髪は生えるでしょうか」
期待した表情で問いかけるナミヘイさん。
周囲も同じように期待した雰囲気。
アンタならこれぐらい出来るでしょ?みたいな……
えと~~
治癒で髪を生やせってか?
……………
無理無理無理無理!
出来ねぇよ!! そんな事!!
確かに死者蘇生なんかよりは遥かに簡単そうだし、腰や目を治すのとレベル的には大差ないって感じもするけどな!
けれども治癒術ってのは怪我や病や不調を治すためのもんだ。例外を除けばハゲって怪我でも病でも不調でもない筈。
ハゲのメカニズムなんて詳しく知らんが、あれって男性ホルモンとかが要因なんじゃないっけ……
いずれにしろ、治癒術で手に負える問題じゃない。
どうにかして断る必要がある。
俺としても、こんな微妙な注文をされるとは思っていなかった。
断りたくても、その断り方が問題だ。
ハゲを治すのは自然の摂理に反するなんて言い訳は出来ない。
色々と偉そうに説教した挙句、そんな間抜けな言い訳でオチを付けようものなら、この場は間違いなくシラけてしまうだろう。
今後の布教活動に支障をきたすかもしれない。
「あの……」
とにかく何か言わなければと思い、ナミヘイさんに声をかけるが
「はい? 治るんですよね? 私の頭」
何だかもう大船に乗ったつもりでいるナミヘイさん。
「…………」
俺は無言で周囲の野次馬達に視線を移す。
野次馬達も似たようなものだ。
俺なら出来るとまるで疑っていない、そんな空気だ。
「やれ~~! ニイちゃん!!」
「がんばれ~~!!」
「その人も救ってやってくれ~~!!」
周囲は完全にイケイケな雰囲気である。
「さあ、私の頭です!
どうです? 治りますよね?」
まだ引き受けるとは言ってないのに、ハゲ頭を勝手に押し付けてくるナミヘイさん。
ちょ……タンマタンマ!
咄嗟に押し返そうと、両手を前に突き出したのがいけなかった。
「おおぉ~~~! 奇跡の手だ!!」
「ニイちゃんがヤル気になったぞ!!」
「イヨッ!! 漢の中の漢!!」
もはや俺は何処にも逃げられないらしい。
この時になってようやく、俺は調子に乗り過ぎていたことに気付いた。
……………
「では……お願いします!!」
緊張した表情で、しかし期待に満ちた言葉で治療開始を申し出るナミヘイさん。
「……はい」
うまい言い訳も思いつかず、とうとう断り切れなかった俺。
処刑台に立たされた死刑囚のような気持である。
うまくいく筈がない……
それが分かっているだけに、ナミヘイさんが俺に向ける期待がとてつもなく重く感じる。
ナミヘイさんが乗ろうとしているのは、大船じゃなくて泥船なのだ。沈むに決まっている。
何でこんな事になってしまったのか……
俺はただ、ダークマターを人々に広めようとしていただけだ。
それがいつの間にかハゲの治療で悩まされているのだから、世の中どうなるか分かったものではない。
しかし、こうなってしまったからにはやるしかない。
そしてやると決めたからには全力を尽くす。
もしかすれば万が一、いや億が一にでも奇跡が起こり、ナミヘイさんの頭頂にうっすらとでも髪が生えれば……
俺は成功のイメージを頭に浮かべる。僅かでも失敗をイメージすれば、成功する者も成功しなくなる。
俺は精神を集中しながら、ナミヘイさんの頭に両手をかざし
--治癒
ナミヘイさんと周囲の期待を一身に背負い、俺はナミヘイさんの頭に全力治癒をかけた。
まばゆい光がナミヘイさんの頭から発せられる。
「「「「……ゴクッ……」」」」
野次馬達は一斉に息を呑んで、その光景を見守っている。
そして光が晴れ、そこに立っていたのは……
頭頂部はハゲたままで、側頭部の髪だけが不自然に伸びているという、あまりに変わり果てた姿のナミヘイさんだった。
その姿、まさに落ち武者。
俺の全力治癒の効果は、毛髪の育成を促すまでに至ったようだが、それは側頭部のみ。
肝心の頭頂部については、文字通り毛ほども生えていない。
結果、ナミヘイさんはあまりに残酷なヘアスタイルとなってしまった。
「「「「…………」」」」
静まり返る周囲。
そんな中、ナミヘイさんは期待に満ちた顔で自分の頭頂部をまさぐり始めた。
しかしペチペチと肌を叩く音が響くばかり。
そこには何も生えていないのだから当然だ。
何も手ごたえが無いのが不審に思ったらしく、しかしそれでも笑顔は絶やさずにナミヘイさんは懐から手鏡を取り出して今の自分の状態を見た。
そして硬直。
当然だ。頭頂部に少しでも毛が生えていればと期待していただろうに、鏡に映った新しい自分は落ち武者ヘッド。
数秒後、ナミヘイさんの表情は絶望に彩られる事だろう。
そして、ここでさらなる問題が発生した。
俺の目の前に落ち武者ヘッドの人物がいる。
そもそもネタ好きというか面白い物好きの俺である。
落ち着きを取り戻して思考に余裕が生まれたせいで、腹の底から徐々に笑いがこみ上げてきたのだ。
無論、この取り返しのつかない状況を作り出した張本人である俺が笑うわけにはいかない。必死で耐える。
周囲の野次馬達にも、笑いをこらえている者がチラホラ見かける。
落ち武者ヘッドの概念などこの世界の住人は知らないだろうが、その奇抜なヘアースタイルは人々の笑いのツボを突いたらしい。
恐らく一人が噴き出せば、ドミノ崩しのように他の者も噴き出して、爆笑の渦に包まれること間違いない。
その最初の一人になるまいと、みんな必死になって耐えている。
そんな野次馬達の様子も、今の俺の腹筋にとっては毒である。
他人が笑いをこらえる姿を見ていると、ますます笑いがこみ上げてきてしまう。
このままでは本当に噴いてしまう。
何としてでもこらえなければ!
何でもいい!!
何でもいいから何か別の事を考えて……
ふと、俺の視界の隅にあるモノが映った。
5歳くらいの幼い少女と、少女の手を引きながら歩く母親らしき女性。親子のようである。
そうだ!! あの親子っ!!
あの母娘について何か考えるんだ!!
とにかく今は思考を乱す材料が欲しい。
奥さん若くて美人だね~~とかっ!
娘さん、可愛いから将来美人になりそうだね~~とかっ!!
おや? 娘さんがこちらを見ながら目を丸くしている。
おや? 今度はこちらを指差して……何だろうか?
「ママー、あのオジチャンのあたまヘ~~ン」
普段ならば何とでもない言葉であろうが、この時ばかりは違った。
限界寸前まで耐えていた俺の腹筋は、幼い少女の無邪気な一言が引き金となり、ついに崩れ落ちた。
「……ブフゥッ!!?」
とうとう噴いてしまった俺。
ヤバいと思う暇もなく、俺の腹筋は暴れ出した。
「ックックッ……ァッハッハッハッハッ!!
お、落ち武者……落ち武者ヘッド………ッぁあはっはっはっはっ!!
……う、ウケる………マジウケるぅ!!!
ッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!」
俺の意思に反して、次々と腹の底から笑いが湧き上がって来る。
止めたくても俺の腹筋はもはや完全に暴走状態。
今の俺に出来る事は腹を抱えて、ただただ笑う事だけだった。
「ひっはっはっはっはっ………!!
ちょっ………腹いてぇ………腹いたいって!!
だ、だってナミヘイが落ち武者って………
ッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!」
俺の笑いに触発されたのか、周囲でこらえていた野次馬達も次々と笑い出す。
たちまちあたり一帯は爆笑の渦へと包まれた。
「はっはっはっはっ……ひっくっくっくっ!!!」
ちらりと先ほど爆弾を落とした少女を見ると、母親に連れられて逃げるようにこの場から去っていくところだった。
「ちょっ……幼女ぉぉっ!!?
て、てめぇ……逃げる前に責任とって……ぷくっ!?
プッハッハッハッハッハッ!!!!」
再びナミヘイさんに視線を移すと、表情は笑顔で固まったまま目にジワリと涙が浮かんでいた。
しかし今の俺にはそれを気に掛ける余裕はない。
「ッハハッハッハッハッ!!
くっぁはっはっはっはっ!!!
ぷぁっはっはっはっはっはっ!!!!」
誰か、俺の腹筋を止めてくれ……
名も知らぬ幼女のせいで、威厳もクソも無く馬鹿笑いしてしまった陽一。
どうでもいいですが、サブタイトルと『俺のおバカな……』にするか『おバカな俺の……』にするか迷いました。
次回、布教活動に失敗した陽一の前に思わぬチャンスが?




