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PART3 悪魔が叶えてくれた願い


 その日は、娘の調子がよかった。

 波はあれど、無理な日は自力でベッドから起き上がることもできない。でも今日は朝から起きてご飯も普通に食べ、いつものようにBLACK ROSESの曲を聴いていた。

 とても快調な空の調子を見て、俺はとてもタイミングがよかったと思った。

 なぜなら今日、俺は空に最高のプレゼントを渡そうと考えていたからだ。この機を逃せば、もう渡せないかもしれない。考えたくなかったけれど、空がこんなに元気なのはこれが最後になるかもしれないのだ。

 このチャンスは、神からの贈り物だったのかもしれなかった。病気を治せなかった罪滅ぼしとして、神がせめてもの償いのつもりでくれたのかもしれなかった。

 けど、後のことを思えば……これは神からではなく、悪魔からの贈り物だったのだと思う。

 一生記憶に残り続けるであろう、空の願いが叶うことになるこの日。それはまず、俺の提案から始まった。


「空、今日は空にプレゼントがあってさ」


「えっ、プレゼント? 何?」


 幼い娘は、俺の言葉に目を丸くした。

 

「ちょっと待ってて」


 部屋から出た俺は、階段を上がって自室へと一旦戻り……空へのプレゼントを手に、戻った。

 それを見るや否や、娘は「わー!」と声を上げて立ち上がった。

 俺がこっそりと用意した空へのプレゼント――それは、峻が使っているものと同じモデルの『ギター』だった。黒いボディで、BLACK ROSESのバンドロゴが刻まれている限定モデル。ファン垂涎の品だ。

 BLACK ROSESのライヴ映像を数え切れないほど見てきている空は、一目でそのギターの正体に気づいたようだった。


「すごいすごい、峻のギターだあ!」


 駆け寄った空は、小さな両手でギターを抱えた。ギターは空の身長くらいの大きさがあり、彼女ひとりにその重さを支えられるかは不安だったので、俺も手を貸した。

 もちろん、空はギターの弾き方なんかわからない。だから彼女は、嬉々としながら適当に弦をひっかいて遊ぶだけだ。きっと喜んでくれると期待していたけれど、見事に期待に応えてくれて、本当に嬉しかった。

 しかしながら、これで終わりではない。


「実はさ、空にもうひとつプレゼントがあるんだ」


「えっ、まだあるの?」


 空は一旦、ギターを床に置いた。

 ギターはそれなりの金額がしたけれど、もうひとつのプレゼントはそれ以上に得難く……値段なんて到底付けられないものだ。

 俺は床に腰を下ろして、娘と視線を合わせた。


「空は、峻に会いたいんだっけ?」


「え? うん、会いたい!」


 不意の質問に面食らったようだが、空は頷いた。

 

「どれくらい会いたいの?」


「え、東京タワー146本分くらい!」


 細かいな、と思わず笑ってしまった。

 まあとにかく、会いたくて会いたくてたまらないということなのだろう。


「それじゃ、峻のこと呼んでみようか? 『峻、会いに来て!』ってさ」


「わかった!」


 空は、願うように両手を合わせ、そして叫んだ。


「峻、会いに来て!」


「うーん、もっと大きな声で呼んでみようか? 峻がいる悪魔の世界に聞こえるくらいさ」


 俺の言葉に頷くと、空はもっと大きな声で叫んだ。


「峻、会いに来て!」


 ――ガチャリという音を立てつつ、この部屋に続く扉が開き、そこから黒と白のメイクに覆われた顔が覗いた。

 叫ぶことに必死になりすぎて、空は気づかない。

 俺はその人物と顔を合わせて、頷いた。


「祭りの時間だ、デカい声を聞かせろ!」


 彼が発したその言葉で、空はようやく彼の存在に気づいた。


「ええええっ!?」


 驚きのあまり、空の目がまん丸になる。

 現れたのは他でもない、BLACK ROSESのリーダーにして空の憧れの人、峻本人だったのだ。しかも、ステージに立つ時と同じようにメイクをし、黒を基調とした衣装を身に纏った姿である。


「峻だああああああああああ!!!!!」


 過去最高の爆音で叫びながら、空が峻へと駆け寄る。

 そんな彼女を峻は抱き留め、抱え上げた。空の背中をぽんぽんと優しく叩きながら、


「俺と一緒に叫ぶ準備はいいか、空ちゃん!」


 峻の笑顔は初めて見たけれど、とても優しい笑顔で……ステージの上で強烈なマイクパフォーマンスをする峻とは別人のようだった。

 

「ぶあああああああああん!!!!! 会いだがっだんだよおおおおおおおおおお!!!!!」


 驚きと嬉しさで、空は泣き出してしまっていた。彼女の顔は、もう嬉し涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。あの叫び声を、間近で受けている峻の耳が心配になるくらいだ。

 無理もない。ずっと憧れ続けたヒーローが、目の前に現れたのだから。

 それから空が落ち着くまで、数分ほど時を要した。


「どうして会いに来てくれたの?」


 小首をかしげつつ、泣き止んだ空はテーブルの向かいに座る峻に問いかけた。


「そりゃもちろん、君が呼んだからさ。悪魔の世界から会いに来たんだよ」


「わ、すごい!」


 峻の言うことを、空は一片の疑いすら持たずに受け入れ、無邪気に喜んだ。

 実際のところ、この状況が実現に至った発端は、峻から俺のSNSに送られてきたメッセージだった。彼が、『娘さんに会わせていただけませんか?』と申し出てくれたのだ。

 いつもの峻からは想像もできない、丁寧で物腰柔らかな文章には驚いたけれど、俺は喜んでその申し出を受けた。

 ずっと憧れていた峻に会えて嬉しかったし、光栄だったけど、喜んでいる間もなかった。さっそく俺は彼とふたりで段取りを相談し、どのようにして空に会ってもらうかを考えた。

 そこで、峻にはちょっと別室に隠れていてもらい、タイミングを見計らって姿を見せるサプライズ登場という形にしたわけである。入念に打ち合わせたかいがあって、効果はまさしく覿面だったわけだ。


「峻、これ見て!」


 空は、ほんのさっき俺があげたギターを持ち上げて峻に見せた。


「おおお、俺のと同じギターじゃないか」


「パパがくれたの! これはわたしの宝物! 魂!」


 細い両腕でしっかりとギターを抱えながら、空は峻をしっかりと見つめた。

 宝物、魂……嬉しいことを言ってくれるな。


「わたし、このギター持ってね、峻と一緒にステージに立ちたいんだ。そしてもうすっごく大きな声で叫ぶの、峻みたいに!」


 峻は頷いた。

 メイクをしていても、彼の表情を見れば何を考えているのかがわかる気がした。


「病気じゃなきゃよかっただなんて思ってないよ、生まれてこられて嬉しいもん。パパもママも峻も大好き! だからわたし、最後までしっかり生きるんだ。峻みたいに思いっきり頭振って、思いっきり叫びながら!」


 峻は、空の頭を撫でた。

 

「そうか、君は強いな……!」


 その後も、峻は何かを言おうとしたんだと思う。

 でも彼は言葉を詰まらせてしまった。黒いメイクで縁取られた瞳が潤んでいるのは……きっと見間違いじゃないのだろう。

 

「っ……」


 押し殺すような声を発すると、峻は空の前で視線を下げた。


「峻……泣いてるの?」


「泣くわけないさ」


 下を向いたまま、峻は答える。


「悪魔は……絶対に泣いちゃいけないんだ」






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