PART2 神に届かない願い
この世に、神なんていない。
いるのは所詮、悪魔だけ。
まだたった7歳の娘が……空が余命宣告を受けた時、俺はそう思った。もう治療は不可能で、あとはもう余命が尽きるのを待つしかないと医者に言われた時も、今一度そう感じた。
日によって波はあれど、調子がいい時の空は本当に元気で、病気だということが信じられなくなるくらいだった。
もうすぐ、自分の命は尽きる――空もそれは理解しているのだけれど、彼女は俺や妻に決して落ち込んだ様子は見せなかった。それどころか、メタルバンド、『BLACK ROSES』の曲に合わせて叫んだり、激しくヘドバンしたりもした。
娘がこのバンドに出会ったのは、俺の影響だ。
もとより俺は『BLACK ROSES』の大ファンで、アルバムも全部持ってる。俺がこのバンドの曲を聴いているところに空が居合わせ、彼女も魅了されたのだ。このバンドの魅力が理解できるなんて、やっぱり俺の娘だな。
とりわけ娘は、このバンドのリーダーの『峻』という人物が大好きだった。
峻のパートはギターにシャウト、それにデスヴォイス。彼は『BLACK ROSES』の創立メンバーにして、彼らがこれまで発表してきた曲の大半を手掛けたソングライターであり、彼らの音楽の方向性を決定付けた重要人物だ。
俺も彼の書く曲が好きだった。ストレスとかモヤモヤした気持ちを抱えていた時は、彼らの重厚で凶悪で、そして叙情的なメタルサウンドにそれらをまとめて吹き飛ばしてもらっていたな。
娘の病気が判明した時、娘が治療に挑むことになった時、俺は心から神に祈った。
医者からは可能性は低いと伝えられても諦めず、神社に何度も通って、娘の快復を願った。空が助かるなら、俺の命と引き換えにしてもいいとすら思っていた。
しかし、神はそんな俺の願いを聞き届けてはくれなかった。
もう、治療は続けられない……医者から死刑宣告同然の言葉を聞かされた時、俺は妻と一緒に泣いて、悲しんで……そして、神を心から恨んだ。まだ7歳の空を見捨て、助けなかった神を心底恨んだものだ。
そして逆に、今は悪魔に感謝している。
というのも、『BLACK ROSES』のメンバーは峻も含め、全員が『悪魔』をコンセプトにしているからだ。白と黒のメイクで顔を塗り、黒を基調とした衣装でステージに立つ彼らの姿は、まさしく悪魔そのものだ。
単なるバンドコンセプトとはいえ、悪魔に空は励まされ、生きる元気をもらっている。神とは対極に位置するはずの悪魔に希望を与えられているなんて、どことなく皮肉に思えた。
――空の夢は?
俺が尋ねると、空はこう答えた。
――峻に会うこと! それと峻と一緒にステージに立って、思い切り叫びたい!
泣いて泣いて泣きつくして、もう空の前で涙を見せないと決めたはずだった。
だけど、その言葉を聞いた時は、また泣いてしまいそうになった。
峻に会わせてあげたい。
俺は心からそう思った。だけど、それが不可能であることは重々思い知っていた。病気の娘をライヴ会場に連れて行くことなんて、できるはずがない。
空は『峻が大好きすぎる女の子』としてテレビでも取り上げられ、SNSに空のことを投稿すると大きな反響があった。『どうか、峻に会わせてあげて!』という声も多く寄せられた。峻のほうにも、『会いに行ってあげて』という声が多数上がっているようだった。
せめて、娘のささやかな願いを叶えてあげたい……心の底からそう思った。
思ったけれど、そんなことができるわけがない。
娘を助けることも、彼女の願いを叶えてあげることもできない。
悔しさと無力感を噛みしめていた時だった、SNSに、一通のメッセージが届いた。
その時は、まさか空の願いが叶うだなんて……思いもしていなかった。
空の病気を治してほしい。奇跡を起こしてほしい……神は俺の願いを聞き届けてはくれなかった。
しかしまさか、悪魔が娘の願いを叶えてくれることになるとは、微塵も思っていなかったのだ。