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にぶんのいち とうめいにんげん

作者: 倉科さき

 ぼくは、半分だけ透明人間だ。一日おきに透明になったり、見えるようになったりする。


 おとうさんは本物の透明人間で、ぼくはおとうさんの姿を一度も見たことがない。

 おかあさんは普通の人なんだけど、おとうさんと一緒に生活できないのが悲しいのか、たまに部屋で泣いてるのを見かける。そうなったお母さんはダメで、泣き止んでほしくてタオルを渡してもぼくの腕を振り払ってまた泣き出しちゃうんだ。

 


 朝、リビングに行って挨拶をしても、おかあさんから返事が返ってこなかった。聞こえなかったのかと思いもう一度大きな声で言ってみるけど、やっぱり返事がない。そこでやっと思い出す。


「そうだ、今日は透明な方の日だった。」


 透明な方の日はちょっぴり大変だ。なんでって、透明な日は存在感っていうのかな。それがすごく薄くなるみたいで、みんなぼくのことを忘れちゃうからだ。


 さっそくおかあさんはごはんを作るのを忘れちゃったみたいで、色付いたの日はテーブルの上でトーストが湯気を立ててるけど今日はそれがない。ともだちが朝はトースト食べてるって話をしてから、色付いた日はいつも作ってくれるんだけど、しょうがないよね。前はぼくが作ろうと思ったんだけど、急にトースターが動くとおかあさんがびっくりしちゃうからやめた。今日も朝ごはんぬきかな。


 着替えて、一応おかあさんに声をかけてから家を出る。

 登校中は透明な日特有の寂しさがまぎれるから好きだ。それに、人間にはわからなくても動物にはわかるのか、散歩中の犬や野良猫は僕のほうをじっと見たり、なかには見えないのにそこにいることを変に思うのか、吠えたり唸ってくる子もいる。

 でも、唸られるのはちょっと怖いけど透明な日に僕の存在を認識してくれるのはあの子たちだけだから、それがちょっぴりうれしくもあるんだ。

 

 そんなことを考えながら歩いていたら、もう学校に着いてしまった。思わずはぁ、とため息が出てしまう。


 学校は、透明な一日のうちで一番苦しい時間。寂しくて、退屈で、嫌で嫌で仕方が無いところ。授業中は先生に当てられないから暇でしょうがないし、体育はペアになれる相手がいない。何よりも休み時間が一番寂しいんだ。透明なんだから仕方ないとはいえ、クラスのみんなが楽しそうに遊んでるのをぼーっと見てることしか出来ないっていうのは、なんていうか胸に込み上げてくるものがあるんだ。

 そうして寂しさと戦いながら時間が早くすぎるように祈っていたら、本当に早く時間が過ぎたんだ。今日は大好きな先生の授業ばっかだったから楽しかったなあ。まあ、大好きな先生にも気づいて貰えないんだけど……。

 

 学校が終われば一日はほとんど終わったようなものだ。なんでかって、夜ごはんもおかあさんは作り忘れちゃって食べられないから。

 おかあさんがお仕事から帰ってくる前にお水をいっぱいのむ。そうしないと夜お腹が空いて目が覚めちゃうから。それから直ぐに押し入れの布団の山に埋もれながら眠るんだ。明日こそはいい日になるって信じながら。

 

 次の日、お母さんの優しい声で目が覚める。もう朝ごはんできてるわよ、と言われてから今日は色付いた日なんだと気づいて嬉しくなる。


 その嬉しさを表そうと思ってお母さんに抱きついたら、今日はやけに甘えん坊ね、なんて笑われちゃった。でも、そんなことも気にならない。だって、今日は最高の一日になる気がするんだ!


 サクサクのトーストの上に乗ったカリカリのベーコンとトロトロでプルプルな目玉焼きが、食べられるのを待ちわびるように湯気を出している。一口齧ってみると、トーストのサクッとした食感にアツアツのベーコンの肉汁と程よいしょっぱさがプルプルの白身とマッチして、思わずおいしい!と声を上げてしまう。


 一口、また一口と食べ進めていたら、気付いたらもうトーストが無くなってしまっていた。しょんぼりしていたらお母さんが、


「また作ってあげるから、そんなに落ち込まないの。」


 って慰めてくれた。また作ってくれる、という言葉に反応してすぐに元気になった僕は、早く明後日にならないかな、なんて気が早いことを考えながら学校に行く準備を済ませた。


「いってきます!」

「行ってらっしゃい。車に気をつけるのよ。」


 そんなふうにいつものやり取りをして、荷物を確認して家を出る。

 

 今日はみんなといっぱい遊べる。そう思うだけで胸が弾んで、早くみんなに会いたくてついつい早歩きになってしまう。


 通学路を歩いていると、後ろから僕の名前を呼ぶ声。振り返ると大親友がこっちに手を振っていた。


「今日の授業なんだっけ」

「国語とー、算数とー、学活とー、体育!」

「国語!やったあ!ぼく国語だいすき!」

「俺は体育が楽しみだな〜!」


 なんてたわいない会話をしながら学校へ向かう。わくわくしていたのに、学校に着いた途端すごい眠気に襲われて、気がついたら学校が終わっていた。

 しかも、学校が終わっていただけじゃない。いつの間にか親友と遊んだ帰り道だし、もう空も真っ赤に染まっていた。


 『遊んだ』記憶はあるのに何をして遊んだとか、何を話したかっていう思い出は全く無い。おかしいなあ。なんて思いながら帰り道を歩く。塀の上の猫におかえりって言われたからただいまって言った。透明な日は警戒されちゃうから、挨拶してくれて嬉しいな。


 家に着くとお母さんが「今日の晩ご飯はカレーよ」って教えてくれた。急いでランドセルを置いてから手洗いうがいを済ませてソワソワしながら席で待っていたら、お腹がぐぅって鳴いたんだ。お母さんが笑いながら山盛りのカレーを持ってきてくれて、それから…


 いつの間にかまた寝ちゃってたみたいだ。おかしいなぁ、でも、今日はまた透明な日だからお母さんにも聞けないし…


 首を捻りながらキッチンに行くけど、案の定トーストの湯気もない。とぼとぼ玄関に向かって歩いて、ドアを開けたら男の人が居た。


「久しぶりだね。って言っても覚えてないか?」

「おじさん、だあれ?」

「おじさんか…」


 男の人は少しショックそうにしながら、僕のお父さんだって言ったんだ。


「おじさん、嘘はダメだよ。僕のお父さんは透明人間だから見えないんだよ?」

「透明人間?お母さんがそう言ったのかい?」

「うん。『お父さんは透明になっちゃったからもう会えないんだよ』って」


 そう言ったら、おじさんは少し考え込んでから優しい笑顔を浮かべて、


「お父さんはな、透明じゃなくなる方法を見つけたんだよ。だからお父さんと暮らそう」

「じゃあ、お父さんともお母さんとも一緒に居れるの?」

「いや、お母さんとは一緒に居られない」

「どうして?家族はみんな一緒に住むものだって、本に書いてあったよ?」

「透明人間と普通の人間は一緒に暮らせないんだよ…だけどな、おまえが大きくなったらまた母さんに会いに来れば良いし、お父さんはお前の面倒もちゃんと見てやれるぞ」

「…そっか。じゃあ、ちゃんとお母さんにも会えるし、お父さんとも一緒にいれるってこと?」

「当たり前さ!お父さんは息子に嘘をつかないのさ」


 キザな感じで笑ってくるお父さんを見て、なんかすごく安心したんだ。だから、お母さんのことは心配だったけどお父さんに着いて行ったんだ。もう透明じゃなくなるんだって思いながら。

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