07話
「んんー。ん?」
紬が目を覚ますと、馬小屋のような場所に居て両手両足を縄で縛られていた。はて、ここは何処でボクは何をしていたんだっけ?霧がかかっている頭を振り、順を追って思い出す。あの日、朝起きたら燿姉と桃姉がいなくて・・・二人を追いかけてる最中だったんだっけ。
紬は二人が旅に出た翌朝、燿と桃が居ない事に気付き燈子に詰め寄った。
「なんで!なんでボクは置いて行かれたのさ!」
「二人は紬を置いて行ったのではないわ。自分達に万が一何かあった場合、代わりに村を守るのを紬に託したのよ」
「ボクが燿姉と桃姉の代わり?無理に決まっているじゃないか!だったら無事に帰って来られるように三人で行くべきじゃないの?」
燈子はため息をつきながら、なおも紬の説得を試みる。
「お願いだから言うことを聞いて。すぐに帰ってくるから、それまで修行をして二人を見返してあげましょうよ」
「・・・そうか。ボクは足手まといって事なんだね」
「そうよ」
外に出ていた月代が家の入り口の戸に立ってそう言い切った。
「!」
「あら?自分でもそう思ったから口にしたのではないの?」
月代は玄関の戸にもたれかかりながら続けた。
「足手まといでないと言うのなら、試してみる?私から一本でも取れれば追いかけるのを許可してもいいわ」
「ちょっと月代!」
「いいじゃない。修行の一環よ。紬、どうする?」
紬はすぐに立ち上がり外に向かった。玄関に居る月代の前を通る寸前に足を止め、
「そんなの、聞くまでもないよ。月代さん、今すぐやろう」
肩をすくめて燈子も続いて外に向かう。三人が外に出ると、紬と月代は少し離れて対峙した。間に燈子が立ち、二人の顔を交互に見て、もう一度確認する。
「これから月代と紬の模擬戦を始めるわ。月代が勝てば紬は二人が戻ってくるまで修行をして待つ。紬が勝てば二人を追いかけて旅に出る。それでいいのかしら?」
「ええ」
「うん」
二人が合意したのを確認した燈子は、呆れた顔をして開始の合図を発した。
「始め!」
合図と同時に動いたのは紬だった。一気に月代との距離を詰めて腹部に拳を連続で叩きこむ。しかし、月代は右手で印を結んでおり既に『守の陣』で腹部を守っていた。紬はお構いなしに狙いをつけずに月代の身体を殴りつけていく。月代は紬の拳の速度と打ち込んでくる場所を完璧に読み切り、『守の陣』で防ぎきる。隙を見て紬の足を引っかけ地面に転がした。転がった紬の頭を容赦なく踏みつぶそうと月代が足を上げたが、間一髪で紬は地面を転がり距離を取って立ち上がる。紬は接近戦を諦め、月代から距離を取った。一定の距離を保ったまま、月代を中心に物凄い速度で回りだす。途中、袖からお札を落としていくとお札が次々と紬の姿に変えていき、本物と偽物の区別がつかなくなった。これは紬の得意技の一つの『罠式の術(あみしきの術)』で、多種多様な罠を仕掛ける事が出来る、紬との相性が抜群な術だ。今回紬が選んだのは『罠式の術・幻術型』だ。無数の紬が月代に向かって同時に『炎舞の術』の印を結び始めた。どれが本物の紬か分からなければ避ける事は難しい。しかし、月代は慌てず紬が印を結び終えるよりも先に左手で印を結び終え、空に向けて指を指した。辺りが急に暗くなり、月代の周りだけ雨が降り出した。雨で偽物の『炎舞の術』は消えていき、残った本物を、右手の『守の陣』で凌いでしまう。紬が呆気に取られていると胸に衝撃を受け跳ね飛ばされてしまった。月代が円盤のようなものを飛ばしたのだ。それは月代の右手で発動していた『守の陣』だった。非常識にも、守る為の術を紬に投げつけ攻撃として使ったのだ。燈子は月代の楽しそうな顔を見て大人げ無い。と呟いていた。
「紬、もう終わり?」
「ま、まだまだだよ!」
「そこまで!」
燈子は見ていられず月代の勝利を宣言した。
「何で⁉まだボク降参してないよ!」
「月代は模擬戦が始まってから一歩も動いていないのだけれど。それでもまだやるの?」
「そ、それは・・・」
「そもそも、いつも三人でかかっても一本も取れない月代に一人で勝てるわけがないでしょうに。ほら、二人とも家に戻るわよ」
そう言うと燈子は家の中に入ってしまい、紬はその場に座り込んで涙ぐんでしまった。月代は紬をしばらく見つめた後、すぐ傍までやってきて、一枚の紙を渡しながら小声で話し始めた。
「紬、よく聞いて。今すぐ颯を連れてこの紙の通り進んで二人と合流しなさい」
「え・・・だって、ボク負けたのに」
「ええ、だからなるべく危険の少ない道を記しておいたわ。妖怪や『憑き人』と遭遇しても出来るだけ戦闘は避けなさい」
「本当に、いいの?」
「燈子に見つかる前に行きなさい。早く!」
紬は渡された紙を握りしめ村の出口まで駆け抜けた。家からかなり離れたこの場所までくればすぐに追いつかれることは無いだろう。
「颯!」
「そんなに叫ばなくてもいるっつうの」
「今からお姉ちゃん達を追いかけるから、ボクとついてきて!」
「にゃはは!つむぎんみたいなお子様が一人旅かよ!よほど今の世の中ってのは平和なんだなぁ!」
「平和じゃないよ!だから颯にも来て欲しいんじゃないか!嫌なら村に残っていてもいいよ!ボク一人で行くからさ!」
「にゃは!契約している以上、ちゃんとお守りしてやるよ。つむぎん!」
颯の保護者のような言い方に怒りを感じたが、言い合いをしている間に燈子に見つかってしまうのは避けたい。紬は言い返したいのをぐっと堪え、先を急いだ。