17話
紬が桃を拘束した後、二人は合流するまでどんな旅だったのかお互いに話していた。
「『憑き人』か。結局ボクは遭遇しなかったな」
「それは月代さんの地図に従ったからでしょ。私達が燈子さんからもらった地図は黄泉の国の場所しか書いていなかったのよ。遠回りもして、いくつかの村に寄ったから遭遇してしまったのよ」
「そもそも『憑き人』って何なんだろうね?」
「何って、妖怪に憑りつかれた人の事よ。紬だって燈子さんや月代さんから教えられているでしょ?」
「それはボクも知ってるよ。だけどそれしか知らないんだよね。見分けは付くの?」
「瞳よ。『憑き人』になると瞳の色が黄色に変わってしまうの。でも死の直前に瞳は元の色に戻るの。恐らく、死にゆく身体から妖怪が離れるからだと思うけれど、人として弔ってあげられるのだけが救いね」
「じゃあ、話す事は?記憶は?元は人間なんだから、暴れるだけなら殺してしまわなくてもいいと思うんだけど」
「私達が遭遇した『憑き人』は人の時の記憶を持っていて、普通に会話も出来たわ。でもね、段々言っている事がおかしくなるの。『血が飲みたい、お前の腕を食べたい』ってね」
「え」
「そんな事を言う人を野放しに出来ると思う?見た目は人でもそうなってしまえば、もう妖怪と変わらないのよ」
「・・・」
紬が何も言えずにいると社の外から複数の気配を感じ、緊張が走った。直ぐに動けるよう身構えた二人は、扉を蹴破り侵入してきた者を見て驚きを隠せなかった。そこには数人の『憑き人』が立っていたからだ。今にも襲い掛かってくる気配を感じた燿は、紬を守るように背中に隠し、素早く印を結び『風斬り(かざぎり)の術』を発動した。『憑き人』達は切り裂かれながら外に吹き飛ばされる。燿と紬はそのまま社から飛び出すと、燿ですら見たことが無い程の『憑き人』で溢れかえっていた。
「な、なにこれ」
「考えるのは後!桃がまだ目覚めていない以上逃げるわけにはいかないわ!」
「う、うん」
燿はちらりと紬を見て後悔した。中途半端な説明しか出来なかったせいで、紬は人と変わらないそれをまだ敵と認識出来ていない。
「紬は社を守って!絶対に中に入れないようにして!」
燿は叫ぶと同時に『憑き人』の群れの中に飛び込んで行った。一人になった紬は、社の入り口を背にして鎖鎌の颯を握りしめ牽制するも中々攻撃を当てられずにいる。
「つむぎん、ひとつも当ってねぇぞ!少しでも減らしていかねぇと守りきれねぇぜぇ!」
「そんな事言われても!」
「ちっ!」
業を煮やした颯は自ら刃の軌道を変え、迫ってくる『憑き人』の足を削っていく。
「颯!」
「わかってるよ!殺したくねえんだろ!それでもやるしかねえだろが!それとも桃ちゃんを置いて逃げるか?」
「そんな事、できるかぁああぁ!」
紬は大声で叫びながら近づいてくる順に鎌で動きを止めていくが、それでも致命傷を与えることは出来ずに少しずつ社の入り口へと追い詰められていく。ついには両腕を掴まれ、左右から紬に喰らいつこうとする『憑き人』が口を開き迫ってくる。自分の甘さと覚悟が足りなかったせいで自らが殺される事よりも、社を守れなかった事が悔しかった。
「桃姉・・・ごめん」
「大丈夫」
届く筈がない言葉を呟いた紬の耳元で声が聞こえ、紬へと迫ってきていた首が二つ転がり落ちた。同時に刀を携えた桃が社から飛び出してきて紬の少し前方に着地すると、その場で舞うように一回転した。密集していた『憑き人』は時が止まったように動かなくなり、桃が紬に向かって微笑むと同時に血しぶきを上げながら崩れ落ちた。
「桃姉!」
「守ってくれてありがとう。ここからは『私』が紬を守るから」
紬は緊張が解けたようにへたり込んでしまった。燿姉との約束を破らずに済んだ。桃姉を守り切る事が出来た。この笑顔をまた見ることが出来た。そう思うと紬は涙が溢れてしまい何も喋れなくなってしまった。そんな紬を優しい瞳で見つめていた桃は囲まれているこの状況を打破する為に、まずは紬の周辺の『憑き人』を一切の容赦無く斬り捨てていく。その斬撃は以前と比べ物にならないくらい速い。解放していないとは言え、『アマテラスの桃』と『スサノオの桃』を両の腕に印として記した事で影響が出ているようだ。
「黎、紬が村まで帰れる道を作る。手伝って」
「桃がお願いなんて珍しいな。気分がいいから特別張り切ってやるよ!」
黎は九尾の狐の姿に戻り、手当たり次第に『憑き人』を切り裂いていく。
「颯、紬を乗せて村まで戻って」
「あいよ」
「ちょっと桃姉!ボクも一緒に戦うよ!」
「紬は手を汚さなくていい。『憑き人』は私とお姉で相手するから。ね?」
口を開きかけた紬を既に猫又に戻っている颯の背に乗せ、桃は村の方角に向かって『炎舞の術』を発動し、一直線に道を作る。
「行って」
颯は合図と同時に駆け抜けていく。それを見届けた桃は黎を刀に戻し戦場を駆ける。
「桃、後で説明しろよ。お前、別人みたいだぜ」
「うん。とりあえずお姉と合流してからね」




