16話
---猿の社---
社の扉は既に開かれている。燿が先に一人で入り、祀られていた『猿の体毛』を羽衣で取り込んでいた。羽衣は金色に光り輝いて燿の懐に収まっている。『雉の社』からの道中で桃の話を聞かされ、『猿の社』がとても危険になる事が分かっていたからだ。二人は最初、桃が『猿の社』に行くことに大反対だった。しかし桃の話を聞き、境遇を考えたら二人が折れるしか無かった。
「鬼と神の姉がいるのはボクくらいだね!」
「お馬鹿」
燿と紬は心配な気持ちを隠し、努めて明るくしてくれた。万が一、桃が暴走する事を考え、中に入ったら『罠式の術・捕縛型』で拘束する事になっている。これは桃が紬にお願いした事だ。
「じゃあ、行ってくる」
「気を付けてね」
「絶対『スサノオ』なんかに負けたら駄目だからね!」
桃は頷き社に入ると途端に気を失った。すぐさま燿が支え、紬は印を結び『罠式の術・捕縛型』で桃を柱に縛り上げる。
「桃姉、頑張って・・・」
桃は見慣れた森の中に立っていた。辺りは暗闇に覆われていて、血の匂いで辺り一帯を包み込んでいた。
桃は今までと違い見覚えの無い光景に戸惑った。少し先に小屋があったので近づいてみようと一歩踏み出した途端、背中に冷たい気配を感じた。慌てて振り返ると、紅の瞳をした桃がまさに刀を振り下ろす瞬間だった。桃はとっさに身をよじって避けようと試みたが、完全には避け切れず肩の肉を少し抉られ血が滲んできた。桃は次の攻撃が来る前に小屋まで全力で走り、柱に刺さっていた刀を抜きすぐさま息を整えた。『スサノオの桃』と対峙する為に振り返ると、すでに桃を突き刺そうと刀が迫ってきていた。それを回転し今度は完全に避け切ると、その勢いを利用して『スサノオの桃』の横腹に向かって刀を振りぬいたが、空を斬るのみで『スサノオの桃』を見失ってしまった。桃は小屋の壁を背にして次の攻撃に備えた。左右の木々を警戒していると、正面から人間が投げたとは思えない速度で桃の額目掛けて刀が飛んできた。桃はかろうじて首を曲げて避けるが、掠っていたようでこめかみ辺りから血が流れだす。正面を凝視するとようやく闇に慣れてきたのか、そこかしこに転がっている死体から刀を拾った『スサノオの桃』がこちらに向かってゆっくり歩いてくる姿を捉えた。桃は見失う前に一気に距離を詰め刀を振るが、紅の瞳が揺れた瞬間『スサノオの桃』の姿は消え、またも桃の刀は空を斬ってしまう。圧倒的に速さが違う。逆転の一手はないかと考えようとするが、木の上から降りながらの攻撃を受けるので手一杯になり、思考がまとまらない。桃は刀での押し合いの隙をついて『スサノオの桃』の腹に蹴りを入れ距離を取る。
「コロス!コロセ!」
『スサノオの桃』が叫んでいる。震えている自分の両腕に視線を一瞬落とし、包帯に気付く。桃は左腕に巻かれている包帯を勢いよく解く。
「アマテラスを!解放する!」
桃の左腕で光っていた印が一層眩く光り輝き、いつの間にか『スサノオの桃』の後ろから現れた『アマテラスの桃』は素早く勾玉を『スサノオの桃』の首に掛ける。その瞬間『スサノオの桃』の手から刀が落ち、力なく立ち尽くした。
「呼ぶのが遅いわよ。桃」
『アマテラスの桃』は桃の傍に来て微笑んで見せた。
「あ・・・りがと」
「ひとまずこれで『スサノオの桃』も印として桃の身体に刻み込めるわ」
「『スサノオの桃』だけ身体から出す事は出来ない?」
「残念ながら無理ね」
桃は改めてこんな恐ろしい者が自分に宿っている事に戦慄を覚えた。身体の震えが収まらずどうにもならないでいると『アマテラスの桃』が手を握ってきた。
「いい?人間でいたいのなら人格を分けたまま生きていきなさい」
「う・・・ん」
「それでも、もしも人間をやめる覚悟で力を欲する時が来たら、必ず私を解放してから『スサノオの桃』を解放しなさい。でなければ人格を一つにする前に『スサノオの桃』に身体が支配されてしまうわ。絶対に忘れないで」
『アマテラスの桃』はそれを伝えると再び桃の左腕に印として戻っていった。桃は立ち尽くしている『スサノオの桃』にふらふらと近寄り、自分の中の恐怖を抑え込み右手で触れた。『スサノオの桃』は紅の瞳で桃を睨みつけたまま消えていき、桃の右腕には印が刻まれた。傷の痛みをようやく感じながら桃は目の前が歪み仰向けに倒れこんだ。
桃が『猿の社』で目を覚ますと、燿と紬の姿が見当たらなかった。『罠式の術・捕縛型』はかけられたままで桃は柱に縛られたままだ。社の外が何やら騒がしい。桃の心がざわついた。
「黎、いる?」
「桃!戻ったか!」
「何が起こっているの?」
「説明は後だ!動けるか?」
黎はそう言いながら『狐火』で桃を柱から解放し、すぐさま刀に変化する。
「お姉と紬は?」
「外だ!俺たちも行くぞ!」
桃は黎を持つと、社の外に飛び出した。社の外は
―――『人憑き』で溢れかえっていた。
― ???
「あはは!桃がそんな事になっているの!普通ではないとは思っていたけど、これで駒が揃ったわ」
「そうね。私達の願いがついに成就するのね」




