14話
三人は『イザナミノミコト』に言われた通り、村に戻る前に社を目指していた。とは言え、村の周辺にあるらしいので村に向かっているのと変わりはない。
「ボクは『雉の社』しか知らないんだけれど、他に二か所もあるの?」
「ええ、山の後ろに『犬の社』、川上に行った所に『猿の社』があるわ。燈子さんには近寄らないように言われていたけれど」
燿と紬が話している少し離れた後ろで桃が歩いていると、黎が話しかけた。
「黄泉の国での記憶はあるか?」
「紬と二人で死人を相手にしている途中・・・気が付いたら一人で座って眠っていた」
「あの時、急に意識を失ったと思ったらお前じゃない『桃』が出てきたぜ」
「どういう事?」
「さぁな。俺にもわからないが、明らかにいつもと様子が違っていたぜ。燿が危ないからって紬を中に行かせて俺とお前で残りの相手をしたってわけだ。悪意があるとは思えなかったが」
「そう」
「燿と紬には黙っているように言われていたが、契約だからお前には伝えても問題ないだろ」
「・・・」
「そいつは眠る前に犬の社に向かえって言っていたぜ」
「ありがと」
桃は燿と紬に追いつき、最初に『犬の社』に向かう事を提案した。二人は桃が珍しく自分の意見を率先して伝えてきた事と、一番遠い社を選んだ事に驚きを隠せなかったが、特に反対する理由もないので『犬の社』に向かう事にした。
「ねえ、せっかく三人いるんだからそれぞれの社に行けばいいんじゃないの?」
「『イザナミノミコト』が仰っていたのを紬も聞いていたでしょ。必ず桃を連れて行かなければいけないって」
「そこがまた不思議なんだよね。桃姉が行かないといけない理由って何なのだろ?」
「まずは行ってみないと分からないわね。桃に危険が迫るようであれば、二人で守るわよ」
「もちろん!」
―犬の社
「少し離れていただけなのにとても懐かしく感じるわね」
「うん」
三人での帰路は『憑き人』と遭遇することも無く無事に『犬の社』に辿り着くことができた。異変は社の中に入ったときに起きた。中には『犬の牙』が祀られていた。燿が近づくと持っていた羽衣が勝手に懐から抜け出て、『犬の牙』を包んでしまった。羽衣は少し輝き、燿の懐に戻ったが、『犬の牙』は消えていた。羽衣が取り込んでしまったようだ。
「これが社に来た理由?これを後二か所で・・・!」
燿が言いながら振り返ると桃が倒れていた。
「桃!」
「桃姉!」
二人がどんなに呼びかけても目を覚まさない。
桃は見覚えのある、大きな桃の木の下に居た。燿と紬の姿は無く、目の前に小さな少女が立っていた。
「お嬢さんは、誰?」
「桃」
「貴方も桃っていうの?」
「違う」
「?」
「二人とも、同じ桃」
「どういう事?」
「二人は一緒にならないといけないの。でなければ自分を見失うから」
「ごめんね。言っていることが分からない」
「今はそれでいいの。『雉の社』にいる桃が教えてくれる」
「『雉の社』にもいるの?」
「うん。『雉の社』の桃は何でも知っている。でも『猿の社』の桃には気を付けて」
そう言うと、少女は桃の胸に手を当てた。すると少女の姿が足元から徐々に消えていき、桃に触れている手が最後に消えた。まるで桃の身体の中に入ったかのように。桃は目の前が歪んで目を開けていられなくなった。目を閉じる瞬間、少女の声がかすかに聞こえた。
「自分を見失わないで」
「桃!」
次に桃が目を開けると燿と紬に見下ろされていた。辺りを見回すと『犬の社』のようだ。社の中で気を失っていたらしい。先程少女と話していたのは夢だったのだろうか。それにしてははっきりと内容を覚えているし、何より頭がはっきりしている。
桃は物心ついた時から頭の中に霧がかっているように感じていた。言葉では表現し難いが、その霧に思考を止められているようだった。結果、周りからは考えるよりも体が先に動いているように見られていたのだろう。その霧がすっかり晴れていた。
「ごめん。大丈夫」
「本当に?振り返ったら桃が倒れていたから驚いて心臓が止まるかと思ったわよ!」
「どれくらい倒れていたの?」
「そんなに時間は経ってないけど、ボク達どうしたらいいかわからなくて・・・あんまり驚かせないでよ!」
二人は本当に心配そうに顔を覗き込んでいる。桃は少し悩んだ後
「もう大丈夫だから。次は『雉の社』に行きたい」
「もう動いて平気なの⁉」
「うん。それと二人に聞いてほしいことがある」
桃はそういうとすぐさま立ち上がって社を出た。燿と紬は追いかけるように社から出てくる。
「ボク達に話があるって何?」
「多分、『雉の社』でも同じことが起きると思う」
「!」
燿と紬が同時に息をのんだ。
「それは・・・どういう事?」
「まだ分からない。でも『雉の社』ではっきりすると思うから」
「そんな、倒れることがわかっているのに桃姉を連れて行ける訳ないよ!「イザナミノミコト」は一体何を考えているのさ!」
「紬、落ち着いて。これは必要なことだと思う、から」
「落ち着けって・・・!」
「紬、待って。桃、行かなければいけない何かがあるのね?」
「うん」
「そう・・・なら『雉の社』に向かいましょう」
「燿姉!」
「最初に二人で約束したでしょう?桃を信じて、それでも危険な事があれば私達が絶対に守るわよ」
紬はそれでも反論しようとしたが、燿の顔を見て黙って頷いた。燿の瞳に決意を感じたからだ。
「ありがとう」
桃は二人を誇らしく思った。こんなに頼れる姉がいることを。こんなに心配してくれる妹がいることを。今までにも桃は二人に助けられてきた。自分が何者かもわからずに。社に行けばそれが分かるかもしれない。そうすれば二人の事を助ける側になれるかもしれない。そう思うと自然と歩く速度が速くなってしまった。




