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第83話 こ、怖くないもんっ!

 ――私は雨が苦手だ。


 嫌いなんじゃなくて、苦手。


 雨が降ると、何だか気分が沈んでしまうから。でも、それ以上に、雨そのものが私はとても怖くなったんだ――




「う~~ん……なんか、微妙……」


 言葉の通り、お姉ちゃんは微妙そうな声で言う。


 私も同じ意見だったので「そうだねー」と同意した。



 土曜日の夜。


 私はお姉ちゃんのお部屋で、一緒に撮りためた映画を見ていた。


 私は初めて見る映画で、それはお姉ちゃんも同じらしい。ちょっと前に話題になった映画らしいんだけど……


 別につまらなくはなかったんだけどなー。


 話題作ってことで、期待値が高くなってたのかも。



 そんなことを考えていると、あくびが出てしまう。時計を見ると、ちょうど日付が変わったところだった。


「大丈夫? 眠くなっちゃった?」


 お姉ちゃんに見られちゃったらしい。


 うぅ、しまったなあ、私としたことが。お姉ちゃんにはみっともない姿見られたくないのに。



「んーんっ。平気だよ」


 コテ、とお姉ちゃんに寄りかかるようにして体を預ける。


 すると、お姉ちゃんはなにも言わずに私の頭を優しく撫でてくれた。



 お姉ちゃんと二人きりの時間……私は、この時間が何よりも大好きだ。


 耳に届くのは、時計の秒針の音、お互いの息遣い、それに……アスファルトを叩く雨音。


 目を閉じると、音はさらに大きくなって私に届く。そして私を包んでくれるのは、大好きなお姉ちゃんの匂い……



 くんくん。ふふっ、お姉ちゃんいい匂い。私、この匂い大好き。ずっと嗅いでいたいくらい。


 くんくんくんくん。この匂いを嗅いでいると、すごく安心できる。ここにいる間は、悪いことなんて何も起こらないんだって、そう確信できる。


 くんくんくんくんくんくんくんくん……



「ちょ、ちょっとアリスちゃんっ?」


 お姉ちゃんが、何故かちょっと困ったような声で私を呼ぶ。


「どうしたの? お姉ちゃん」


「どうしたのって……何でそんなに匂い嗅いでくるの? 恥ずかしいよ……」


「だって、お姉ちゃんいい匂いなんだもん……」


 お姉ちゃんが逃げようとしたので、私が抱きしめてそれを防ぐ。そして勢い余って、お姉ちゃんを押し倒す格好になってしまった。



「ご、ごめんお姉ちゃんっ。大丈夫?」


「……うん。大丈夫だよ。どこもぶつけてないから」


 一瞬体を強張らせたお姉ちゃんは、すぐに答えてくれた。私を安心させるみたいに笑いかけてくれる。私はもう一度「ごめんね」と言った。



「お姉ちゃん。今日一緒に寝てくれる?」


「うん。でも、どうしたの? 今日はいつもより甘えんぼだね」


「う、うん。そうかも……」


 素直に言うのは恥ずかしくて、ちょっと誤魔化してしまう。けれど、お姉ちゃんはすぐに思い当たったらしい。


「まだ、ちょっと苦手?」


 私は答えずに、小さくコクリと頷いた。



 ――私は雨が苦手だ。


 雨が降ると、何だか気分が沈んでしまうから。でも、それ以上に、雨そのものが私はとても怖くなったんだ――


 とはいえ、今はそれよりも……



 ピカッ



 電気を消して暗くなった部屋が、カーテン越しに光を受けて一瞬明るくなる。


 私が体を強張らせるのとほぼ同時、


 ゴロゴロ!


 重く深い雷の音が私の体をさらに強張らせる。



 うぅっ。


 やっぱり苦手だなあ雷。ちょっと怖い……



「お姉ちゃん……お姉ちゃんてば……っ」


「くー……くぅー……」


 寝ていらっしゃる。


 とっても気持ちよさそうに寝息を立てていらっしゃる。



 映画二本連続で見れ疲れちゃったのかなあ。ふふっ、かわいい寝顔。キスしちゃおっと……


 ゴロゴロ!


「きゃぁああああっ!」


 光ると同時に鳴られる。


 心の準備ができておらず、私は悲鳴を上げてしまった。


 でもお姉ちゃんは寝てる。起こさなくてよかったと安心する一方、寂しくもある。


 体、ちょっと震えちゃってる……



 ……あの時もこんな夜だったっけ。


 私がイギリスに行っちゃう前、お姉ちゃんと過ごした最後の夜。


 あの夜も、雨が降って雷が鳴っていた。


 それで、私は不安で怖くて泣いてしまって、そうしたら……



 ぎゅっ



 唐突に、私は心地のいい温もりに包まれた。



「大丈夫だよ……」


 耳元で、優しく囁く声。


「泣かないでアリスちゃん。大丈夫、怖くないから、安心して……」


「お姉ちゃん……?」



 起こしちゃったのかなと思ったけど、そうじゃなかったみたい。寝言みたいだ。でも……


 お姉ちゃんの言葉は、あの夜と同じものだった。この温もりも、優しさも、あの時と同じ。



 そうだ。


 お姉ちゃんの温もりと優しさを全身で感じて、私は余計に別れが辛くなった。


 そして雨が降るたびにお姉ちゃんを思い出して、泣きそうなくらいに悲しくなったんだ。


 けれど……



「大丈夫だよ。私がついてるからね……」


 今はこんなに近くにお姉ちゃんがいる。


 そう思うと、自然と体の震えは止まっていた。



 お姉ちゃんの背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。


 もっと胸が温かくなって、幸せな気持ちになれた。



「お休みなさい……」


 そっと、お姉ちゃんにキスをする。



 目を閉じる。待つほどもなく、私は心地のいい微睡に落ちていった――

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