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第27話 星に邪な願いを

「――でさ、アイツ何で急に別れるなんて言ったと思う?」


「さあ」


「私が〝月極〟を〝げっきょく〟って読んだからだって! ひどくないっ!?」


「ひどいひどい」


 井上いのうえの国語力が。



 大学の講義を終えて、井上と一緒に適当に街をぶらつく。


 すると、地元の駅前で七夕の短冊を見つけた。



「お、ちょっと見てみようぜ、みゃーの」


 なんて言いながら、井上は短冊を見てる。ほんと切り替えの早い奴だ。


「やめなよ、人の見るなんて」


「公共の場に書く時点で人に見られることも覚悟してるでしょ」



 ……まあ、そりゃそうかもだけど。


 コイツ、思い出したように正論を言うんだよね。



「見てみ、みゃーの。恋愛の願い事ばっかりだ」


 なんだかんだ言って、私も見てしまう。


 ……確かに「彼氏が欲しい」とか「告白が成功しますように」とか、恋愛関係の願い事ばっかりだ。


 他にも「合格祈願」とか「世界が平和になりますように」とか、ほんわかする感じのもあるけど……!?



 ほんわかした感情が、引きつる。



「お姉ちゃんと結婚してエッチしたい」



 という願い事に、否応なしに目が止まる。それが見覚えのある字だったから。



 これ、アリスちゃんの字だよね。


 結婚したいっていうのは、もう何度も言われてきたけど……



 エッチしたい。



 そこで考えが止まってしまう。


 エッチって、その……アレだよね。


 そっか。アリスちゃん、私とそういうこと……



「お姉ちゃん?」



 突然聞こえてきた声に、飛び上がりそうになった。


 今さら確認するまでもない。それは……



「アリスちゃん……」



 可愛い従妹の声。


 見ると、そこにはやっぱりアリスちゃんがいた。けど、一つ予想外のこともあった。



 アリスちゃんの隣に、見知らぬ女の子が一人。


 セミロングの髪をサイドテールにした子だ。制服を着てるってことは、友達かな……?



「おおー、アリスちゃん。久しぶりだねー。隣の子は友達?」


「はい、友達の星野ほしのさんです」


 星野さんというらしい子は、井上にあいさつをした後で、今度は私のほうを向いた。


「ねえ、小岩井こいわいさん。ひょっとして、この人がいつも言ってるお姉さん?」



 コイワイサンって誰だろうと思ったけど、それ確かお母さんの旧姓だ。


 アリスちゃんは日本じゃお母さんの旧姓を使ってるんだっけ。


 ていうか……



「えぇと、星野さん? 私のこと知ってるの?」


「はい。小岩井さん、いつもお姉さんの話ばっかりしてますから」


「そ、そうなんだ……」


 なんか照れる。井上が「愛されてんねみゃーの」なんてからかってくるから余計に。



「これも小岩井さんが書いたんですよ」


 と言うので、一瞬息が詰まったけど、星野さんが指さしたのは、「お姉ちゃんが幸せになりますように」と書かれた短冊だった。


「愛されてんねみゃーの」


「愛してます、お姉ちゃんを」


 愛されてます、私。




 私たちも願い事を書いていこうって話になって、皆で書き始める。


 アリスちゃんは星野さんと、何か笑い合いながら書いていた。


 それを見て、何だか安心する。アリスちゃんのこういう姿は初めて見た気がしたから。


 アリスちゃんと星野さん、仲がいいんだなー。



「へー。星野さんてテニス部なんだ? しかもレギュラーなんてすごいね」


「うちは部員が少ないもので……」


 そういえば、前にアリスちゃんが助っ人で出たときに、この子を見かけたような気がする。



「小岩井さんを部活に勧誘して、それで話すようになったんです」


 そうなんだー、と呑気な私。でも……


「この間はごめんね? 結局役に立てなくて」


 アリスちゃんはしょぼんとしてしまった。


 練習試合で負けてしまったこと、まだ気にしてたみたい。



「もう、気にしなくていいって言ってるのに。あれは私たちの力不足で、小岩井さんは悪くないよ」


 自分たちの力だけで全国大会に出るのが夢、という星野さん。そんな彼女が書いた願いは「もっとテニスがうまくなりますように」だった。


 それに対し、


「素敵なカレシが欲しい?」


 我が親愛なる友人の分かりやすさよ。もうちょっとストイックになった方がいいと思う。



「もっと私を大切にしてくれる人が欲しい! 欲しいもの買ってくれたり欲しい言葉をかけてくれたり、あと漢字が読めないからってバカにしない人!」


 要するに都合のいい男が欲しいってことか。死ぬまで一人だなコイツ。


「そういうみゃーのは何書いたの?」


「え? うぅん、私はまだ」


 正直、こういうのは興味ないんだよね。



 井上だけなら適当に流すけど、アリスちゃんと星野さんもいるならそうもいかないか。適当にそれっぽいことを書いておこう。


 一応、私にも願い事はある。あるけど……



「お姉ちゃん、何書いたの?」


 アリスちゃんが私の肩越しにのぞき込んでくる。


 妙に恥ずかしくて隠そうとしたけど、アリスちゃんは私よりも背が高いから、簡単に見られてしまった。


 でも幸い、そこに書いたのは……



「家族が健康でいられますように」



 という、模範的なというか、ありがちなものだ。



「みゃーのは真面目だなー」


「いいじゃないですか。そういうの好きですよ、私」


 井上と星野さんは好意的な反応だけど……



 なんだか、アリスちゃんはちょっと不満そうだった。




 井上たちと別れた、アリスちゃんとの帰り道。


「アリスちゃん、もしかしてだけど、なんか怒ってる?」


 訊いてみると、アリスちゃんは驚いたような気がした。


「え、そんなふうに見える?」


「怒ってるっていうか、その……不満があるみたいな感じ?」


 するとアリスちゃんは、



「お姉ちゃん、短冊に私のこと書いてくれなかった」


 ちょっとムスッとした顔になっていた。


「私、お姉ちゃんのこと書いたのに。お姉ちゃん書いてくれなかった」


「か、書いたよ? 家族が健康にって」


「そういうのじゃなくて! 私だけのことを書いてほしかったのにっ!」



 アリスちゃんは急に立ち止まって、私の手首を掴んでブロック塀に押し付けるみたいにした。



「どうして書いてくれなかったの?」


 アリスちゃんはじっと私を見下ろしていて、離しそうにない。


「ああいうところには書きたくないんだ。なんか、安っぽくなっちゃう気がするから……」


 何故かアリスちゃんはちょっと笑った。


「じゃあ、直接教えて。お姉ちゃんの願い事」



 アリスちゃんの目は、私を捉えたまま。


 私の口は、なにか見えない力に引っ張られるように開いていく。



「アリスちゃんとずっと一緒にいたい……とか……」


「私も、そう思ってるよ……んっ」


 いたずらっぽく笑ったアリスちゃんは、急に私の唇を塞いでくる。



 ……うぅん、急にじゃない。


 私は予想できた。こうなることが。それに、期待もしてた。こうなることを。



 無理やりされるのって、なんか……ちょっと好き。


 私のことが好きなんだって、求めてくれてるんだって、そう思えるから……!?



「アリスちゃん……っ!?」


「お姉ちゃんてさ、最近スカート穿くことが多くなったよね」


 耳元で囁かれると同時、アリスちゃんの手が、私のスカートの中に入ってくる。


「だって、最近暑くなってきたし……」


「それだけ?」



 アリスちゃんの顔に浮かぶのは、今度は意地悪な笑み。


「うそ」


 耳元で、息を吐くみたいに言われて、体が震えてしまう。


「期待してるんでしょ? 私に触られること。触られたくて、私が触りやすいように、スカートばっかり穿いてるんでしょ?」


「そっ、それは……」



 そう、かも……


 アリスちゃんはいつも、私に優しく触ってくれる。まるで壊れ物に触るように、焦らすみたいに、優しく……


 でも、それは時々激しくなって、どうなるんだろうって、何されちゃうんだろうって、すごくドキドキして、私の体はそれをすっかり覚えてしまった。


 だから、ただやさしいだけじゃ、何だか……



「物足りない?」


 見透かすように言われて、私は何も言えなくなった。


 でも、それに反して、私は首を縦に振っていて……



「教えて。どうして欲しい? 望むこと、何でもしてあげるよ」


「……キス、して……」


 もう、アリスちゃんの思うがままだ。


 ……うぅん、ちがう。これは、私の……



 はあい、というアリスちゃんの言葉が、妙に遠くで聞こえる。


「いっぱいキスしてあげるね」



 耳元で甘く囁かれて、細かいことなんて、もう全部どうでもよくなった――

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