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私的哲学

自分の考えが理解出来ない話

作者: 羅志

 時々、よくわからない思考をすることがある。


 包丁を使っていると、それで腕を切ったらどれだけ切れるのか、考える。

 やろうとしたことはないけれど。


 職場の食洗機を見て、これに挟まれたら指など簡単にちぎれるかもしれないと、考える。

 やろとしたことはないけれど。


 ふと目に入った洗剤を見て、これを飲めば死ぬのかどうか、考える。

 やろうとしたことはないけれど。


 生ゴミも入ったゴミ袋を運んでいる時、これを人に浴びせたらどうなるだろうか、考える。

 勿論、やったことも、やろうとしたこともないけれど。


 どうしてそういう思考になるのか、理由はわからない。

 ただふと、何気なくそう考えることがある。

 自分でもよくわからない考えだ。


 腕が切れるか、指がちぎれるか、洗剤で死ぬか。

 これらは一種の希死念慮なのかもしれないけれど、ゴミを人にかけたい、というにはそれとは程遠い考えだろう。


 考えているときは何も疑問に思わなくとも、思い返すと異質というか、異常というか。

 よくよく考えなくとも、おかしい考えだと思う。

 自分の思考が理解出来ないというのは、実に不思議というか、厄介だ。

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