落胆と八つ当たり
家に帰りつくと部屋に直行して引きこもった。どれほど時間がたっただろうか。けれども俺は霧ケ峰鏡花のことを考えてばかりいた。初めて一目惚れし、初めて好きになった人をそんな簡単に忘れられるわけなかった。告白したことをすごく後悔した。考えるたびに気分が落ち込みベッドにうつ伏せ、放心状態になっているところにドアをノックする音が聞こえた。
「お兄、ご飯できたよ」
妹が呼びに来たようだ。
「腹減ってない」
申し訳ないと思ったが今はのどに通る気がしなかった。
「は?私がせっかく作ってやったのに食べないわけ」
「いらない」
「食べないなら先に言えし」
「・・・・・・」
「無視すんな馬鹿兄」
そういって階段を下りて行った。
ちなみに俺の両親は共働きで二人とも海外に赴任している。今は中学三年生の妹の望と二人暮らしをしている。妹は金髪でピアスをつけ目はカラコンと化粧でお人形のように大きい。いわゆるギャルだ。学校にもほとんど行かずたまに登校するときはスプレーで黒髪に戻して行っているようだ。家事は一日ずつ交互に担当している。今日の当番は望だ。
夜が明け朝のひかりがカーテンの隙間から差し込んでいる。今日は土曜日で学校が休みだ。次の日が休みでよかったとこれほどまでに感じたことはなかった。特にやることもなかったのでベッドの上でスマホを扱っているとインターホンの音が鳴った。
「お兄、今手が離せないから外出て!」
一階から望の声が聞こえた。重たい体を回転させ立ち上がって玄関先まで行った。
「はい、どちらさま・・・」
「オイッス創、遊びに来たよ」
「か、華恋どうしたんだよ急に」
「今日部活休みで暇だったからさ~勝手に来たっていいでしょ?幼馴染なんだし」
一ノ瀬華恋は小学生から中学生まで一緒で家が近所の女の子だ。栗色の髪の色をしたショートヘアーで巨にゅ・・いやこの先はやめておこう。バレー部に所属していて県内でも有名な進学校に通っている。
「で、何しに来たんだ?」
「遊びに来たって言ったじゃん」
「遊びにって・・・」
「とりあえず中に入るね」
強引に家に入ってきた。今日はそんな気分じゃないのにと思ったが言っても聞かないため俺もあきらめた。
「チャオ、望ちゃん」
「チャオ、華恋ちゃん」
「クンクン、いい匂いがしますな。なに作ってんだYO~」
「イェーイ!今日はマカロンパーティーナイトだし」
「普通に話せよ、それにまだ昼間じゃねーか」
聞き馴染みのない言葉ばかりでめちゃくちゃな会話に思わず突っ込んでしまった。
「ノリ悪いなーお兄は」
「うるせぇ」
そういって俺は自室に戻った。今はだれかと仲良く話すことのできないと分かっていた。華恋には申し訳ないがただただ一人になりたかった。
「今日の創は元気ないね」
「マジそれ、昨日からお兄あんな状態で、すっごい感じ悪いの」
「なんかあったの」
「知らない。ご飯も食べずにずっと引きこもってたし」
「華恋が聞いてこようか?」
「いいの?」
「もち、華恋お姉ちゃんに任せなさい」
「ありがとう華恋ちゃん。うちが話すとケンカになりそうだし、お兄が元気ないと・・・つまんないし」
リビングで何の話をしているのだろうか、感じ悪いと思われてないだろうか、このまま学校にも行かず自室で過ごしたい。そう思った。望が学校つまらないから行きたくないと言っていたのを思い出した。俺自身も学校なんて好きじゃなかったがそこから逃げ出すような望みを当時は根性なしで情けないと思っていたが今はその気持ちも分かる気がする。
「人生ってホントにつまんないな」
ドタドタと階段を上がってくる音が聞こえる。そして俺の部屋の前で足音がしなくなり二回ドアをノックする音が聞こえた。
「もう少しでマカロンできるって」
「俺はいらないから二人で食べてくれ」
「せっかく望ちゃんが作ってくれたのよ。食べないとバチが当たるよ」
「今おなかいっぱいだから」
「・・・聞いたよ。昨日の夜から何も食べてないんでしょ?おなか空いてるでしょ?」
「だからいらねぇって」
つい声を荒げてしまった。
「・・・・・・うん、わかった・・・ごめん」
華恋はそう言って階段を下りて行った。俺の八つ当たりだった。華恋が心配してくれていることは分かっていた。しかし、俺は気持ちがへこんでいるところを見られたくなかった。気遣いのある優しい言葉を聞くたびに俺自身の情けなさを痛感した。一度振られただけで立ち直ることもできないこんな自分が嫌で腹が立った。
「ごめんな華恋、こんなどうしようもない俺で・・・」
華恋への申し訳なさでいっぱいになった。すぐにでも謝りに行きたかったがどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。
「おじゃましました。またくるね。マカロンちょーおいしかったよ!」
「ドヤァ、華恋ちゃんはエブリデイウェルカムだよ」
「ありがとう。またね!」
華恋は手を振って帰った。