思いと届かず
次の日になった。
昨日の夜から黒髪の彼女は何年生なのか、コースはどこなのかそんなことを考えてしまい頭から離れずなかなか寝付けなかった。
コースとはうちの高校は一般コース、特進コース、特待生コースの三つがある。入試の成績順に特待生、特進、一般と分けられる。ちなみに俺と慎太郎は安定の一般コースだ。偏差値は四十二ほどしかない。特待生ともなると偏差値七十ほどある。
とにかく寝付けなかった俺は登校時間ギリギリに起きてしまい朝食のパンを急いで食べて慌てて家を飛び出した。朝礼五分前に学校につき何とか間に合った。
午前の授業が終わり昼休みに入った。俺は普段と変わらず慎太郎と学食に向かった。俺たちは人気メニューのカツ丼を注文した。ジューシーなカツがどんぶりいっぱいに入っており、しょうゆベースの甘めのだしとふわふわの卵が絶妙にマッチしたボリューム満点なところが食べ盛り高校生に人気な理由だろう。料理を受け取り向かい合わせの席に着いた。
「ゲーセンの帰りにうちの制服着た黒髪の美人な女性を見たんだけど誰かわかるか?」
「なんだ?恋する男子の相談事か?青春してるね~」
「別にそ、そんなんじゃねぇよ」
俺は恥ずかしかったが一目惚れした女性のことについて話したのにニヤニヤとして小馬鹿にしたような態度をとられて少し腹が立った。
「で、お前は彼女とどうなりたいわけ?」
あまりにもストレートな慎太郎の質問に驚き言葉が詰まる。
「そ、そりゃつ、つ、付き合えたらいいなとかお、思うけど。」
「ふーん、それじゃ今日告白してこい」
「そんな急には無理だろう!」
大抵の人は俺と同じ意見だろう。
「いいか、よーく聞けよ、誰かもわからない人にいきなり告白するのは勇気がいることだ。しかしだな、お前はなんも接点がないその彼女と仲良くなるにはどうするんだ?あなたの名前は?趣味は?って質問するのか?」
「い、いきなり話しかけられるわけないだろう」
「そんなこと言ってるとお前は一生一目惚れで終わっちまうぞ」
「だからってそんな簡単に出来るわけ・・・」
思わず大きな声が出てしまった。食堂にいる生徒の視線がこちらに集まったのが分かった。
「とりあえず落ち着け俺は創とけんかしたいわけじゃねーんだ」
「あぁ、声上げて悪かった」
「つまりだな、俺が言いたいのはどちらも勇気がいる行動だったら付き合える確率の高いほうが得じゃないかってことだ。どうせ悩んだって後回しにしてタイミングがとか言い訳することになるんだし、早いほうがいいだろ?」
確かに一理あると俺は思った。成功する確率としてはお近づきになってからのほうが高いかもしれないがその後告白を受け入れてもらえるか保証はない。
ましてや名前も知らない彼女になんて声をかけていいかもわからない。
それだったらいっそ玉砕覚悟で相手に好意を伝えて意識してもらうのも手である。どっちにしても告白するのと声をかけるのはどちらも同等の難易度であると思うから。
「ごちそうさん」
学食のおばさんに挨拶して教室に戻った。
午後の授業は全く集中できなかった。もとより授業を真剣に受けたことなんてなかったがいつも以上に頭が働かなかった。慎太郎の言葉が頭から離れなかったからだ。もし三年生だったらもう時間はほとんど残されていない。ましてや名前すらも知らない。そんなことを考えているうちにいつの間にか学校は終わっていた。帰る支度を済ませ、スマホをいじりながら廊下を歩いていると後ろから声が聞こえた。
「おい、学校での携帯の使用は禁止だろ」
俺は慌ててスマホをポケットにしまい込んだ。
「そんなに慌てなくても私は学校の先生じゃないから罰はないぞ。それよりこの財布は君のものか?この廊下で拾ったのだが」
俺はポケットを確認すると財布がないことに気が付いた。お礼を伝えようと顔を上げると目の前にあの黒髪美人の女性が立っていた。頭が真っ白になった。何か言わないといけないと思いさらに焦りが込み上げた。混乱状態のまま俺は言った。
「二年三組阿比留創、お付き合いをしてください」
自分の声が耳に入り我に返った。俺はとんでもないことを言ってしまったことに気づいた。学食で慎太郎に言われたことをずっと考えていたせいなのか告白の言葉を言うなんて思ってもみなかった。体温が急に上昇しているのを感じた。顔が赤くなり今すぐにでも逃げ出したくなった。女性も驚いた顔をしていて返す言葉を探しているようだった。返事のない硬直の時間が普段流れる時間の何倍も長く感じた。
「私は落とし物を拾っただけでそこまで言われるようなことしてないんだけど・・・」
「そ、そうですよね。俺何言っちゃってんですかね」
冗談じみた言葉で返したが俺の言った言葉は取り消すことができないことを悟った。俺の中でどうにでもなれ青春は当たって砕けろという思いが湧いてきてまじめな表情で続けて言った。
「一目惚れだったんです。この気持ちは本物です」
「・・・ごめんなさい、私は東大生の人としかお付き合いしないと決めているの」
「えっ」
あまりの言葉に俺は驚き声を出してしまった。まだあったばかりだからや好きな人がいるからというような振られ方は想定していたのだが、まさか東大生という条件付きとは思わなかったからだ。
「自己紹介してもらったから私も教えるわ。三年一組私の名前は霧ケ峰鏡花。さようなら」
彼女はそう言い残して行ってしまった。終わった。最初から不可能だった。一般コースのこの俺が東大合格なんて無理な話だ。人生初の告白だった俺は悲しみと怒りで感情が混沌としていた。
「だいたいさ、東大生としか付き合わないってなんだよ、そんなに学力が大事かよ、それで人を判断すんのかよ」