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2020年 春文集『転寝』

アンラクイスズメ探偵

作者: カモノヤト

 ここは町の中心から少し外れた商店街の一画にある、便利屋事務所です。基本的には閑古鳥が鳴いていますが、何とか生活はやっていけていますよ。従業員も少ないですからね。所長と、最高顧問と、そしてこの調査員!

……とは言え暇なものは暇です。せっかくなので、ここの日常を少し覗いてみましょうか。


 ここで一つ人物紹介を。3人の中で一番小柄な(平均は超えています、他が大きいのです)方はこの事務所の所長です。  

文字通り事務所で一番偉い人です! 正義のヒーローみたいなカッコイイ人です。もう30近いのに童顔なのが悩みらしく、最近髭を生やそうか考えているそうです。 

 なくてもカッコイイのにな。


 ……えー、ゴホン。お次は最高顧問です。ちょっと口は悪いかもですけど、賢くて優しい人です。眼鏡が素敵! 髪もサラサラ!

 2人は高校時代からのご学友で、よく口喧嘩をしますけどとても仲良しです。なんだかんだ一緒に仕事してるのがその証拠ですよね。あの知己のような空気感、偶に羨ましくなります。


そして最後、満を持してこの調査員! ……というのはもちろん冗談です。半年前に訳あってここに拾われた、何の変哲もない平社員ならぬ平調査員です。まあ、その訳は追々。

二人より勝っているのは、背が一番高いのと、胃袋くらいです。また所長が作ってくれるご飯の絶品なことといったら! 食べさせたい。


どのくらい美味しいかは、ぜひ想像してみてください。といっても、ないものを想像するのは無理ですよね。

……お、いいタイミング。

「ん、12時か。……飯にすっ」

「そうですね!」

時計を見て所長がそう言ったのでつい食い気味に反応してしまった。……恥ずかしい。

「おう、待ってろ」

 所長は笑顔でした。


 ここの事務所は3階建てで1階が駐車場、2階が事務所、3階が所長の自宅ですから、所長は毎日お昼を作ってくれます。出来立てホカホカが食べられます。至福です。

 事務所中にご飯の匂いが充満しないように所長の自宅で昼食は取ります。所長が料理をする間、不器用な顧問と2人、食卓で料理を待ちます。


「ご飯何ですかね!」

「昨日は魚だったから、今日は肉だな」

「炒め物ですかね~すぐできるし」

「凝り性だから前もって仕込みをしている可能性もある」

「揚げ物ですか!」

「あり得るな」

 あまり無駄話をしない顧問も、この不毛なやり取りには楽しそうに付き合ってくれる。所長のご飯パワーの為せる技だ。


激しく油の弾ける音がする。暫くして、サクサクと包丁で軽快に切っている音。金属が擦れる音、それからこのいついかなる時も日本人の食欲を唆るスパイシーな香りは……‼

「「カレーだ!」」

 2人でつい大声を! 声が聞こえたのか、キッチンから

「半分正解で半分違うな」

 と苦笑交じりの声が聞こえました。


「半分違う?」

 思わず口にしてしまいました。

「恐らくあれだ。先程の油の音だ」

 冷静に顧問が言いました。油……はっ!

「そ、それってもしや……」

「ああ、もうあれ一択しかない」

 答えを言おうとしたその時。

「ほれ、チキンカツカレーだ」

 目の前に正解が出てきた。喜びと驚きが半々。チキンカツか……!


「……お前、今すぐにでも事務所をレストランにでも改修したらどうだ」

 ふと、お替わりを食べながら顧問が言いました。

 対して所長は毎回

「資格も金もないって。それに、これはただの趣味だよ」

 と、返します。見慣れたやりとりです。

「お、まだ食うか?」

「……お願いします」

 ちなみにこれで4回目です。


 お替わりを用意するためにキッチンに所長が消えた後、顧問は

「今日もはぐらかされたな」

 と、呟きました。以前顧問が話してくれたのですが、どうやらこの事務所を始めた理由を誰にも話していないようなのです。

 一見、ミステリアス風なのは顧問ですが、実は所長の方が色々謎めいているのかもしれません。


 結局、この日はお客様は1人も来ませんでした。まあよくある事なので、今更ショックを受けることもありません。ただ、そういう日は

「このまま閑古鳥が鳴き続けるようなら転職を考える必要があるな」

 と、顧問が言い残して帰るのが恒例です。この時の所長の返事は

「うるせえ! 今に上客が来るわ!」

です。


例のやり取りを見守って家路に着くのがルーティーン。毎日色々考えながら帰るのが割と楽しいことに気づいたのはごく最近です。今日は上客について。上客かー。上客ねー。上客……。うう、ゲシュタルト崩壊しそう。割とよく来てくれる子はいるけど、大金は落としてないなー……と少し下世話でしたかね。


そんなことを考えていたからでしょうか。ちょうど向かいから今まさに脳裏に浮かんでいた子が歩いてきました。

あ、眼が合っ…………。 

ん?

背後に何やらふよふよと……人?

思わず立ち止まって凝視しているのを不審に思ったのか、向こうから立ち寄って来てくれました。

「あ、あの……気づいてますよね?」


「あ、うん。ごめんね。それよりその……後ろの……」

 向こうから話しかけさせてしまったが、それよりも謎の背後霊的な何かの方が気になります!

「何だ、あんたも見えんだ」

「!? しゃ、喋っ」

「ちょ、おい、急に声かけるな! 驚いてるって!」

「いやだって、ずっと俺の方見てるし」

 いや見ますよね。うん。


 この子は常連……というのもしっくりこないけど、限りなくそれに近い存在です。この子の幼馴染が特に贔屓にしてくれていて、それに同行しているという感じですが、数日前に珍しく依頼に来てくれたのです。結局解決らしい解決はしてあげられなかったけど……。

 あ、その後の顛末を聞いていませんでした。


「そういえば、例の件は解決した?」

 そう尋ねるとその子は何ともいえない顔を、背後霊的な少年はニヤリと笑いました。

「いやまあ……最悪の事態は避けたというか、何というか……」

 言いながら背後霊的な少年に目線を向け頬を掻くその子を見て、ピンときました。

「もしかして……その後ろの子が例の?」


「ピンポン! 大正解!」

 その子が頷くより早く、背後霊もとい神様少年は大声で身を乗り出して言い放ちました。

 顛末を掻い摘んでまとめると、神様の正体を看破したら依り代もとい取り憑き先をこの子に変えてきたそうです。何それ、と思うでしょう? でもまあここなら有り得ないこともない話なんですよね。


その子の項垂れた様子を見て、苦笑いしかできませんでした。

「だってしょうがねえじゃん。あの神社潰すって聞いちまったし、あのままだったらまじ俺死んでたかもだったんだぜ?」

 口を尖らせながら神様は言いました。何だか、口調チャラいな~。あ、だから最初背後霊だと思ったのかも。

 うん、納得納得。


「おいお前! 失礼だぞ! 俺神ぞ! ったく……どいつもこいつもなっちゃいねえ」

 そう言って頬を膨らませる神様は、見た目通りの少年のようで微笑ましく、思わず吹き出して笑っちゃいました。

「そう思うなら神様っぽい喋り方でもしろっての……。あ、引き止めちゃってすみません。今帰るとこでしたよね?」


 神様に小言を言いながら謝る様子が、親子のような、兄弟のように見えて、何だかこっちが照れそうです。

「誰が息子か弟だよ」

「おい!」

 この小競り合い、既視感がありますね……。

「いいよ、思ったのは本当だし。それに引き止めたのはこっちだから気にしないで。……急だけど、晩ご飯とか一緒にどう?」


 同時に勢いよく頷いてくれた2人を連れて、ラーメン屋で仲良く晩ご飯にしました。正直胃が限界だったんだよね~。

 いつも不思議に思いますが、1人より複数で食べる方が何でも美味しく感じられるのは何故なのでしょう。そして、胃袋も膨らんでしまうのも……。うう、調子に乗って3杯も食べてしまった。


「お前、よく食うのな……」

 店を出て直ぐ、神様が若干引き気味に言ってきました。

「安定の無限胃袋……」

 小声で言わなくていいよ? 聞こえてるよ?

 2人とは、大通りまで一緒に歩いてって解散しました。そこまでは良かったのです。

「気をつけな。お前、ついてるかもよ」

 と、神様に去り際言われるまでは。


 チュンチュン……。

いつの間にか布団で寝ていて、気づいたら既に朝でした。おおっと、時間がまずいぞ。

 何とか準備を済ませ、出社時間には間に合いました。

「遅いぞ。時間内とはいえ、社会人なら5分前には準備を終わらせておくべきだろう」

「はい、すみません……」

 久々に顧問に叱られてしまいました。


 本日も案の定、暇です。

「……あ」

朝の準備で忘れていましたが、昨夜は神様の言葉の真意を考えていたんでした。その前に、あの件の報告をしないと!

「所長!」

「どうした? まだ10時だぞ、昼には早すぎるだろ」

「確かに小腹が……じゃなくて! ご報告とご相談があります!」

 そして昨夜の事を話しました。


「そりゃまた災難な……まあ、生きてるだけ結果オーライか」

 話を聞き終えた所長の感想です。

「人が神に憑かれることはない話ではないが……にしても珍しいな。本当に神か?」

 眉間に皺を寄せて顧問は言いました。どうやらまだ半信半疑なようです。

「実際会ってみて、分かりにくいけど確かに神様でした」


「お前が言うならまず間違いないわな、だろ? 最高顧問?」

 頬杖をつき、所長はニヤリと笑いました。

「別に、信じてないとは言ってないだろう……。ただの確認だ」

 そっぽを向いて顧問は答えました。……何で顔が少々赤いのでしょう?

 ちなみにですが、所長は根拠なく信じてくれているわけではありません。


 ここで少し回想を。あれは中学生の頃のことです。原因はよく覚えていませんが、事故に遭いました。病院で目を覚ますと視界には老人が1人。目が合うと、彼は言いました。

「こちらの世界へようこそ」

 その日を境に、人間以外のものがよく視えるようになりました。といってもそれは別に特別ではないです。


 この町はかなり変わっていて、半数の人が人間以外も普通に認識しています。所長も顧問もそうです。後天的に視えるようになるのもよくある話だとか。ただ、自分にあって彼らにないものが1つ。

 それは、識別能力。曖昧な存在である何かたちを分類できるようなのです。だから何だ、って話なんですけどね。


あまりにも突然だったので、それはそれは困惑しました。良いような悪いような能力だし、そういうことに詳しい友人もおらず、前職もこれによるトラブルで追い出されたようなものです。ただ、このトラブルを解決してくれたのが他ならぬ所長と顧問でした。

その縁で今の職場にありつけた、というわけです。


少々長々と過去語りをしてしまいました。何だか酔いしれているというか浸っているという感じで、控えめにいって気持ち悪いですねもの凄く! うっわ恥ずかしい。

「おい、聞いてる?」

「全然聞いてないですすみません!」

 心の中で語りすぎて意識が外に向いてませんでした。所長の顔が呆れかえっています。


「自分の問題なんだ。もっと関心を持たないか」

 顧問にも呆れ顔で窘められました。わー同じ表情流石知己。

じゃなくて! 顧問は今何と?

「自分の問題とは……?」

 そう零すと、2人して同時に大きなため息をつきました。何故。

「いやお前が言ったんじゃねーか。憑かれてるらしいって」

 あ、あー。ああ……。


「そういえばそうでした!?」

 前々頁でご相談もしましたね? おおっと記憶力?

「君……もの凄く奇妙な顔になってるぞ」

 自分の顔がどうなってるかは分かりませんが、とりあえず顧問がドン引きするくらいとんでもないことになっているのは分かります。

 両頬を軽く叩いて深呼吸。

「で、憑いてると思います?」


「『思います?』じゃねーよ!」

 そう所長は叫ぶと、右手を額に当て暫く天を仰ぎ、呼吸を整えて再び口を開きました。

「さっきの俺たちの会話をまとめて言うとだな、お前が気づけんやつは俺らも気づけん。よって何が憑いてるか、そもそも憑いてるのかは知らん!」

 いやそんなことはっきり言われても……。

 

 そこに顧問が補足をしてくれました。

「神が断言してないということは、過去憑いてた何かの残滓を視たのかもしれないし、君自身じゃなく君の周囲、例えば僕やこいつ、事務所や自宅に何かがいてその気配を感じ取ったのかもしれないということだ」

「なるほどです……?」

「ねえお前ちゃんと分かってる?」


 所長は再び頬杖をついて、呆れつつ尋ねてきました。

「分かってます! ようは何も分からないんですよね!」

「まあ、うん、そうだけどもさ、そんな元気に返事するこっちゃねえよ……」

 元気を全面に出したのは逆効果だったようで、ガックリと項垂れてしまいました。

「事務所に何かいる、という線はないな」


「お前はお前で通常運転すぎ。やだよこの子たち、ツッコミが足んねえって……」

 そう言うと、所長は増々項垂れて机に額をぶつけました。

「取り乱しても解決しないだろう。というかツッコミとは何だ。前々から思っていたが僕は別にボケていない」

「そうだけどそうじゃねえって……」

 苦労しますね、所長。


 上に立つ者の苦労に思いを馳せていると、勢い良く所長は顔を上げました。その表情は憮然としています。

「とりあえず、現状は様子見な! お互い何か少しでも違和感あったら絶対報告すること! そして俺は今猛烈にむしゃくしゃしているので早めに飯を作る!」

 そして所長は自宅への階段を上っていきました。


 その日のお昼は手作り餃子でした。包み方が丁寧で中の餡の種類も多く、焼き加減も完璧。流石所長、最高。

餃子を作り終えて我々を呼びに事務所に来た頃には、所長の機嫌は治っていました。恐るべし、料理の力。

「……料理人が天職だな」

 そんな顧問の呟きに激しく同意しようと必死に頭を縦に振りました。


 結局その日も何事もなく終わり、何事もなく帰宅しました。

今日の会話を振り返り、慎重に自宅とその周辺をゆっくり歩いてみましたが、異常は何もありませんでした。

 それもそのはず、夜に調べても出会えるはずはなかったのです。

「まあいいか、憑いてるっていっても良い方かもだし」

 我ながら呑気でした。


 チュンチュン……。

 気づいたら朝でした。あれ、いつ布団入ったっけな? というか時間! と思って時計を見ましたが、目覚ましが鳴る5分前でした。危ない。

「……昨日も同じ鳴き声で起きたような? まあ結果2日連続出社時刻ギリギリなんてことは避けられるし、いっか」

 この考えなしが良くないんですよね。


 遅刻しようがしまいが、顧問の方が早いんですよね~。家、近所なのかな。そういえば、所長のことも顧問のことも知ってるようでよく知らないんですよね。同僚って、そんなものでしょうか。

ちょっと寂しいような……何てことを考えながら事務所に到着し、扉を開けましたが、そこに顧問はいませんでした。


「お、はよーっす」

 所長は何やらパソコンで作業をしていたようですが、扉の開く音に気づいて挨拶してくれました。

「あ、おはようございます。あの、顧問は……?」

「俺よりあいつかよ! ……何かちょっと調べたいことがあるみたいでさ、図書館寄ってから来るって」

 いきなりの不躾な質問にも、苦笑しながら答えてくれました。


「調べもの?」

「ああ、詳細は俺も知らん。まあどうせ今日も暇だろうし、構いやしないけどさ」

 そう言って自虐的な笑みを浮かべるので、

「いやいや、流石にそれは」

 とフォローする言葉を続けようとしたのですが。

「まあ、お前とずっと2人きりと思えばそれも悪くないかもな」

 などと! ニヤニヤしながら!


「え!? いやその、別に! その、えと、その」

 当然脳内が大パニックです。思わずしどろもどろになる様子を暫く観察して満足したのか、所長は笑い声をひとしきり上げた後、

「いつもながらこの手の冗談には百発百中で引っかかるよな。いつやっても飽きねえ」

悪戯っ子の顔でそう言いました。

ぐぬぬ、悔しい。


冷静になると、お互いまあまあいい歳なのに何をやっているんだろうという気になりますが、所長が楽しそうなのであまり野暮なことは言いません。顧問がいる時は被害者じゃないのに誰よりも本気で怒るので、大体2人の時に仕掛けてきます。人の純情を弄んで……まあ純情なんて時期はとうに過ぎてますが。


人を揶揄った罰なのか、今日はいつになくお客様が来られました。午前中だけでなんと5件。所長曰く、歴代最高人数だとか。

「やべえ……話だけでこんなに疲れる日が来るとは」

 所長、完全にダウン状態です。

「昼飯作る気力ねえ……」

「えっ!」

「お前、俺より飯かよ……」

 所長には悪いですが、そうです。


 この緊急事態をどうしようか考え始めたその時。救いの声が聞こえてきました。

「完璧なタイミングだったようだな。ここに親子丼があるぞ」

 もの凄いドヤ顔で親子丼の入った袋を揺らした顧問が扉の傍にいつの間にか立っていました。色々言いたいことはありますが、まずは一言。

「「流石最高顧問……!」」


皆で親子丼を頬張りながら、今日の報告をしあいました。

「驚け、今日の午前中だけで5件来た」

「本当か!? だが、そんな一気に大丈夫か?」

「問題ねえ、内3件は既に解決済み」

「どんな依頼だったんだ……」

 2人の会話をBGMにしながら食べる親子丼の何と美味なこと……! この出汁、良い。

 あ、1つ疑問が。


「んの、ふみまふぇん」

「食べながら喋んなって」

 苦笑交じりで所長に注意されてしまいました。斜向かいの顧問もこちらを睨んでいます。慌てて飲み込んで……っと。

「顧問、どうしてお昼買ったんですか?」

「あ、それ俺も気になった。めっちゃ助かったけど」

 すると、顧問は極めて神妙な顔で言いました。


「虫の知らせがあったんだ」

……ん? 何と?

「えーっと……?」

「いや違う。あれは鳥の知らせだ」

「え、お前何言ってんの」

「鳥と言えば。お前たち、閑古鳥のルーツを知っているか?」 

「ちょっ、1人で先行くな!」

 耐え切れずに所長は机を叩いてツッコみました。一方の顧問は眉を顰めました。何その顔。


 顧問の1人語りを中断した勢いのまま、所長は言います。

「そもそも何が虫の知らせだ。つーかそれが何で鳥になんだよ。後、閑古鳥は流石に急すぎ」

 全面同意の意思を示すため、隣で激しく頷きました。顧問の眉は益々顰められていきます。

「何か問題があったか」

 不満そうに尋ねてきました。

「しかねえ!」


 思わず所長は叫んでいましたが、ため息をつくと座り直して顧問に言いました。

「1つずついこう。まず、どんな知らせだったんだ?」

「昼を買って行かないと調査員が機能しない」

「えらくピンポイントな……まあ合ってたけど」

 なあ? と言わんばかりに所長はこちらに目を向けてきました。そうですが何か!


「で、それが何で鳥?」

「図書館を出たら近くの木に止まっていた鳥たちが一斉に鳴きだしたんだ。よく聞くとそう言ってる気がして」

「リアル鳥の知らせ……あ、だから親子丼だったんですか?」

「そうだ」

 どうりで。納得のチョイスです。

「恩を仇で返すなよ……」

「……今うまいこと言ったつもりだな?」


「いや? 別に?」

微妙なドヤ顔を見逃さないのが顧問です。一気に立場が逆転してしまいました。所長は何でもない顔をしていますが耳が赤いです。可哀想可愛いので助け舟を出します。

「それで、閑古鳥は?」

「ああ、そうだ。昨夜ふと『閑古鳥が鳴く』という表現が気になってな」

「まさか、調べものって」


 怪訝そうな顔で所長が顧問に尋ねます。

「鳥類を調べに行ったが?」

「「ちょ、鳥類?」」

 想像と違う回答に、所長と2人返事をオウム返ししてしまいました。

「そうだ。ちなみに、閑古鳥はカッコウの別称らしい」

「へ、へえー……初めて知りました……」

 この言葉が精一杯。所長は無言で固まっていました。


「ええと、何で鳥を?」

 とりあえず、顧問の話を促すことにしました。

「最近、やたらと鳥が周りにいると思っていたんだ。客はいないが鳥はいる。閑古鳥も鳴いている。なら、と」

「な、なら?」

 ううむ、話が見えません。

「憑いてる件だ。あいつらの中に紛れていると考えたんだ」

 な、な!

「なるほど……」


「そういう事かー」

 お、所長復活。解凍された所長は首を回し、

「実はさ、残った依頼の内の1つも鳥関連なんだよ」

 と言うと立ち上がって資料を取り、顧問に渡しました。

「……鳥関連?」

「贔屓にしてる精肉店のおばちゃんが、最近夜やたら鳥の鳴き声がしてうるさくて眠れんからどうにかしてくれーって」


 座りながら所長はそう言いました。

「……それは役所の人間の仕事では?」

 顧問は困惑気味に尋ねました。

「相談して調査してもらったが、そん時は1匹もいなかったんだと。普通の鳥じゃないかもって」

「そうか……なるほど。偶然にせよ、役立つ可能性は高いぞ」

「ツイてんな!」

 所長は笑顔で言いました。

 

 ツイてる……憑いてる? あ!

「もしかして『憑いてる』ってラッキーな方の『ツイてる』じゃないですか!?」

 我ながら名推理では? と思い口にしました。

 ですが。

「有り得ない話じゃないな」

 と頷く顧問に対し、

「いや……それだと『気をつけろ』が変じゃね?」

 と所長は首を傾げました。


「そうか?」

「そうだよ……まあ、ただ意地悪の可能性もあるかもだけどな」

 所長はそこで言葉を一旦切ると、

「まあ、こっちは俺らでやるからさ。お前はもう1つの方やってくれ。あ、今日はそのまま直帰でいいぞ」

 と言い、資料を持たせ荷物をまとめさせ、強引に調査に繰り出させられることになりました。


「何で追い出されたんだろう……。まあ、いいか。こっちの方が効率いいよね」

 疑問は残りますが、切り替えて調査を行うことにしました。

 今行っているのは、迷子のインコ探しです。……巷の私立探偵みたいですって? まあ便利屋ですし、基本こんな依頼が殆どです。そんなもんです。

 ……見つからないなあ。


 その後何時間も捜索しましたが結局見つからず、暗くなってきたのでその日は中断して帰ることにしました。いつも通り鍵を開けて中に入ります。

 ヒュッ!

「ん?」

 今何か音が? 周りを見渡しても異常はなかったので、普通に中に入りました。

 それもそのはず、その時もうアレはそこにはいなかったのですから。


 異変に気づいたのはお風呂から上がった後です。夕食に冷食のマカロニグラタンをチンしようとした矢先。

「アナタ、数日前から鶏肉ばかり食べてませんカ!?」

 背後から異様に甲高い声が聞こえたので振り向くと、机の上に(足を組もうとしてるが微妙にできていない)小さなスズメがいたのです!

 ……スズメ?


 幾ら後天的とはいえ、今まで色々喋る動物を見てきたので、今更スズメが喋るくらいでは驚きません。驚きませんが、自宅にいることと、足を組もうとする姿には驚きを隠せませんでした。

 ん? もしや……。

「君がもしかして、憑いてる子?」

「ほっほーう、話が早いことに関しては評価しまショウ」

 おおっと?


「ええと、とりあえず、君は誰?」

 グラタンをレンジに入れながら尋ねました。

「アナタ、この状況でも食べようとするんですネ……流石、食い意地が異常に張っているだけのことはありマス。あー、私はそうですネ。スズメデス」

 もし所長なら「そんなの見たら分かるわ!」とか言って怒りそうな返答ですね。


「いやーアナタってば、呑気そうな見た目に反して扉閉めるのめちゃ速いから、家乗り込むのに数日懸けてしまいマシタ」

 そう言うとスズメは翼で額の汗を拭う振りをした。何だろう、いちいち仕草や話し方がイラっときますね。

 腹いせといっては何ですが、スズメの目の前でグラタンを食べることにしました。


「うわあ……アナタ人でなし……ここで食べマス普通? ああそんな……そんな大きな鶏肉……ウワワ」

 人が食べてる前で実況しながら悍ましいものを見るかのような顔で話すので、いつもより3割減の美味しさしか感じられませんでした。

「で、君の目的は?」

 食後、デザートのプリンを食べながら尋ねました。

「今度は卵デスカ……そうだ、お昼も卵食べテタ……親子共々とは優しいのか残酷なのカ……ああ目的? 深い意味はないデス。ただの暇つぶしデス」

 いちいち余計ですねこのスズメ。見たところ特に霊的な何かとかはなさそうです……強いて言うなら異様に長生きしてるくらいのもの。しかし暇つぶしとは……。


「暇なの?」

「暇ヨ。暇すぎてアナタの目を借りて日常を覗くくらい暇デシタ。しかし、つくづく食べ物のことばかりですネ。柔和な顔つきをしているのに罪作りダワ。仕事は真面目ですけど、余りにも色気より食い気スギ。2人が、というかほぼ1人だけど、流石に可哀想ヨ」

 何か、色々衝撃発言してません?


「え、待って……。覗くって何?」

「長生きすると色々できるようになってネ。対象の体の一部をひと欠片でも口に含むと、一方的だけど視界を共有できるノ。見つけるの大変ダッタ。あ、暇は嘘デス。アナタ探してたワ」

 衝撃発言のオンパレードで正直処理が追い付きません……。何その能力! 怖い! 何で!


「いつ口に含んだんですか……?」

 恐る恐る尋ねます。ああ怖いなあ……。

「覚えてナイ? まあ無理もないデス。あの時の事故ヨ」

 あの時の……事故? まさか。

「10年前の?」

「ハイ」

「君を庇ったの?」

「まあ、結果的にハ。本当は小さな男の子ネ。ワタシはついでって感ジ。その子がワタシを掴んでたカラ」


 まさか、ここであの事故の真相を知るとは思いませんでした。

「……信号無視とかじゃなくて良かった」

「気にするとこそこデス? 変わり者、まあいいワ。ともかく、結果助かっているし、恩返しに来てあげたのヨ」

 随分図々しい恩返しですね……。

「恩返しといえばツルじゃないですか?」

「令和はスズメもヨ」


 令和は関係ないような……。まあ、いいか。

「恩返しって何してくれるの? 覗き以外で」

「のぞ、視界共有はオプションなのだワ。そうね……アナタのお仕事を手伝おうカシラ」

「手伝うって、具体的に?」

 そう訊くと、スズメは不敵な笑みを浮かべて言いました。

「ワタシ、こう見えても『解決』が得意ナノ」


 そしてスズメは宣言通り、全てを解決しました。インコ探しは勿論、鳥の鳴き声睡眠妨害問題もです。といっても鳥同士のコミュニケーションが主ですけどね。まあ、前者は説得以外にも、覗きで得た情報を基に目星をつけることから手伝ってもらいましたが。

「覗きじゃなくて、視界共有ヨ。人聞きが悪いワ」


「いやーごめんごめん」

「まあいいけどネ。ワタシが話す人間はアナタだけダシ」

 本当は功労者として2人に紹介したかったのですが、スズメ自身が嫌がったので、報告だけ入れました。これも憑いてる、というのが原因なのでしょうけど。

 ちなみに、今日の夕飯は焼き鮭。やはり、1人じゃない食事はいいね。


 鳥がスズメの功績によって町の方々へ散ったおかげなのか、ありがたいことにここ最近は事務所の頭上では全く閑古鳥が鳴いていません。もしや、あの中に本当にカッコウがいたのかも、なーんて。それはないですね。鳥が群れる前から暇だったし。

 おや、本日もまた悩める依頼人の方がいらしゃったようです。


 制服姿のその子は応接間に通され、所長が準備を終えて戻って来るまでの間もずっと同じ姿勢でぴくりとも動きませんでした。膝の上で握りしめた拳が小刻みに震え、顔も強張っています。

「何か飲む? 緑茶と紅茶、コーヒーとリンゴジュースがあるよ」

 少しでも落ち着けるようにと思い、そう声をかけました。


「リ、いや、紅茶でお願いします。……ミルクと砂糖も入れてください」

「はーい」

 さてはこの子、甘党かもしれないぞ? そう思うと何だか微笑ましい気持ちになりました。確かお菓子のストックがあったはず……自分が食べたいからじゃないですよ!?

 部屋を出る時も足取りが軽やかだったのは否定しませんが。


 お茶の準備をし、お盆を持って応接室に戻ると所長は依頼人の向かいに座って、談笑していました。拳は緩み、表情も和らいでいます。流石所長。……やっぱり髭は不要です。

「お茶入りましたよ。はい」

「ありがとうございます」

「所長も。はい」

「サンキュー」

 ちなみに所長はブラックコーヒー。大人の味。


この場にはいない顧問と自分には緑茶を入れました。顧問はそれを自分の机でゆっくり啜りながら、お得意の地獄耳をそばだててこちらの話を聞いているでしょう。

基本的に顧問は依頼人に直接会うことはありません。顧問という立場上、というのが表向きの理由ですが、実際はただ接客が苦手というだけです。


「何の話で盛り上がってたんですか? あ、これお菓子どうぞ」

 所長の隣に腰掛けながらそう訊きました。

「あ、ありがとうございます。実は」

「こいつうちの母校の生徒だと! いやーその制服懐かしいな!」

 依頼人の言葉に食い気味に被って興奮気味に所長はそう言いました。あーもう、後輩引いてますよ……。


「まあこの町の高校は3つだけですし、所長が知らないだけでたくさん後輩に会っていると思いますよ。で、ご依頼の方は?」

 そろそろ軌道修正をと思い、依頼人に話を促すことにしました。

「あーそうだった。悪い悪い」

 所長、反省する気0ですね。後で顧問にどやされても庇いませんよ。

「はい。実は……」


「……というわけなんです。どうかよろしくお願いします」

「勿論、任せろ。しっかしこりゃまた、久々に骨が折れそうな案件な」

「そうですね」

 正直に言うと、あまり不安視はしてません。どうせ、今日も覗いているのでしょう? どうやら今回のあの子の出番のようです。

 頼みますよ、事務所唯一の探偵さん。


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